21.第二王子妃の思い出
翌日ブランシュは、アンに第二王子の部屋に行くことを伝え、そっと部屋を出た。
このことがバレたら、マドレーヌや縫い子たちが騒ぐと思ったからである。
ジュールの部屋をノックし、声をうわずらせながらドアを開ける。
「し、失礼いたします」
「あら、遅かったわね」
「も、申し訳ございません!」
「ジュールは後で来るそうよ」
オノリーヌは大きなため息をつくと、頬杖をついた。
「それで?何とかできそうなの?」
「あ、あの……こういったのはいかがでしょうか?」
ブランシュはポケットから布を取り出し、それをそっと広げて見せた。
「それが何?ただの布じゃない!」
「こ、これは9枚の布でできています」
「確かにいろんな模様が混ざってるけど、それが何だというわけ?」
それはブランシュが昨晩、記憶の中のデザインを見よう見まねで縫った布である。そして試作品5つ目で完成したのが、オノリーヌに見せた布である。
「に、西側の領地ではその……パッチワークと言って、布をつなぎ合わせて1枚の布を作る文化があります」
西側領地出身の人に見てもらいたかったが、ブランシュの話を聞いてくれる縫い子は少ない。
ブランシュはジュリエットのもとへ行き、西側領地出身のランドリーメイドを紹介してもらった。
「私は西側の田舎の方出身だけど、確かにパッチワークはよく見かけたわ」
「あ、あの……ぬ、縫い目はこんな感じでしたか?」
「すごいね!私はお裁縫できないけど、確かこんな感じだったと思うよ。あとは裏地をつけたらバッチリ」
ブランシュは西側領地の文化やパッチワークについて、できるだけ聞いてきたのだ。
「オ、オノリーヌ様のハンカチも、このようにすれば大きな布になります」
「まあ、それはすごいけど……大きくしたってどうしようもないじゃない!」
オノリーヌの言う通り布を大きくするだけでは、返って目立つだけになる。しかしブランシュにはあるアイデアがあった。
「お、大きな布にすれば、その……実用的な何かにすることができます」
「何かって?例えば何があるって言うの?」
「え、えっと、クッションカバーはいかがでしょうか?」
ランドリーメイドによると、庶民はポーチにすることが多いらしい。だが王女はポーチを持ち歩かないだろう。
「お、思い出のハンカチでしたら、め、目につくところへ置くのはどうでしょうか?」
「それなら確かに……。縫い子、クッションカバーはいくつできるの?」
「ぜ、絶対ではないですが……2つか3つはできるかと思います」
オノリーヌはおでこに手を当てると、そのまま黙り込んでしまった。
(怒らせてしまったかしら。パッチワークは庶民の文化とも言えるし……)
ブランシュが青い顔で動けないでいると、オノリーヌは突然立ち上がり、棚の上の木箱を手に取る。
「仕方ないからやってみなさい!その、パッチワーク?とやらを」
「お、仰せのままに」
「でも条件があるわ」
オノリーヌはブランシュの目をキッと睨み、木箱をぎゅっと抱きしめる。
「すべての作業を私の目の前で行いなさい!」
「も、もちろんです」
♢
ブランシュは第二王子の一筆を持って、縫製室に戻った。アンはそれを受け取ると、明日から第二王子妃の部屋に通うようブランシュへ伝えた。
(これは命令書だったのね。失敗した時の折檻について書かれているのかと思ってたわ)
翌日、ブランシュは裁縫箱を持ってオノリーヌの部屋に訪れた。ジュールの隣の部屋である。
「作業台は用意しておいたわ。すぐに取り掛かりなさい!」
「はい」
窓際に置かれた机は、リゼットのための縫製室にあるような、立派なものだった。
ブランシュはさっそく裁縫箱を広げると、オノリーヌの顔をチラリと見た。
「な、何?早く取り掛かりなさいよ!」
オノリーヌは腕を組み、ブランシュに早口で言葉を浴びせる。
