22.思い出のクッションカバー
「失礼いたします」
「なんだ?」
部屋に入ってきたダルクは、そっとイヴァンの元へ駆け寄る。
「第二王子様がブランシュに伝言をとのことです」
「まだ外にいるなら引き止めておけ。今行く」
ダルクが部屋を出ると、イヴァンは立ち上がりため息をつく。
「ダヴィド、何か知っているか?」
「いや?何も」
ダヴィドはニヤニヤとブランシュを見つめ、前日ブランシュとクッキーを食べたことを考えていた。
もちろんイヴァンには内緒である。
それを見ていた白髪の少女は、ただ2人の王子の顔を交互に見るしかなかった。
♢
「ジュール王子、これはどういうことかな?」
イヴァンは伝言の書かれた紙を、ジュールに見えるようにして強調する。
「あの、その……ブランシュに僕の妻から、えっと……」
ジュールは、まさか呼び止められると思っていなかった。その上で出てきたのがイヴァンだけでなく、ダヴィドまでいたため、思わず目が泳いだ。
「まあまあ、イヴァン。そう詰め寄ることはないだろう」
「はぁ、うるさいな。ジュール王子、なぜ伝言を紙に書いた」
ジュールにはその意味がわからなかった。紙に書いたのは、イヴァンに見られたくなかったからである。
「イヴァン、優しく説明してあげないと。ジュール王子、ブランシュは文字が読めないんだ。だからこういった伝言じゃ伝わらないんだよ」
ダヴィドの言葉に、ジュールは目を見開いた。これだけ優秀な縫い子が、まさか文字を読めないなんて、想像できなかったのだ。
「でもまあ、せっかくだから僕たちもお邪魔しようか」
ブランシュは一言も話すことができないまま、3人の王子に囲まれて歩くことになった。当然これも噂になるだろう。
(私への伝言って何だったんだろう……オノリーヌ様からかな?)
ブランシュはジュールが自分の元へ来るとは思っていなかったが、自分が作ったクッションのことだというのはわかっていた。
オノリーヌが、今日サプライズで見せると言っていたからだ。
♢
「オ、オノリーヌ?入るよ」
ジュールがドアを開けるとオノリーヌは驚いたが、すぐに立ち上がってお辞儀をする。
「ごきげんよう……第一王子殿下、第三王子殿下」
「オノリーヌ王子妃、顔を上げてください。僕たちはただ、ブランシュが何を作ったのかを見にきただけですから」
ダヴィドは優しく声をかけたが、オノリーヌは小さく震えていた。何せハンカチを捨てろと言ったのは、ダヴィドの妻だからである。
「で、今から何をするんだ?」
イヴァンは、ブランシュと話していたところに声をかけられたこと。ダヴィドがジュールを庇ったことで、最悪に機嫌が悪かった。
「えっと……ブランシュ?ちょっと来てくれる?」
ブランシュは急いでオノリーヌの元へ駆け寄ると、オノリーヌはクッションを持ってくるよう伝えた。
「お、お待たせいたしました。こ、こちらが……その」
ブランシュはどこまで話して良いのかわからず、2つのクッションを持って、チラチラと王子の顔を見る。
「す、素晴らしい!あのハンカチが、このクッションカバーに変化したのか……」
「そうよ、ブランシュが素敵なカバーに変えてくれたわ。しかもこの縁はね、大量のピンク色の布から私が直接選んだ布なのよ」
イヴァンとダヴィドのことを忘れ、ジュールは感激していた。オノリーヌもまた、そんなジュールを見て嬉しくなった。
「これはハンカチだったのかい?」
「あ……」
ダヴィドが声をかけると、ジュールとオノリーヌは固まってしまった。
するとイヴァンが鼻を鳴らし、ブランシュの手からクッションを取る。
「これがハンカチだった?いろんな柄が入っているとは思ったが、複数の布を1枚にしたのか。ブランシュ、これはそういう技法なのか?」
「は、はい……パッチワークと言います」
