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18.ブランシュの推測

(またこの部屋……帰りたいよ)


 結局パーティーが終わるまで、ブランシュはイヴァンに会場から出してもらえなかった。

 

 イヴァンが来賓に挨拶へ向かい、ようやくブランシュは誰もいない中庭へ戻ってきた。ところがダルクに見つかり、今度はイヴァンの部屋へ連れて来られたのだ。



 ♢


 

「それで?」


 イヴァンは呼びつけたブランシュへ詰め寄る。ダルクはドアの前に立ち、ただそれを見つめるしかなかった。


「リゼットの命を救ったとはどういうことだ?」


 朝早くから来賓対応をしていたイヴァンは、毒の事件について何も知らなかった。

 ブランシュは1から丁寧に説明したが、イヴァンは鋭い目つきでブランシュを見る。


「なぜハムが必要だったのかは理解した。だがなぜそこにダヴィドが出てくる?」

「イ、イヴァン様の部屋をノックしたのですが、へ、返事がなくて……」

「……で?」

「た、たまたま通りかかったダ、ダヴィド様に……お願いをした次第です」


 大きなため息と同時に、イヴァンは椅子に座り込んだ。机に頬杖をつき、頭を抱える。


「……それぐらい自分で頼め」


 ブランシュは奴隷がキッチンに入れないことを、イヴァンが知っているのかわからなかった。

 首元のリボンをぎゅっと握り、ブランシュは謝罪の言葉を繰り返す。


「頼まなければならなかった理由があるのか……?」


 イヴァンはそんなブランシュに、どこか違和感を覚えた。

 よく考えてみたら、人にお願いをすることのないブランシュが、ダヴィドを頼るなんておかしいと気がついたのだ。


 ブランシュは声を震わせながら説明した。


「……ど、奴隷はその……食べ物にさ、触れないのです。き、キッチンに行ってみたのですが、ほ、本当は奴隷が入れる場所ではなく……」

「……そうか」


(どうしてイヴァン様が私に謝るの?私が奴隷であることが悪いのに……)


 俯き続けるブランシュに、イヴァンは自分でも理由はわからないが、なぜか苛立った。

 机を軽くたたくと、ブランシュの肩が跳ねる。


「もういい、そこに座れ」


 体に響くイヴァンの低い声に、ブランシュはすぐさま膝をついた。


「違う!椅子に座れという意味だ」


 ブランシュは慌てて立ち上がると、恐る恐る柔らかい椅子に腰かけた。

 イヴァンは再びため息をつくと、顔を覆って話を変えた。


「なぜリゼットのドレスにピンクを入れた?」

 

 ブランシュは王様にも指摘されたことを、イヴァンにも指摘されたことで、指先が冷えていく。


(ピンクはダメだったのかしら?)


「俺はリゼットが小さい頃、好んでピンクばかり着ていたことを今日思い出した。お前はそんなことを知らないだろ」


 初めて廊下で見かけた時から、ブランシュはリゼットがピンクが好きなのではないかと思っていた。


「ご、ご希望の色を聞いた時に、その……ピンクと言いかけたのがたまたま聞こえたので」

「あとは?」

「……リ、リゼット様が気に入って付けているだろう髪飾りは、り、リンゴの花でした」


 イヴァンは驚いて目を見開いた。

 あの髪飾りを好んでつけ始めたのは、ピンクの服を着なくなった時期と重なるのだ。その髪飾りをプレゼントしたのが、王様であることもイヴァンは思い出した。


「ダルク」

「なんでしょう?」

「コーヒーを用意しろ。ブランシュ、お前コーヒーを飲めるか?」


 すっかりダルクの存在を忘れていたブランシュは、ビクリと肩を震わせて振り向いた。


「おい!聞いてるのか?」

「へ?あ、えっと……の、飲んだことがないので、わ、わかりません」

「ダルク、2人分用意しろ」

「かしこまりました」

 

(なぜイヴァン様はいつも食べ物をくださるの?……あぁ、何も考えずに草むしりをしたい)


 ブランシュに良くしているつもりのイヴァンは、なぜブランシュが毎回青い顔で震えるのかがわからず、首を傾げた。



 ♢

 


「お待たせいたしました」


 ブランシュは目の前に置かれたいい匂いの飲み物が、あまりにも真っ黒なので驚いた。


「気にせず飲め」


 イヴァンはそう言うと、自分の前に置かれたカップを持ち上げ、口を付けた。

 ブランシュも真似をして口に入れたが、人生で初めての苦みに肩が震えた。


(これが苦い味なのね……口から全然無くならない!)


