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25.裁縫教室

 パッチワーク教室は大変好評だった。すると何人かの縫い子は、レース編みを習いたいと言い始めた。


 それを聞いたダヴィドは、希望者は1日1時間講習を受けていいことにした。それもレース編みだけではなく、刺繍を学ぶことも許可された。

 もちろん講師には追加報酬を出すという。


 その結果、毎日星組と空組の縫い子たちが大勢希望した。そこで昼休憩前の1時間と、夕食前の1時間の2部制に。

 

「教室なんて、お貴族様みたいじゃない?」


 技術は見て盗むものである。

 それはまるで王宮に住む貴族の子らが受ける教養の授業のようだったので、縫い子たちは心躍らせていた。


 この日もブランシュは、いつも通り皆の机を回っていた。


(なんでみんな急に静かになっちゃったの……?)


「皆勉強熱心だな」


 ブランシュが肩を跳ねさせ振り向くと、そこには壁に寄りかかるダヴィドの姿。

 ブランシュは慌ててお辞儀をすると、ダヴィドはゆっくりと目を細める。


「この中で刺繍を学んでいる者は、手を挙げてごらん」


 ブランシュが顔を上げると、3分の1の縫い子が手を挙げる。

 ダヴィドはニッコリと笑うと、ブランシュの肩に手を置き、ブランシュは思わず目を閉じた。


「今手を挙げている者はセンスがいいな。ブランシュ、刺繍糸は上質な物を使って練習するように」


 ダヴィドは手をヒラヒラとさせ、そのまま部屋を出て行った。


「センスがいいってどういうこと?」

「でも刺繍を学んだら、第一王子様が褒めてくださるってことじゃない?」

「私、レースじゃなくて刺繍にしようかな」


 縫い子はざわざわと騒ぎだし、顔を見合わせた。

 そしてレースを編んでいた縫い子のほとんどが、褒められたい一心で刺繍の準備を始める。


(刺繍を学んで欲しいのは、実用性があるからかな?)


 ブランシュの考えの半分は当たっていた。


 ハンカチを送り合う文化は、どの国にもある。そして刺繍を見て、センスや国の教養や技術の水準を推し量るのだ。

 

 美しい刺繍ができる者は少ないため、ハンカチを贈れるのは来訪した人の中の、1番偉い人にのみ。

 もし縫い子たちの刺繍技術が上がれば、来訪した人全員に贈ることができ、とても鼻が高い。


「さあ、縫い子たちはどれほど期待に応えてくれるかな?」


 ダヴィドは廊下に待機させていたヴァレットに、ニヤリと笑いかけた。



 ♢



 各組の長も講師をしたが、なかなか上達しない縫い子たちにイライラしていた。縫い子も聞きづらくなり、結局講師はアンとブランシュが行うことに。


 ブランシュはどんなに下手な縫い子にも、時間の限り丁寧に教えた。縫い子とはいえ、皆が器用なわけではない。


 アンも優しくするよう心がけたが、あまりにも上達しないので何度もため息をついた。1度教わればすぐにできたアンには、どうしてできないのかが理解できなかった。

 とは言え、3つの組をまとめる長として、アンは愚痴をこぼすことなく付き合うのだった。

 

「ねぇブランシュ。どうしてそこまで親切にしてくれるの?」

「……親切?わ、私はただ教えているだけだよ」


 刺繍もレース編みも、どちらも練習あるのみ。ブランシュはほぼ強制的に学び、できないと折檻を受けた。

 そのため自主的に学ぼうとする人たちに、自分ができることを精一杯教えたいと思っていただけなのである。


「ブランシュ、基礎の次は何の刺繍の練習がいいかな?」

 

 マドレーヌの質問に、皆が耳を澄ませた。ブランシュの答えが、ダヴィドの求めるものだろうと考えたのだ。

 