イヴァンはクッションをくるくると回し、縁や縫い目を指で擦ったりした。
ダヴィドももう1つのクッションを手に取り、真剣に眺めている。
ジュールとオノリーヌは、小さく震えながら黙っているしかなかった。
それから少しの沈黙が流れると、ダヴィドが小さく笑う。
「素晴らしいクッションカバーだ、オノリーヌ王子妃」
そう言って、ダヴィドはオノリーヌにクッションを手渡した。
イヴァンも渋々ジュールに押し付ける。
「それでは僕たちは失礼するよ」
「ブランシュ、お前も来い」
ダヴィドは丁寧にお辞儀をし、イヴァンはブランシュの手を引いた。ブランシュも慌ててお辞儀をすると、オノリーヌの部屋は静寂に包まれる。
足音が聞こえなくなったのを確認したジュールは、オノリーヌの前にしゃがみ込む。
そして困ったように笑うと、オノリーヌもつられて笑った。
「君のこんなに素敵な笑顔、久しぶりに見たよ。僕が不安にさせていたんだね」
「違うわ。でもそうね、ブランシュを紹介してくれてありがとう」
「素敵なピンクだ」
オノリーヌを抱きしめたジュールは、そっと頬にキスをした。
♢
翌日の昼間、休憩で皆がいない時間にダヴィドはブランシュの元を訪ねた。
自分の顔を見て肩が跳ねたブランシュに、思わず笑いが口から溢れる。
「ブランシュ、今日君に用事があるのは僕じゃないんだ」
「……え?」
ブランシュが連れてこられたのは、ダヴィドの部屋の2つ隣の部屋だった。
「さあ入って」
「し、失礼いたします」
部屋には第二王女の成人パーティーで見かけた、女性が座っていた。
「紹介するよ。僕の妻のルイーズだ」
(この方がオノリーヌ様にハンカチを捨てるよう言った第一王子妃殿下。優しそうな人に見えるけど……)
「デイブ?オノリーヌ王子妃のハンカチを、クッションにしたというのは本当?」
(デイブ?ダヴィド様の愛称かしら。でも、そんなことより……)
ゆっくりとした優しい口調に、柔らかい瞳。しかしブランシュには、それが逆に恐ろしかった。
「わ、わ、私がクッションを作りました」
「そう……」
ルイーズは少し考え込むと、ダヴィドを手招きして呼んだ。
「この子はあなたのお気に入りなのよね?信用してもいいのかしら」
「ああ、もちろん。ブランシュは口も固いし腕も確かだよ」
ダヴィドの返事に、ルイーズは小さなため息をつくと、ブランシュの目を見つめた。
「きっとオノリーヌ王子妃に聞いたでしょ?私が大切なものを捨てろって意地悪を言ったと」
「い、いえ……」
「いいの、本当のことだから」
顔を覆ったルイーズを見て、ダヴィドは棚から美しい木箱を持ってきた。
(これってやっぱり……)
「これを見てちょうだい。これは私が嫁入りするときに、両親が持たせてくれた大切なハンカチよ」
ブランシュは、ルイーズも同じような状況にあったのだと想像した。
ルイーズは眉間に皺を寄せ、ブランシュを見つめる。
「私だってオノリーヌ王子妃に言ったこと、後悔しているの。だってそれがどれだけ大切かわかっているもの。でも、私だって王妃に言われたら……」
「そういうわけで、ブランシュにはこれを違う何かにして欲しいんだ」
ルイーズの方に手を置いたダヴィドは、目を細め眉間に皺を寄せる。
ダヴィドは一連の事実を全く知らなかったため、多少の申し訳なさがあったのだ。
「あ、あの……な、何かご希望はございますか?」
「そうねぇ」
ルイーズが無意識にお腹を撫でる仕草を見て、ブランシュは勘付いてしまった。
「よ、よろしければ小さめのブランケットはいかがでしょうか?」
ルイーズは目を見開き、ダヴィドは声を出して笑った。
「ブランシュには叶わないな。ここにいる子のためのブランケットで頼むよ」
ダヴィドはまだ膨らんでいないルイーズのお腹を撫でると、ブランシュはそっとお辞儀する。
「仰せのままに」