ブランシュは手汗をエプロンで拭うと、声を少し震わせながらオノリーヌにお辞儀をした。
「も、申し訳ないのですが、ハンカチをお借りしてもよろしいでしょうか……?」
「それなら早く言ってちょうだい!」
オノリーヌは木箱をそっと作業台に置くと、ゆっくりと蓋を開けた。
ブランシュは一辺が約10cmの正方形に繰りぬかれた厚紙を取り出し、淡い水色のハンカチを1枚手に取る。
「こ、このハンカチの……あの、気に入っている柄の部分はございますか?」
ブランシュの質問に、オノリーヌは少し考えてから、黙って椅子を引きずりブランシュの隣に座った。
椅子がガタンと鳴ると、ブランシュの肩もビクリと跳ねる。
「そうね。このシャンデリアのような模様の刺繡の部分かしら」
ブランシュは細かい刺繡が大量に施されたハンカチの、オノリーヌが指定した場所が入るように厚紙の枠をかざした。
「まるで水辺のような美しさ……」
「あら?よくわかったわね。これは母が湖畔へ行くときに持ち歩いていたハンカチよ」
(こ、声に出ちゃった!怒られるかと思ったけど……第二王子妃殿下の大切な思い出が、1枚1枚に詰まっているんだわ)
「こ、こちらにハサミを入れても……よろしいでしょうか?」
「……仕方ないわね。丁寧に切りなさいよ?」
「も、もちろんです」
ブランシュは枠に合わせてチョークで線を引くと、その上をゆっくりとハサミで切っていく。
そうして毎日少しずつ、1枚ずつ丁寧にどこを切るか相談し、ブランシュはオノリーヌの思い出を聞きながら作業を進めた。
♢
「この白いハンカチは、どの部分を使用いたしましょうか?」
オノリーヌが寂しそうな目で思い出を語るので、ブランシュは緊張を忘れて一緒に懐かしむようになった。
「迷うけど……右下のこの花の刺繡部分がいいわ。これはね、母が結婚する前に父がプレゼントしたそうなの」
(この青くて小さい花……ヴェロニク・ドゥ・ペルスかな?)
「お母様かお父様は、南の国ご出身ですか?」
「なんでわかったの?母は王妃と同じ、南の国出身なの。私はその伝手でジュールと結ばれたのよ」
口角を上げ、目を細めるオノリーヌ。ブランシュの口角も、つられて上がる。
「このハンカチが私の1番のお気に入りなの」
オノリーヌが取り出したのは、ピンク色の花の刺繡が綺麗に並んでいるハンカチだ。
ブランシュはそれを受け取ると、どのハンカチよりも使い込んでいたことがわかり、オノリーヌの母親がとても気に入っていたのだと理解した。
「私が小さい頃からよく持ち歩いていたけど、なぜかしらね」
「お母様は秋生まれですか?」
「いいえ、秋生まれなのは私よ」
オノリーヌは作業台に頬杖をつき、ブランシュの手元を見入っている。
「この花は秋に咲くコスモスです。他にもコスモスの刺繡も入ったハンカチがいくつもあるのは、第二王子妃殿下のことを思っていたのではないでしょうか」
「オノリーヌでいいわ」
そう言ってオノリーヌは目に涙をうっすらと浮かべると、窓の外をただ静かに眺めた。
「オノリーヌ様。もしよろしければクッションの裏地と縁は、コスモスのような少し濃いめのピンク色にされるのはどうでしょうか?」
ブランシュは、ずっと裏地と縁の色について悩んでいた。色は数えきれないほどあるので、いくつか絞って提案しようと思っていたが、オノリーヌの話を聞いてこれしかないと思った。
「あなたが言うならそうしようかしら。でも私が直接どのピンクにするかは選ぶから。わかった?」
「もちろんです」
第一王子妃が大量のハンカチを捨てろと言った理由が故郷だという意味が、数日の間でブランシュには痛いほど伝わった。
それほどまでにオノリーヌは、故郷という名の母親を愛していたのだ。
(オノリーヌ様の想いを必ず紡ぎたい。それに第一王子妃殿下も、もしかしたら……)
ブランシュはハサミを入れながら、オノリーヌの顔を見ては目を細めながら作業を進めた。




