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20.第二王子の依頼

 ブランシュは無事リゼットのドレスを完成させ、初めての休日を過ごし、ようやく日常生活に戻ってきた。

 

 3人の縫い子は、アンからそれぞれ銅貨を2枚受け取った。これが空組の縫い子のお給料である。

 

「私は手首につけるピンクッションを買うんだ」

「私はきのこの待ち針」


 ブランシュはダヴィドにもらったピンクッションも、手芸屋で買った待ち針も、勿体無く思い大切にしまっていた。

 しかし裁縫箱を覗いたマドレーヌに、見つかってしまったのだ。


 店主に宣伝するよう頼まれたことを思い出したのもあり、ブランシュはそれから使うことにした。


 そんなふうに騒いでいると、アンが入り口の壁をノックして咳払いをする。

 その後ろには身分の高そうな、赤毛の男性が立っていた。


「ブランシュ、第二王子様がお呼びです」


(何でいつも王子様が……私にできることなどないのに……)



 ♢

 


 ブランシュは第二王子の3歩後ろをちょこちょことうつむきながら歩いた。


(どこに向かっているんだろう)


「君がリゼット王女のドレスを作ったと聞いたが、その、本当かい?」

「……はい」

「命も救ったんだって聞いたけど……」


 第二王子はブランシュに対しても、丁寧に声を掛けた。


「あ、えっと……」


 ブランシュは事件の詳細を話さない方が良いことをわかっていたが、なんと返事したらよいのかわからず俯き続ける。


「あ、自己紹介がまだだったね。僕はジュール、一応、その、第二王子です」

「……ぬ、縫い子をしていますブランシュです」


 ブランシュが知っている王族は3人とも正嫡(王と王妃の子)で、皆王族らしい態度。だが、ジュールはオドオドしている。


「ブランシュ、実はその、君に頼みたいことがあるんだ」

「お、仰せのままに」

「あ、いや、まだ正式決定じゃないんだ。とりあえず見て欲しい。さあ入ってくれ」


 ブランシュは扉の前に敷かれた絨毯を見て、ここがジュールの部屋なのだとわかった。赤い絨毯は王子の部屋の前にしか敷かれないからだ。


「し、失礼いたします……」


 ジュールの部屋に入ると、赤毛交じりの茶髪に、青い瞳の女性が座っていた。

 

 ブランシュが反射的にお辞儀をする。


「ブランシュ、顔を上げてくれ。オノリーヌ、このメイドが噂の縫い子のブランシュだ」

「ジュール、本当にこの縫い子に頼んで大丈夫なの?」


 オノリーヌと呼ばれた第二王子妃は、両腕をさすりながら眉をひそめている。

 

「他の縫い子に頼みたくないと言ったのはオノリーヌじゃないか」

「それはそうだけど……。だって、頼りない顔しているわ」


 ブランシュは2人が何の話をしているのかわからず、エプロンを握りしめることしかできなかった。

 そんなブランシュを見て、オノリーヌは苛立ちをぶつける。


「失敗されたらどうするの!!あれは形見なのよ?もう2度と戻ってこないの!」

「それは、だって……でも、どの縫い子に頼んでも同じじゃないかな?」

「なんでそんな言い方をするの!」


 少しずつ声が大きくなるオノリーヌに、ブランシュの指先は冷たくなり、小さく震え始める。できるだけ肩を縮めた。


「あ、ごめん……じゃあ、とにかく1度見てもらうのはどうかな?実際に頼むかどうかはそれから決めたらどうだい?」

「それなら、まあ……」


 オノリーヌは立ち上がると、部屋の奥から美しい箱を抱えて戻ってきた。

 ブランシュはそこでようやく気がついた。この部屋にはメイドもヴァレットもいない。


(誰にも聞かせられない話って何だろう?私が何か役に立てるとは思えないけど……大丈夫かな?)


