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16.毒の証明

 部屋は静まり返り、レディースメイドは皆ブランシュを睨んだ。リゼットの視線も冷たい。

 しかしブランシュはドロワーズの前に立ち、エプロンをギュッと握りしめている。


「今すぐ証明して。毒という根拠は何?」


 13歳とは思えない低い声に、ブランシュはビクりと体を震わせたが、しっかりとリゼットの顔を見た。


「ぬ、布の表側には、オレンジ色の粉のようなもの……ご、ございます。う、内側を見ると、ほんのりと赤いシミと粉が」


 一生懸命説明するブランシュだったが、メイドはそれを遮るように捲し立てた。


「そんなのオレンジ色のチークでしょ?」

「内側だって口紅が付いただけじゃないの?」


 確かにチークに似ているが、ブランシュは違うと確信していた。


「それはチークではないわ」


 淡々と答えたのはリゼットだった。

 リゼットがブランシュを庇ったことに、メイドは一斉に騒ぎだす。


「な、なぜ奴隷を庇うんですか!?」

「奴隷に答えを聞いてみたら?」


 リゼットの低い声に、皆がブランシュを見つめる。

 ブランシュはふーっと息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「リ、リゼット様のチークはその……ピンクです。オ、オレンジは使われないのではないでしょうか?」

「その通りよ」


 リゼットはわがままで傲慢だったが、それ以上に賢かった。王女としての自分の立場も、よく理解している。


「奴隷、それがチークじゃないことは私でもわかるわ。でもなぜ毒だと断言できるわけ?」

「……こ、この色、この滲み方をし、知っています。ど、毒キノコです」


 ブランシュは真っ赤な顔で訴えたが、メイドたちは鼻で笑った。


「キノコ?服を汚すという意地悪でしょ?」

「リゼット様を不安にさせないでちょうだい!」

「これだから奴隷は嫌なのよ。妄想ばっかりね」


(どうしたら……毒だとわかっていて、リゼット様を危険な目に合わせたくないのに。仕方ない……折檻が待っているとしても)

 

「い、意地悪なら!それなら……こ、これを着なければ良いと思います!」

「奴隷の意見など聞いてないわ!」


 ブランシュが言い返すと思っていなかったメイドたちの顔も、赤く染まり始めた。

 

 そこからはブランシュを罵るばかりで、話は進まない。ブランシュも言い争いなどしたことがなかったため、どう説得したら良いのかわからなかった。

 


 会話を終わらせたのはリゼットだった。


「私のメイドたち。王女の前で使うには、少しはしたない言葉ばかりだと思わない?」


 無表情のリゼットは、メイドの目を1人ひとり合わせていく。メイドは皆凍りついた。

 そしてリゼットは続ける。


「時間がないわ。汚れたものはどのみち使えないのだから、奴隷のあなたがそれを処分しなさい」


(よかった!これで誰も傷つかないわ)


「リ、リゼット様の寛大な心に、か、感謝致します」


 安堵したブランシュだが、もう1度勇気を出してリゼットと目を合わせた。


「最後にあの……何か袋をい、いただけないでしょうか?」

「なぜ?」

「こ、この毒は猛毒です。ふ、触れることができません……」


 痛いだけなら我慢できる。しかし今後の生活に支障が出るとなると、さすがのブランシュでも触れることができなかった。


 ブランシュが奴隷という立場を理解していることは、リゼットももうよくわかった。その奴隷がここまで口を出してくる理由。

 リゼットは少し考えると、大きなため息をわざとらしくついた。


「奴隷、何度も言っているけど、それが毒だと証明できる?」

「証明いたします。……ぜ、絶対に触らないでください。今からざ、材料を取りに行ってきます」


 ブランシュはエプロンを外し、ドロワーズにかけ、ドアを開けると全力で走った。



 ♢



「す、すみません!」

「ん?白髪……奴隷か。汚れるから近づかないでくれ」


 ブランシュが向かった先はキッチンだった。

 だが食べ物を扱う場所に、奴隷はは入れない。

 黒いリボンをつけていなくても、白髪のブランシュは目立つため、残念ながら皆に認知されていた。

 

(ここ以外に証明できる物はない。王女様を守らなきゃ!)


