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23.広がるパッチワーク

 ブランシュは木箱を抱え、第一王子妃のルイーズの部屋をノックした。


「し、失礼いたします」

「あら、ずいぶんと早かったわね」


 1週間ほどでブランケットを仕上げたブランシュは、そっと木箱を開けブランケットを取り出す。


「まあ!本当に私のハンカチが生まれ変わっているわ!デイヴのハンカチを入れたのも正解ね」


 ルイーズのハンカチだけでも作れないことはなかったが、赤子用なら父親のハンカチも入れた方が良いのではという、ブランシュの配慮だった。

 そのことを伝えると、ダヴィドは快く気に入っているハンカチを何枚もブランシュに渡した。

 

「まだこれを使うのは先の話だけど、大切に保管しておくわ。これを使う時が来たら、ぜひあなたも見に来てちょうだい」

「あ、ありがとうございます」

「それからね、オノリーヌ王子妃に謝罪したわ。そして、ぜひクッションカバーを宣伝するよう言ったの」


 ブランシュはルイーズの「宣伝」という言葉に引っかかったが、そのままお辞儀をすると、部屋を後にした。


(これでようやくエプロン作りに戻れるわ!)



 ♢

 


 ブランシュは空組の縫製室に急いで戻ろうとしたが、なぜか入口にはアンが立っていた。


 そのまま空組の1つ上のクラスの、星組の縫製室に連れて行かれたブランシュ。

 そこには空組長のジャネットもいた。


「これで皆さんお揃いですね。これが第一王子様からの通知書です」


(い、嫌な予感がする……)


 アンの言葉に部屋が静まり返ると、ブランシュは小さく震え、1番後ろの席でできるだけ縮こまった。

 

「この2週間で、パッチワークという技法を使った、布をリメイクした作品が流行している。多数の王子、王女が所望しているが、需要に供給が追いついていない。そこで仕立て屋とアンが選抜した縫い子に、空組の縫い子のブランシュから技術を学ぶことを命ずる」


 アンが読み終えた途端、一瞬で縫い子たちは騒ぎ出す。

 

「ありえないわ!この奴隷に教わるですって!?」

「信じられない……アン様、それは本物の通知書なんですか?」


 ジャネットは立ち上がると怒りで真っ赤になり、星組長のネリーは思わずアンに質問した。


「皆さん、静かに。これは正式な通知書であり、文句を言うということは、王子に逆らうということです」


 アンの言葉に、縫い子たちはヒソヒソと顔を見合わせる。


「では、午後から皆ブランシュに教わること。もちろん、私もです。以上、解散」


 部屋にいた縫い子が昼休憩で全員出て行くと、ブランシュはその場に座り込んでしまった。頭は真っ白になり、顔は血の気が引いている。

 アンは忘れ物を取りに来ると、ブランシュの元まで歩き、目の前にしゃがんだ。


「ブランシュ、いいですか?あなたの裁縫技術は、第五王女様のドレス作りで私は知っています。パッチワークが何かはわかりませんが、第一王子様が推薦しているんです。自信を持ちなさい」


 ブランシュと目が合うと、アンはそそくさと部屋を出て行った。

 ブランシュは人生で初めて「自信を持て」と言われ、驚くと同時に胸が少し温かくなった。


(……自信?よくわからないけど、頑張るしかないよね。でも私にできるかな……)



 ♢



 午後になると、部屋にはたくさんの縫い子と、8人の仕立て屋が席に着いた。

 ブランシュは震える手を握りしめ、皆の前に立つ。そして自分が試作で作ったパッチワークを見せた。


「こ、このように、布を組み合わせて大きな布を作るのが……えっと、パッチワークです」


 声をうわずらせながらも、ブランシュは一生懸命説明した。

 そして各机に、昼休憩時間に作った厚紙を配っていく。


 まずは端切れで、自分用に巾着を作ることになった。普段は端切れ箱を見向きもしない縫い子たちも、自分の物となるとワクワクしながら布を選ぶ。

 ブランシュは各机を回りながら、布の切り方や縫い方を教えていく。


「私は西側の領地の出身です。ブランシュさんのパッチワーク作品はないんですか?」


 1人の仕立て屋が声を上げると、皆が口々に「確かに」「そうだよね」と声に出した。

 ブランシュは冷たくなった手で自分の裁縫箱を開けると、チョークの入った小さな巾着を取り出した。


「すばらしい!パッチワークはできなくても見たことはある。しかしこんなに精巧で丁寧な作品は初めて見た」


 ブランシュの巾着は、端切れの端切れを使った、細かいパッチワークだった。

 

 バカにするつもりで声をかけた仕立て屋は、思わず感動が言葉になってしまった。それを聞いた他の仕立て屋や縫い子たちも、そんなに褒められるようなものを作るなら、奴隷に教わるのも仕方ないと納得する。


(みんながこっちを見てる……あぁ、これから教えさせてもらうというのに、手汗が……)


