17.第二王女の成人パーティー
会場から離れた場所にいるブランシュの耳にも、賑やかな声や音がかすかに聞こえた。
2週間毎日働き詰めだったブランシュは、北側の中庭の井戸のそばに座り込み、生ぬるい風に目を閉じる。
(リゼット様、とても美しかったな。怪我せずパーティーに参加されているといいんだけど……)
ブランシュはあの後、毒入りの袋はダルクに引き渡したが、それがどうなったのかまでは知らない。
ただリゼットの無事を祈ることしかできなかった。
♢
満足感で胸がいっぱいのブランシュは、ジュリエットの夕食の誘いを断って、中庭で余韻に浸っていた。
「お嬢さん、お疲れですか?」
「だ、第一王子殿下……」
ダヴィドを見たブランシュは反射的に土下座をしようとしたが、腕を掴まれたことに驚いてぴたりと固まる。
「僕の妹を助けてくれたというのは本当かい?」
「あ、えっと……リゼット様でしたら、その……」
目が泳ぎ、息継ぎするような話し方のブランシュにダヴィドは微笑んだ。
「まず、僕のこともダヴィドと呼んでくれないか?」
「……えっと」
「それともイヴァンだけが特別かい?」
「い、いえ!」
ブランシュはなぜ王族の方々が、名前呼びを求めるのかわからなかった。
しかし王子の命令は絶対である。
「それから、悪いがちょっと来てくれるかな?」
「え、あ、その……」
「ハムの件はお忘れかな?」
「……お、仰せのままに」
(どうしよう、すっかり忘れてた。お腹が痛い……)
♢
リゼットの婚約者であるクレマンは、ホールの入り口でリゼットを見ると、目を見開いた。
「リゼット、今日はいつも以上に美しいね。ここだけの話、第二王女様よりも美しいよ」
2人が腕を組んで中に入ると、紫陽花のような美しいドレスに誰もが目を向けた。
「イヴァンお兄様、このドレスはどうかしら?」
「ドレスもリゼットも美しいよ。そう思うだろ?クレマン王子」
「僕の国でも見たことのないデザインです。こんなに美しいリゼットの婚約者でいられること、光栄に思います」
イヴァンはニヤリと笑うと、リゼットを自慢するように連れて挨拶に回った。クレマンはその後ろをついて行く。
「本日はお誕生日おめでとうございます、エリアーヌ王女」
イヴァンが丁寧なお辞儀をすると、リゼットとクレマンも深いお辞儀をした。
真っ赤なドレスに身を包んだ本日の主役であるエリアーヌは、お辞儀を返すと自分の抱きしめるように両腕を組む。
「ありがとうございます。えっと、リゼット王女?何やら大変だったようね」
エリアーヌはわざとらしく眉間に皺を寄せると、メイドたちはクスクスと笑った。
皆が主役の自分よりもリゼットのドレスばかり見るので、この状況が面白くなかったのだ。
「ご心配いただきありがとうございます。しかし縫い子がとても優秀で、私の命を救ってくれたのでご安心ください」
第二王女である自分よりも、嫡出子である第五王女のリゼットの方が立場は上である。
エリアーヌは何も言えなかった。
2人の会話が止まると同時に会場は沈黙に包まれた後、一瞬で騒がしくなった。
周囲にいた人たちは2人の会話を聞いて、初めてリゼットの身に危険があったことを知ったからだ。
「リゼット様の命が狙われた!?」
「縫い子が救ったとはどういうことだろうか?」
「前にもリゼット様のドレスが破かれたという噂を聞いたけど、それも本当かもしれないわ」
様々な憶測が飛び交い、皆が次々と質問する。
またしても主役を奪われたエリアーヌは、リゼットのことを睨むもイヴァンから鋭い視線が返ってきたので、俯くしかなかった。
「イヴァン様に頼んで、その縫い子をリゼットのレディースメイドにしてもらったらどうだい?」
クレマンはリゼットが絶賛するので、ぜひ縫い子をリゼット専属にと考えた。
一方リゼットは、イヴァンがブランシュを気に入っていることに気づいていた。
ちらりとイヴァンを見れば、案の定腕を組みムッとしている。
「まあ、その縫い子の出来次第でと思っています」
不機嫌なイヴァンのめんどくささを知っているリゼットは、それらしい返事をして流した。
満足そうに口角を上げたイヴァンを見て、リゼットは安堵する。
じゃあそろそろ踊ろうかという時になって、今度は狙われた理由の推測が飛び交い始めた。
