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19.初めての休日

 朝食後にブランシュが空組の縫製室に入ると、部屋は途端にざわついた。


「ブランシュ!それブランシュの裁縫箱?」

「う、うん」

「やっぱりイヴァン様にもらったの?」

「……うん」


 同じエプロン班の縫い子は次々と楽しそうに質問した。


「さすが王子様の特別な子」


 星組長であるジャネットは、ニヤニヤしながらつぶやいた。

 大半の縫い子は顔を見合わせ、ブランシュの顔をチラリと見てはヒソヒソと笑っている。


(みんなが私を見てるわ……緊張でお腹が痛い)


 この状況は、皆が昼休憩に行くまで続いた。

 ようやく1人になったブランシュは、心を落ち着けるために無心でエプロンを縫う。

 

(どうしてみんな王子様方の話を聞きたがるんだろう?やっぱり奴隷が王族といるなんて変だよね)


「ちゃんと裁縫箱を使ってるな?」

「イ、イヴァン様……も、もちろんです」


 イヴァンと目が合ったブランシュは、反射的に視線を落とし肩をすくめた。

 一方で机の上の裁縫箱を見て満足そうに目を細めたイヴァンは、すぐに眉間にしわを寄せる。


「お前、今日は休みじゃないのか?」


 昨日まで働きづめだった縫い子は、皆揃って今日は休みを取っている。一緒にドレスを作ったマドレーヌも、今日はいない。


「え、えっと、その……」

「というかお前はいつ休んでる?」

「それは……」

「……まあいい」


(イヴァン様は何をしに来たんだろう?)


 ため息をついたイヴァンがそのまま部屋を出て行くと、ブランシュは首を傾げ再び手を動かしながら、嫌な予感に背筋が震えた。



 ♢



 夕食後、ブランシュはイヴァンの部屋に呼び出された。


(なんでジュリエットまで!?)


「遅い」

「も、申し訳ございません」

 

 ブランシュがお辞儀をすると、ジュリエットも慌てて真似をした。

 

「ダルクに調べさせた。ブランシュ、お前1度も休みを取っていないな?」

「……えっと」

「お前は明日休みにすると俺が決めた」

「い、いえ、そんな」

「小遣いもやる」

「もらえません!」


 奴隷に休みという概念はない。それは縫い子という肩書になっても、ブランシュにとっては同じだった。


「お前、ジュリエットと言ったか?」

「はい!」

「お前にも小遣いをやろう」

「ほ、本当ですか!?」


 満面の笑みのジュリエットは、イヴァンから小さな巾着を受け取る。


「明日、ブランシュと町に行ってこい」

「かしこまりました!」

「ジュリエット!?」


 イヴァンは固まったブランシュの手に、手を包み込むようにして巾着を握らせる。ダルクは緑色のワンピースをブランシュに渡した。


「これで街へ行く服も揃ったな。他にも必要なものがあるなら言ってみろ」


 ブランシュは小さな声を震わせて「髪を染めるクルミの皮」をお願いした。



 ♢

 


 緊張で朝食を食べられなかったブランシュは、部屋まで迎えに来たジュリエットに手を引かれ、門までやってきた。

 下級メイドは数人でお金を出し合い、外出用のワンピースを買うことが多い。ジュリエットも同じ班のメイドたちと買った、黄色いワンピースを着ている。


「ブランシュ、昨日もらったお小遣いなんだけど……」


 声を潜め、目じりを下げたジュリエットは自分の巾着を広げた。中にはいくつかの銅貨に紛れて、金貨が2枚。

 ブランシュがイヴァンから受け取った巾着には、金貨が5枚。


 ブランシュにとって、人生で初めて触るお金である。その価値がわからないブランシュは、ジュリエットがなぜ困った顔をしているのかわからなかった。


「下級メイドにはもったいないぐらいの、すごい金額だよ」

「ど、どれくらいなの……?」

「金貨1枚なら、ワンピースを1着買ってもお釣りがくるよ」


 ブランシュは震えた手でポケットに巾着をしまい、ちょうどよくやって来た馬車に乗った。

 

 

 ♢

 


「まずは手芸屋さんだよね!」


 馬車を降りたジュリエットは、ブランシュの返事を待たずに手を引いて歩き出した。


(そうだ、リゼット様のドレスのお礼を言わないと)


「おお、ブランシュさん」

「こ、こんにちは。せ、先日はその、布染めにご協力ありがとうございました」

「いやいや、ゆっくり見ていってくれ」


 店の中央の棚には、ダヴィドにもらった腕につけるタイプのピンクッションが、たくさん並んでいた。


「これが店で1番の流行りなんだ。どうだい?」

「えっと、こ、これはすでに持っています……」

「それは失礼。じゃあこれなんかどうだい?」


 案内された窓際の棚には、たくさんの針が並んでいた。

 

「ブランシュ見て!キノコだ!」


 普通なら小さな丸いガラス玉がついている待ち針に、キノコの形のガラスがついていた。


(小さいのに精巧な作り。こんなに綺麗な待ち針は初めて見たわ)

 