 キッチンでは取り合ってもらえないとわかると、ブランシュはイヴァンの部屋へ向かった。


 ブランシュにとって最終手段だったが、どんな罰でも受ける覚悟でドアをノックした。

 しかし反応はない。


「ど、どうしよう……」

「何がだ?」

「イヴァン様!?」


 肩を落としたブランシュは、聞き覚えのある声に慌てて振り返った。


「残念、イヴァンじゃなくて申し訳ない」

「……ダ、ダヴィド様」


 いつものブランシュだったら、そんなことしないだろう。

 ただ今のブランシュの頭は、キノコの毒から人を守ることでいっぱいだった。


「ダ、ダヴィド様!どんな罰でも受けるので、お願いを聞いていただけないでしょうか?」


 ブランシュは精一杯の震えた声で、その場に土下座した。

 


 ♢



 ブランシュはドアをノックすると、返事が聞こえる前にドアを開けた。

 リゼットもメイドたちも、いきなり開いたドアにギョッとする。


「お、お待たせしました!誰も触っていませんか!?」


 ゼェゼェと肩を上下させながら、ブランシュは手を膝について息を整えた。


「……さ、触ってないわ」


 奴隷の戯言だと思いながらも、あまりにも必死なブランシュを見て、メイドは恐怖を感じ始めていた。


「遅いわよ!しかも何それ、ハム!?」


 一方リゼットは、ブランシュがなかなか帰ってこなかったことと、ドアを勝手に開けたことに怒っていた。


 しかしブランシュは誰も触っていないことに、1人ホッとしている。


「あの……い、今から証明致します」


 ブランシュは慎重にエプロンで布を捲ると、赤いシミの上をハムでそっとなぞった。

 それからエプロンを畳み、粉が床に付かないように気をつけながら、そっと地面に置く。


「はあ?ハムで拭いただけじゃない」


 リゼットはパニエを着ながら、眉間に皺を寄せブランシュを見ていた。


「な、な、何あれ……」

「焼けてる……の?」

「どういうこと?」


 ハムは数秒でじわりと赤くなり、みるみるうちに真っ赤に焼け始めた。

 先程まで騒いでいたメイドたちは、目を泳がせ焦っている。


「ひ、人に皮膚も触れればこうなります……同じ肉ですので」

「どうせ奴隷の自作自演でしょ!?」


 ブランシュの言葉に、メイドは恐怖から怒鳴り散らしたが、リゼットは静かに息を吐いた。

 

「この奴隷にそんな度胸ないわ。もういい、ドロワーズを袋に入れて」

「エ、エプロンも危険ですので、あの、一緒に入れてもよろしいですか?」

「いいわ」

 

 力が抜けたブランシュは、そのまま床に座り込んだ。


「それよりドレスを着せてちょうだい」

「か、かしこまりました!」


 メイドは慌ててドレスをリゼットに被せ、レースが破れないよう袖をしっかりと握る。


「奴隷、あなたがリボンを締めなさい」

「……へ?」

「あなたの作ったドレスでしょ!」

「は、はい!」


 リゼットの言葉に、メイドは一斉にはけた。

 

 ブランシュは子鹿のように震え、立ち上がるとリゼットの後ろに立つ。

 冷たくなった手でリボンを持つと、下から順に編んでいく。

 

「鏡を持ってきなさい!」


 メイドは全身鏡をリゼットの前に運ぶと、リゼットは初めてブランシュを見て微笑んだ。

 

「ブランシュ」

「……あ、えっと、その」

「あなたは奴隷だった。でも今はお兄様方が言った通り、縫い子だわ。だから名前で呼んであげるって言ってるの!わかった?」


 メイドたちは目を大きく見開き、口を開け固まった。

 同じく固まったブランシュは、音が聞こえてから少しして、ようやくリゼットの言葉を理解した。


「か、寛大な心に感謝致します」


 ブランシュは90度のお辞儀をすると、目を瞑った。


(リゼット様が無事で本当によかった!)

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