「ねぇ、犯人は誰だと思う?」
「目的はやっぱり……ね?」
「の宿命なのかしら」
誰もリゼットに直接聞きはしないものの、王族が狙われるというのはビックニュースである。
「リゼット、ここにいたのか」
「ダヴィドお兄様」
「おい、お前どこで何してたんだ?」
イヴァンは騒いでいる来賓にイラついていたため、当たるようにダヴィドの腕を小突いた。
「皆様にお披露目しようと思いまして。こちらがリゼットのドレスを作りました、縫い子のブランシュです」
自分の後ろに隠したメイドを紹介すると、途端に会場は静まり返った。
♢
手汗を隠すようにエプロンをぎゅっと握ったブランシュだが、眩暈がして今にも倒れそうだった。
シャンデリアが眩しく煌めき、女性には美しい宝石が輝いている。
王子様方は肩から腰に流れる深紅の帯に、王家の紋章や星形の勲章がいくつもついている。
(私は場違いですから、どうか中庭に帰してください……皆様が私のことを見てるよぉ)
王族に使えるレディースメイドやヴァレットは、皆青いリボンやネクタイをしている。
ブランシュは、場違いな白いリボンに俯いた。
「あら?どこかで聞いたことのある名前だと思ったら、あなただったのね」
周囲の貴族たちが一斉に道を開けると、ティアラを被った王妃がブランシュを見て微笑んだ。
「母上、またしてもブランシュが活躍しましたよ」
ブランシュは息を漏らしてお辞儀をした。
ダヴィドも王妃にお辞儀をすると、ブランシュの肩に手を置き目を細める。イヴァンはすぐさまダヴィドの手を払い、ブランシュを自分の方に引き寄せた。
「ほお、噂は聞いているよ」
王様の柔らかく低い声が会場に響くと、皆が一斉に頭を下げる。もちろんブランシュも、さらに深くお辞儀した。
「お父様!」
リゼットは嬉しそうにお辞儀をすると、ブランシュを紹介した。
「この縫い子は2度も私を助けてくれたのよ」
王様はリゼットに微笑みかけると、ブランシュの目をじっと見つめ口角を下げた。
「そうか……でもリゼット?この縫い子の自作自演の可能性はないのかい?」
王様の発言に、会場はざわめいた。
王は簡単に口にした言葉だが、答え次第ではブランシュの首が飛ぶのだ。
真っ青な顔のブランシュは、下を向いたまま動くことができなかった。
しかしリゼットはブランシュの肩に手を置くと、ゆっくりと首を振る。
「お父様、この縫い子にそんな度胸はないわ」
「リゼットがそう言うのなら信じよう。では儂から縫い子に1つ質問だ」
今にも泣きだしそうなブランシュだったが、王様の命令は絶対である。
皆が固唾を飲んで見守る中、ブランシュは震えながら王様の顔を見上げた。
「縫い子よ、このドレスの色は誰が決めた?」
「……わ、わ、私です」
「リゼットにピンク色の服を着せたのはお前なんだな?」
今にも潰れてしまいそうな威圧感に、ブランシュだけでなくリゼットまで震え出した。
「は、はい……す、全て私のせ、責任でございます」
(リゼット様は何も悪くないので、せめて罰は私だけにしてください……)
ブランシュは覚悟して目を閉じたが、王様はその姿を見て鼻で笑った。
「皆の者、リゼットは無事だった。ここからはエリアーヌの成人を祝おうじゃないか!」
王様の言葉に、ダヴィドは妻の手を取り、会場の中心へとエスコートした。
それを見たクレマンやエリアーヌの婚約者、他の王族や貴族も安堵して動き出す。
ブランシュは足の力が抜けて今にも座り込みそうだったが、イヴァンに腕を掴まれ会場の隅へと連れていかれた。
「お前、なぜダヴィドと一緒にいた?」
「ハ、ハムをい、いただいたので……」
「ハム?意味がわからん。そんなことより俺はどうだ?」
「……はい?」
「俺の服装はどうだと聞いているんだ!」
「た、大変お似合いです、殿下」
「…………もういい」
(なぜイヴァン様は怒っているの?それから私はいつまでここにいなければならないのかな……)
こっそり会場から出ようとするたび、イヴァンはブランシュの服の裾を引っ張った。
だんだん息の仕方がわからなくなってきたブランシュは、じっと耐えるしかない。
なぜイヴァンは踊らないのか、ブランシュは不思議に思っていた。しかし聞けるはずもないので、皆が踊るのを眺めるしかなかった。