 ブランシュは手汗をエプロンで拭い、手をこすりあわせて温めると、実際に縫って手本を見せた。

 その素早く正確な手つきに、皆は真剣に見入ってしまう。

 

「ブランシュ、そんなに自慢するように早くしなくてもいいじゃない」

「そうよ、意地悪のつもり?」


 空組長のジャネットと、星組のネリーは、ニヤニヤと笑いながらブランシュを見る。

 だがブランシュはすぐに謝り、わかりやすく教えてくれたため、それ以上何も言えなかった。


 夕食後、ブランシュは1人星組の縫製室に戻ってきた。1人1つ使えるよう厚紙を切ったり、皆が端切れを使いやすいように整理するためだ。

 

(皆さん奴隷の話を聞いてくれるなんて、とても優しい方々だわ。私ももっと頑張らなきゃ)


「なんだ、お前字を書けるようになったのか?」

「ひぃ!」


 突然背後から声がすると、ブランシュは飛び上がり、慌てて後ろを振り向いた。


「イ、イヴァン様……」

「そんなに紙を持って何している?」

「い、いえ、その……皆さんがメモをしながら作業をしているので、そ、それを片付けていたところです」

 

 イヴァンはブランシュが紙を持っているのを見て、字を書けるようになったのかと思った。

 だが当然ブランシュに字が書けるはずもない。

 

「なんだ、つまらないな」

「も、申し訳ございません!」


 イヴァンはそのまま部屋を出て行く。

 ブランシュは何をつまらないと言われたのかわからなかったが、イヴァンの低い声にビクビクと体を震わせていた。



 ♢



 仕立て屋の技術は確かなもので、たった3日でパッチワークを習得した。

 しかし縫い子たちだけになった部屋でブランシュが教えていると、1人の仕立て屋がそっと入って来る。


「ちょっといいか?」

「な、なんでしょうか?」


 仕立て屋は大量の小さな端切れを取り出すと、これを何とかしろと言われているとため息交じりに告白した。


「た、例えば……ポットマットはいかがですか?」


 ブランシュがそう提案すると、縫い子たちは楽しそうに口を挟みだした。


「たしかに細かい柄だと可愛いかも」

「でもちょっと柄がうるさくない?」


 仕立て屋もそうなんだと愚痴をこぼすと、ブランシュは少し考えてから口を開いた。


「そ、その方にはパートナーはいらっしゃいますか?」

「ああ、伯爵夫人だからな」

「では旦那様のハンカチや衣服の端切れを入れるのはどうでしょうか?」


 仕立て屋は顎に手を当てると、そのまま黙り込んでしまった。

 ブランシュは怒らせてしまったのだと思い謝ろうとした時、仕立て屋は頷いた。


「それはいいアイデアだ」


 そういって仕立て屋が部屋を出て行くと、縫い子たちは再びパッチワークの練習を再開した。


「ジャネット、ブランシュの見本の巾着見た?」

「……興味ない。それよりここどうしたらいいの?」

「ブランシュに聞いたら?ブランシュー!」

「や、やめてよ!」


 ジャネットは慌てて縫い子を止めたが、結局ブランシュに教わることになったのだった。


 

 ♢

 


 星組の縫い子たちがパッチワークを習得すると、空組の縫い子たちもパッチワークを学びたいと言い出した。

 しかし空組の縫い子は使用人の服を直すなど、とても忙しい。

 そこでアンは、1日1時間だけなら練習時間にしていいと許可した。


 マドレーヌを含む班の縫い子は、とても喜んだ。

 半分ほどの縫い子は教わることが癪だったが、パッチワークを学ぶためなら仕方ないと、ブランシュに頭を下げた。自分用の巾着を作りたかったからだ。

 残りの縫い子たちは、やっぱり奴隷には教わりたくないと言い、ジャネットに教えて欲しいとお願いした。


「ブランシュ、あなた教えるのうまいのね。なんか私勘違いしてたみたい」

「ほんと、無視したりしてごめんなさいね」

「私定規を使っても、まっすぐ線を引くの苦手だったのよね。でもこの枠があれば私にもできるわ」


 ブランシュは謝られるたびに首をブンブンと振り、逆に謝罪をするため、ブランシュを無視する縫い子はほとんどいなくなった。

 さらにはジュリエットと食堂に行くと、星組の縫い子がブランシュに会釈までする。


「ブランシュ、友達たくさんできたの?」

「えっと、その……と、友達なのかはわかんない」

「あーあ、私のブランシュなのにな」

「わ、私の1番大切な友達は、ジュ、ジュリエットだよ!」

「知ってる、意地悪言ってごめんね」


 ジュリエットは笑ってそう言ったが、実際嫉妬したくなるぐらい、ブランシュに挨拶する縫い子が増えたのは事実だ。


(奴隷の私に挨拶をさせてしまうなんて、なんだか申し訳ない……)


 とはいえ、ブランシュの激しい人見知りが直ることはなかった。

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