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29.第二王女の告白

「第五王女様のドレスを破いたの、私なの」


 ブランシュが思い出したのは、破かれたリゼットの淡い緑色のドレス。自分が縫い子になった発端は、エリアーヌだった。

 

 ブランシュはエリアーヌの顔をそっと見た。

 エリアーヌはうつむいたままブランシュを見ることなく、静かに語り始めた。


「でも……彼女も悪いの!」



 事件の始まりは、ドレスが破かれる3日前。

 その日はリゼットの誕生日パーティーだった。

 


「お、お誕生日ですか……?」

「知らないの?普通祝うのは18の成人の時だけだものね。でもね、王妃の子は特別なの。だから毎年パーティーを開くってこと、常識だから覚えておきなさい」


 王妃の子であるダヴィド、イヴァン、リゼットは王族の中でも明らかに特別扱いされていた。

 そのことをブランシュは知っていたが、奴隷にはパーティーなど関係ない。嫡出子の誕生日など知らず、思わず質問してしまったのだ。


 エリアーヌはこめかみに指を当て、目を閉じ話を続ける。

 


 いつものようにパーティーで来賓の方と談笑している時に、歩いてきたリゼットとエリアーヌはぶつかった。

 肩が触れる程度だったが、その拍子にエリアーヌの手から落ちたハンカチ。もちろんエリアーヌはすぐに謝罪した。

 


「悪いのがどちらであれ、謝らなきゃいけないのは私。その後彼女はなんと言ったと思う?」


 ブランシュはリゼットの子どもっぽい一面を知っているので、ほんの少しだけ想像できた。ブランシュが目線を落とすと、エリアーヌの目尻が下がる。


 

「今日は機嫌がいいから許すけど、次から気をつけろ……って」


 リゼットに悪意があったかどうか、ブランシュはわからない。でも、エリアーヌにとって問題はそこじゃなかった。


「人のハンカチを踏んでおいて、気づきもしなかった……許せなかったのよ」


 エリアーヌの手に爪が食い込んでいく。

 ブランシュはそっと立ち上がり、静まり返った部屋をゆっくりと歩き、引き出しから1枚のハンカチを取り出した。


「……だ、第二王女殿下。よ、よろしければこちらを……」


 奴隷の物を渡すことに悩んだブランシュだが、血が滲みそうなほど強く握るエリアーヌの顔を見て、渡さずにはいられなかった。


 エリアーヌが黙って受け取ると、ハンカチを優しく握り、話を続けた。

 

「でも……まさか婚約者に会うためのドレスだなんて、思いもしなかった」


 

 リゼットの部屋には、たくさんのメイドが出入りする。そこに数人が混ざることなど、容易かった。


 エリアーヌはリゼットの服を、同じ目に合わせたいと思っていたが、できるはずがない。

 するとエリアーヌの3人のレディースメイドが、手を挙げたのだ。


 

「エリアーヌ様、私は許せません」

「私もです。嫡出子なんて関係ありません!」

「私たちに1時間の休憩時間をいただけませんか?」


 休憩時間を欲しいと言った理由を、メイドたちの顔を見てエリアーヌは察した。

 そして自身の怒りも相まって、エリアーヌは布に包んだペティナイフを渡した。


「……ワンピースはダメよ」


 3人のメイドは、特に自分を慕ってくれている。エリアーヌの一言を聞いて、部屋を出て行った。


「私はその優しさにつけこんだの」


 

 実行犯は、エリアーヌのレディースメイドたちだった。


 ブランシュは手を止めて、エリアーヌの話を静かに受け止めた。

 ブランシュが動機を理解できるのは、このハンカチをエリアーヌが、どれだけ大切にしているかを痛いほどわかっていたからである。



 3人のメイドは朝、皆が湯浴みの準備で忙しくしている間に部屋へ忍び込んだ。

 堂々と歩いて行けば、誰もが普通に挨拶してくれる。服が大量にしまってある部屋へは、すんなり辿り着けた。


 しかし問題が起きた。

 ドレスに穴を空けるのが、とても難しかったのだ。



「それでも、私のために破いてくれたわ。あなたがそれを台無しにしたけどね」


 エリアーヌは何度もため息をついた。


「でも本当に婚約者様が来ることを知らなかったし、ドレスをその日着ると思わなかったの。だからわざわざワンピースはダメだと伝えたのに」


 

 ブランシュはあの日見た裂かれた布を思い出し、犯行人数が3人であることに納得した。

 