「あ、ちょっと高いね」

「お嬢さん、これ作るの大変なんだ。これでも良心的な値段なんだよ」

「それもそうか!ブランシュ、お小遣い貰ったんだし買っちゃいなよ」


 ジュリエットが肘で笑いながら小突いてきたが、ブランシュは巾着を握りしめたまま悩んでいた。


「ねえ、これってどれくらいの値段なの?」

「んー、この10本セットの値段でパンが2袋買えるぐらい」

「え!?」


 自分でも驚くほど大きな声が出たブランシュは、慌てて両手で口を押さえた。

 

「ブランシュさん、布染めの借りだ。それを買って、王宮で宣伝してくれないか?」

「わ、わかりました」


 ブランシュは紙袋を受け取ると、お辞儀をしてお店を後にした。

 

 それからジュリエットは、ブランシュにいろんなお店を紹介して回った。

 ブランシュは茶色いカバンを買い、ジュリエットはヘアピンを買ったが、お金はまだまだ余っている。

 馬車の時間まで時間もあったため、2人は市場を歩くことにした。


「ラズベリーだ。ジュリエットはラズベリー好き?」

「食べたことない」

 

 地方の奴隷だったブランシュは、たまに口にした果物だったが、王宮で見かけたことはない。

 ブランシュは待ち針と同じ値段のラズベリーを見て、少し悩んだがジュリエットに食べて欲しいと思い購入した。

 

「美味しい!ブランシュ、これ美味しいね!」


 ベンチに座ると、ジュリエットが目を輝かせて喜ぶものだから、ブランシュの口角も上がる。

 

「これだけたくさんあるけど、美味しいからお土産にみんな喜ぶよ」


 果物は紙袋単位でしか買えなかったため、ブランシュは大量のラズベリーをどうするか悩んでいた。

 しかし、ジュリエットの発言を聞いてあるアイデアが浮かんだ。


 

 ♢

 


 ブランシュは王宮に戻るとジュリエットと別れ、イヴァンの部屋に向かった。


「お前から来るなんて珍しい」


 イヴァンは頬杖をつきながら、目をゆっくりと細める。

 

「あ、あの、お小遣いありがとうございました。これ……」


 ブランシュは残ったすべての貨幣が入った巾着を差し出す。

 

「それはお前にやったんだ。取っておけ」

「あ、ありがとうございます。……あと、あの、お、お願いがありまして……」

「なんだ?」


 男性の低い声は、何度聞いても慣れない。

 ブランシュの肩は小さく跳ねたが、そっと口を開く。


 イヴァンはため息をつくと、ブランシュの願いに許可を出した。

 

 ブランシュはお礼を言い、奴隷部屋へと小走りで向かった。



 ♢

 

 

「ブランシュ!?髪が茶色いからわからなかったわ」


 面倒を見てくれていた中年の奴隷は、そっと一歩後ろに下がった。


「ランドリーメイドじゃなくなったって聞いたけど。その服……今は街に住んでるの?」

「い、いえ……今はここで縫い子をしています」


 奴隷が縫い子になるなんて前代未聞。皆が一斉に騒ぎ出した。


「待って!縫い子が奴隷部屋にいるなんて、私たちが怒られるんじゃない?」


 1人の少女の発言に、皆も一歩後ろに下がった。


「だ、第三王子様に許可を取りました」

「……えっと、じゃあ何の用?」

「これ、みんなで食べようと思って」


 ブランシュは自分の所属していた、北側の奴隷部屋のみんなにラズベリーを食べてもらいたかった。

 30人近い奴隷は、眉間に皺を寄せた。


「なんでくれるの?せっかく奴隷じゃなくなったんでしょ?」

「……わ、私は、縫い子をしている奴隷だから。ここに来た私に、その、優しくしてくれたみんなに……お礼をしたかったんです」


 涙を浮かべるブランシュを見た奴隷の1人が、黙ってラズベリーを手に取る。


「美味しい!これなんていうの?」


 初めての甘さに、その奴隷はもう1つ口に運んだ。

 

「ラズベリーです」

「私昔食べたことある!」

「私にもちょうだい!」


 30人近い奴隷は、次々にラズベリーへ手を伸ばした。

 ブランシュは元の居場所のみんなが、喜んでくれたことが嬉しくてたまらなかった。



 ♢



 イヴァンは「お小遣いで買った果物を奴隷に分けてもいいか?」という、ブランシュの考えが理解できなかった。

 しかし、翌日律儀に御礼に来たブランシュ。イヴァンは背もたれに寄りかかると、ブランシュの目を見た。


「今後は10日に1回は休みを取ること。その際給料も受け取ること。わかったか?」


 ブランシュは、何度も必死に頷いた。

 イヴァンは頭を掻きながら、そっぽを向く。


「それを守るなら奴隷と何しても構わない」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ」

「あ、ありがとうございます!」


 ブランシュはリボンをギュッと握り、深いお辞儀をすると、部屋を出て行った。


「意味がわからんやつだ」


 イヴァンの呟きが聞こえたダルクは、目を細めて微笑むのだった。

第4章完結

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