「イヴァン様。ミルクと砂糖の用意もありますが、いかがなさいますか?」

「準備が良いな。入れてやれ」

「かしこまりました」


 目の前のカップに、さらさらと溶けていく砂糖。ミルクによって、黒から茶色へと変わっていくコーヒー。

 ブランシュはそれをじっと見つめていた。


 ダルクはスプーンで混ぜると、カップをブランシュの前に置いた。


「飲め」


 ブランシュは再びカップを手にすると、目を瞑ってそっと口をつける。


(な、何これ……!?)


 ブランシュは目を大きく見開いた。危うくカップを落としそうになる。

 生まれて初めての砂糖に、思わず頬を抑えた。


「うまいか?」

「はい……とても!」


 ブランシュが2口目をゴクリと飲むと、イヴァンは満足そうに目を細めた。


「ブランシュ、本題だ」


 少し低くなったイヴァンの声に、ブランシュは慌ててカップを置き、両手を膝の上に揃える。


「皆のドレスを見たな。どう思った?」

「……こ、濃い紫のドレスを着た王女様は、ぐ、具合が悪かったのですか?」


 イヴァンは予想外の答えに眉をひそめた。

 一方でブランシュは、紫のドレスの王女を気にかけていた。華美なドレスだったが、フィットしているとは言い難い。踊ることもなく、いなくなったことを疑問に思ったのだ。


「具合が悪かったわけじゃない。ただ、なぜかいつも部屋に篭っているんだ」


 引きこもりの王女と聞いて、ブランシュはそれが第四王女だとわかった。ジュリエットから、噂話を聞いたことがある。


「王女がパーティーに出ないわけにはいかないからな。最低限顔を出してすぐに部屋へ帰る。俺には理解できないが」


(緊張しやすいのかな?だとしたら部屋に帰りたい理由はわかるけど、なぜ紫のドレスを……?)


 目立ちたくないなら、濃い紫は選ばない。ブランシュは首を傾げた。


「ドレスについてはもういい」

 

 イヴァンは黙って眉間に皺を寄せると、そのままブランシュの目を見つめた。

 ブランシュは思わず唾を飲み込むと、エプロンをギュッと握りしめる。


 それからイヴァンは頭を掻き、思い口を開いた。


「本題だ。なぜ毒がわかった?見た目はチークのようだったと聞いたが」


 イヴァンの鋭い目つきに、ブランシュの顔は青くなった。


「答えろ。なぜわかった?」


 ブランシュはゆっくり息を吸うと、声を震わせながらも答える。

 

「そ、その毒は……ど、奴隷への折檻に使われることがあります」


 ブランシュは、実際に触ったことはない。

 しかし過去によその主人が毒について、楽しそうにブランシュに語った。そして、皮膚がただれた奴隷の腕を見たことがあったのだ。


「……悪かった」


 涙をうっすらと浮かべるブランシュを見て、イヴァンはなぜか胸がチクリと痛んだ。

 

 イヴァンは何度目かわからないため息をつくと、突然立ち上がった。

 引き出しを開けると、中から立派な木製の裁縫箱を机の上に置いた。


「ブランシュ、お前にこれをやる」


 イヴァンがぶっきらぼうにそう言ったが、ブランシュは返事ができなかった。


(イヴァン様は何を言ってるんだろう?受け取った後どうしたらいいの?)


 その様子を見たイヴァンは、裁縫箱をブランシュに突きつけた。

 

「……前に怪我させた詫びだ」

「け、怪我ですか?」


 ブランシュは不思議そうな顔で、イヴァンの顔を見たが、イヴァンはそれが気に入らなかった。


「前に指を怪我させたろ。だから……」

「あ……誕生日プレゼントですか?」

「は?」


 ブランシュが人生で誕生日プレゼントをもらった回数は、片手で数える程しかない。

 しかし奴隷だったブランシュには、怪我をさせられるという概念がない。誕生日のプレゼントという方が、まだ理解できた。


「お前、誕生日いつなんだ?」

「……6月30日です」

「そうか。詫びのついでに、誕生日プレゼントということにしておこう」


 ブランシュは目を丸くすると、ニッコリとして立ち上がった。


「あ、ありがとうございます!大切に使います!」


 ようやく笑顔を見せたブランシュに、イヴァンは満足そうに目を細めた。

 

「そうだ、お前ダヴィドにもらったクッションピンは使わないのか?」


 王都で買ってもらった淡い青色のピンクッションを、ブランシュはまだ使っていなかった。


(もったいないからまだ使えないけど、せっかくイヴァン様に裁縫箱をもらったから、ここに大切にしまおうかな)


「なあ、ブランシュ?」


 イヴァンはブランシュの横まで歩いた。それから肩に手を置くと、甘く低い声でささやく。


「俺が渡した裁縫箱は絶対に使えよ?」

 

 背筋が震えたブランシュは、コクコクと一生懸命頷く。


(だからどうしてイヴァン様は、いつも距離が近いの……裁縫箱に手汗がついちゃうよ)

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