 ドレスにナイフで穴を空けるには、ピンと布を張らないといけない。

 犯人が2人であることも想像したが、スカートのつなぎ目がほとんどたるんでいなかった。

 そして、ナイフは振りかぶらないと布に穴を開けられないだろう。つまり布を張る人と距離を取らないといけない。


 そしてブランシュにとって1番の疑問は、なぜハサミを使わなかったのかだった。

 ハサミでズタズタに切り裂く方が手っ取り早い。


(あのドレスは、ハンカチと同じ目に遭ったのね……)


 エリアーヌは黙って考え込むブランシュの目を見た。


「ドレスを直したあなたには、すべてお見通しだったかしら?」

「……いえ」


 ブランシュはすべてを知ったわけではないことを自覚していたので、わかったようなことは言いたくなかった。

 

 ブランシュが黙ると部屋に静寂が訪れ、エリアーヌはただじっとブランシュの答えを待っていた。

 部屋のドアが風で小さく揺れると、ようやくブランシュは口を開いた。


「わ、私が確かにわかっていることは……だ、第二王女殿下が、き、傷ついたことだけです……」

「そう……」


 静まり返った部屋で、ブランシュは再び手を動かし始める。

 エリアーヌはただぼんやりとブランシュを眺め続けた。



「で、できました」


 ブランシュは最後の糸の始末を終えると、刺繍が上に来るよう4つ折りにし、エリアーヌに手渡した。


 エリアーヌはハンカチをじっと見つめ、それからブランシュの目を見た。

 ブランシュは一瞬逸らしそうになったが、なんとか堪え手を握りしめる。

 

「……合格よ」

 

 震えた声で答えたエリアーヌは後ろを向くと、受け取ったハンカチで涙を拭いた。

 

 エリアーヌは立ち上がると、腕を組む。

 

「私はあと1ヶ月ほどで嫁ぐけど……もしも会うことがあれば、エリアーヌと呼んでいいわ」

 

 ブランシュは何人もの王族に、許可された名前で呼ぶことを、初めて断った。


「第二王女殿下とお呼びしても……その、よろしいですか?」

「なぜ?私があなたをイジメすぎたから?」


 エリアーヌは自分の声が低くなったことにハッとした。しかしブランシュの答えは予想外だった。

 

「も、もしも私が名前で呼んだら、こ、この秘密がバレてしまうかもしれません」

「……そうね」

 

 ささやくように返事をしたエリアーヌは、振り返ることなく部屋を出て行った。


(第二王女殿下の婚約者様に見せられるハンカチにできたかしら……)

 

 不安は残りながらも、確認することはできない。


 

 しばらく経ってブランシュが寝間着に着替えると、鍵を閉めたドアがガチャガチャと音を立てた。


「開けてちょうだい」


 驚いてすぐに鍵を外すと、そこにはエリアーヌが立っていた。

 

「これを受け取りなさい」

「……え?」

 

 見覚えのある小さな巾着をブランシュは急いで開くと、そのままエリアーヌの手に返した。


「う、受け取れません!」

「ダメよ」


 エリアーヌはそっと笑い、巾着をブランシュに渡す。


「あなたは受け取るしかないわ。だってこれは、口止め料だから。いいわね?」


 エリアーヌは今度こそ部屋を出て行った。

 ブランシュは足音が聞こえなくなると、自分のカバンを開き受け取った貨幣を大きな巾着にしまう。


「こんなに……私にはもったいない。どうしよう」


 お土産を買っても買っても減らないお金を見ては、ブランシュは罪悪感に苛まれた。



 ♢



「ブランシュ、もう行くよ」

「は、はい!」


 ブランシュは、アンと5人の縫い子とエリアーヌの部屋に向かった。

 嫁ぐ日に着る、豪華なワンピースのサイズ調整のためだ。


「失礼いたします」


 エリアーヌはチラリと見えた白髪で、ブランシュが来たことに気がついた。

 

 思わず目で追ったエリアーヌだが、ブランシュは針を的確に打ちながらも、いつも通りおどおどしている。

 

 まるで3日間の夜がなかったかのように、ブランシュは振り向くことはない。

 エリアーヌはブランシュの人の良さに、奴隷と罵ったことを申し訳なく思った。

 

 しかしアンは、エリアーヌが何度もブランシュを見ていることに気がついていた。

 

 ブランシュを奴隷だと言う王族は多く、縫い子は身分が低いと嫌う貴族も多い。

 エリアーヌもその類なのだと、密かにエリアーヌとブランシュの間にそっと立つアンであった。

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