「これを見てちょうだい」


 オノリーヌが箱をそっと開けると、中には畳まれた布がぎっしりと詰まっている。


「このハンカチは、亡くなった母の形見なの。でも……」


 オノリーヌはため息をつくと、ブランシュを鋭い目つきで睨みつけた。


「処分するように言われているの。どう思う?おかしいわよね?」

「そ、そうですね……それはだ、誰に言われたのですか?」


 ブランシュはなぜ、かさばらないハンカチを処分しなければならないのかと思った。


 それから少しの沈黙の後、オノリーヌは重い口を開いた。


「……第一王子妃よ」


 第一王子妃と第二王子妃の身分の差は、言い表せない程離れている。特に第一王子のダヴィドは正嫡であるため、それは明らかだろう。


「この国の人間になったんだから、祖国のことは忘れろって言うの。第一王子妃に言われたら……仕方ないじゃないの!」

「お、落ち着いて。ブランシュ、オノリーヌがこう言っているんだ。君ならなんとかできないか?」


 王族の頼みを断るということはできない。しかし突然の質問に、ブランシュは何も考え付かなかった。


「今日結論を出す必要はない。申し訳ないが一晩よく考えて、明日の13時にまた来てくれるかい?」

「か、かしこまりました」


 ジュールが申し訳なさそうに肩をすくめると、オノリーヌは勢いよく箱の蓋を閉めた。


「このことを誰かに話したら……わかるわよね?」

「も、もちろんです」



 ♢



 ブランシュが縫製室に戻ると、昼休憩の時間だったため誰もいなかった。


(大量のハンカチを捨てずに取っておく方法か……)


 なんとなく部屋の隅の端切れ箱に手を伸ばし、ハンカチサイズの布をいくつか取り出してみる。

 端切れは試し縫いをする時や、刺繍の練習をする時などに使う。他にも下級使用人の服の修理など、使い道はいろいろだ。


 ブランシュは、おもむろに小さな端切れを足して、大きな四角を作った。


「こういう感じに……」

「どんな感じだい?」


 肩をびくりと震わせたブランシュは、パッと後ろを振り向く。


「ダ、ダヴィド様……」

「イヴァンから聞いていたけど、君は本当に働き者なんだね」


 ダヴィドが一歩進むたびに、ブランシュは後ずさりをする。

 ブランシュの背中が壁についた時、ダヴィドはかがんでブランシュと目を合わせた。


「ピンクッション、全然使ってくれていなかったと聞いたが……本当かい?ブランシュ」

「あ……それは、えっと……」


 ダヴィドは小さな笑いをこぼすと、ブランシュの手を黙って引き、歩き始めた。


(今度は何!?)


 すれ違う使用人たちは驚いて声を上げるか、ヒソヒソと顔を見合わせていた。


「なぜ王子様がメイドの手を!?」

「あの子よほどのことをやったのね」

 

 しかしブランシュの頭は真っ白だったため、全く気付いていない。



 ♢

 


「さあ、どうぞ」


 ブランシュはダヴィドの部屋に入ると、無理やり豪華な椅子に座らされた。


「第二王子に呼ばれたって聞いたけど、何の話だったかい?」


 ダヴィドはブランシュの隣に座ると、にっこりと笑いながらブランシュの目を見る。

 慌てて目を逸らそうとしたブランシュだったが、一歩遅かった。


「こっちを見て話してよ。ね、ブランシュ?」

「……ダ、ダヴィド様?」


 ブランシュは冷や汗を拭うこともできず、心臓が止まりそうだった。

 ダヴィドは目を細めるだけで、ブランシュから目を逸らしてくれない。


(ど、どうしよう……第二王子様との話は秘密なのに)


 沈黙が続いた末にブランシュの目に涙が浮かぶと、ダヴィドはブランシュのおでこを軽くはじいた。


「ごめんごめん、少々イタズラが過ぎたかな?」


 ダヴィドは机の端に置いてあった缶を、ブランシュに手渡す。


「さあ、開けて」


 ブランシュは震える指で缶の蓋を開けると、中にはたくさんのクッキーが入っていた。


「好きなのどうぞ。意地悪したお詫びだ」

「……へ?」

「毒見とも言えるね」


(私は毒見役で呼ばれたのね……なんだ、よかった)


 奴隷が毒見をすることは珍しくないので、ブランシュは自分が呼ばれた目的がわかりそっと口角を上げる。

 一方ダヴィドは毒見と言われて笑顔になったブランシュに、一瞬目を見開いた。


「し、失礼いたします」


 ブランシュはクッキーを半分口に入れると、甘くてほろほろとする初めての食感に、思わず頬を抑える。


「どうだ?」

「い、今のところ毒はないかと思われます!」


 慌てて立ち上がったブランシュを見て、ダヴィドの口から笑いが漏れる。


「ここには8種類あるね?だからあと7つ毒見を頼むよ」

「お、仰せのままに」

 

 ブランシュは四角いクッキーを手に取ると、目を丸くした。


(これなら、こうやってくっつけたら……ハンカチを取っておけるかもしれない!)

 

「どうした?あ、飲み物も必要かい?」

「そ、そういうわけでは!あ、その……今すぐ食べます」


 クッキーはブランシュが来る前にヴァレットが毒見をしており、ダヴィドは毒がないことを知っている。

 ダヴィドはこのことがイヴァンにバレたら、面白いことになるだろうなと思いながら、おいしそうに食べるブランシュを眺めていたのだった。

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