「お、お花がいいんじゃないかな?依頼されるのはお花が多い……と思う」

「確かに!何色にしようかなっ!」


 マーガレットが刺繍糸を選び始めると、他の縫い子たちも何の花にするかと話し出す。


 それを見たブランシュはアンの元へ行き、ダヴィド宛の手紙を書いてもらえないかとお願いした。


「あなたって時々不思議なことを言うわね」


 アンはめんどくさそうにしながらも、ブランシュの言う通り手紙を書く。

 それはすぐに許可された。


「皆さん、第一王子様からの通達です。今後私アンが合格と認めた者には、自分のエプロンに花の刺繍をすることを許可します」


 アンの言葉に、皆が一斉に自分のエプロンを見つめる。エプロンに刺繍するという概念は、アンにもなかった。


「ひとまず私と、各組の長、ブランシュは刺繍をします。場所はエプロンの右側の裾で、刺繍して良い花は1つだけです」


 ブランシュとアンは、昼休憩前と夕食前の2回の講習時間で、刺繍を完成させた。

 その間縫い子たちは、2人の手元に釘付けで作業が進まない。


「ブランシュの青い花はなんて言うの?」

「コ、コルンブルーメ……です」


 紫がかった青い花はコインサイズで、細かく正確な刺繍は裏側まで綺麗だった。


(伯爵様の家の庭には、この花がたくさん生えていたけど……ここでは見かけないな。西側の領地の花なのかな?)


 ちなみにアンはクローバーを、ジャネットはひまわりを刺繍した。それはすぐに注目の的になり、縫い子たちのモチベーションとなっていった。

 


 ♢


 

 裁縫教室は順調に進み、ダヴィドの目論見通り進んでいる。


 特にエプロンの裾に刺繍が入った縫い子は技術者である証拠となり、自分のエプロンに何の花の刺繍を入れるか、縫い子は練習しながら盛り上がった。


「ティナさんにまた指名が来たって」

「1番最初に合格したもんね」


 星組のティナは、もともと特別優秀というわけではなかった。何でもそつなくこなし、星組の平均的な縫い子と言える。

 しかし刺繍を習い始めるとめきめきと成長し、誰よりも先にアンが合格を出した。


 すると王宮に住む公爵夫人たちは、刺繍入りエプロンの縫い子を指定してハンカチの刺繍を頼むようになる。

 必然的に、ティナを指名する夫人が多くなった。

 

 上質なハンカチと刺繍は貴族のステータスである。特に領地に戻った際、豪華な刺繍の入ったハンカチを持っていることは鼻が高い。

 それを配ることで、自分の身分を象徴した。


 

 刺繍入りエプロンをつけた縫い子がちらほらと出はじめた頃、ブランシュはイヴァンに呼び出された。

 

 ブランシュは肩をすくめながらイヴァンの部屋をノックする。

 それから小さく息を吸い、ゆっくりとドアを開けた。


「遅かったな」

「も、申し訳ございません……」

「まあいい、座れ」


 ブランシュは何度呼び出され、何度座るように言われても、無意識に床へ膝をついてしまう。

 イヴァンが咳ばらいをし、自分の目を見てブランシュは椅子に座ることを思い出すのが一連の流れとなった。

 

 今日はイヴァンの部屋にダルクがいないため2人きりとなり、ブランシュは手汗をエプロンで何度も拭う。

 少しの沈黙のあと、イヴァンは口角を上げた。


「なあ、ブランシュ。お前は今、裁縫を教える講師をしているな?」

「は、はい……申し訳ございません」


 ブランシュはダヴィドの許可を得ているとはいえ、怒られるのだと思いつい目を瞑り肩に力が入る。


「怒っているのではない。ただお前だけが教え、お前が何も学ばないというのはどうかと思ったんだ。異論はあるか?」


(確かに……私だけが教えるなんておこがましいわ)


「い、いえ。イヴァン様のおっしゃる通りでございます」


 ブランシュの言葉にイヴァンがニヤリと笑うと、ブランシュの背筋が震えた。

 

「よって、お前は3日に1回文字を習うことになった。俺が直々に教授してやることに感謝すると良い」


 ブランシュは一瞬意味がわからず固まり、遅れてイヴァンの声が聞こえると、椅子が倒れる勢いで立ち上がった。

 

「む、無理です!私は奴隷です!」

「きちんとダヴィドの許可も取った。お前がこの話を受けないなら、裁縫教室は今日限りで終わりが……どうする?」


 イヴァンは楽しそうに笑い声を漏らすと、ブランシュを指さす。


「お前が決めろ」

 

 当然ブランシュにできる返事は1つ。


「お……仰せのままに」


 涙を浮かべたブランシュに、イヴァンは2つの約束をさせた。

 1つは3日に1回、夕食後に1時間文字を習うこと。もう1つは、3回文字を習ったら休日を必ず取ること。


 ブランシュは何度言っても昼休憩を取らず、10日に1回の休みも部屋で仕事していたため、イヴァンは「裁縫教室」を盾に脅すことにしたのだ。


 とぼとぼとブランシュが部屋を出て行くと、イヴァンは大きなため息をつく。


「あいつはなぜ奴隷にしがみついているのか……理解できんな」

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