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15. 紫陽花のドレス

(濡れないでご飯を食べるって……まだ慣れないなあ)


 パーティー前日の朝。

 ドレスの仕上げが残っているブランシュは、急いで朝食を食べていた。


「ブランシュは今日まで忙しいんでしょ?」

「う、うん!ジュ、ジュリエットはお休みなんだっけ?」

「そうなの。せっかくの休みに雨なんてついてないよね」


 項垂れたジュリエットは、プンプンと言わんばかりに頬を膨らませている。


「まあいいや!今日はみんなでトランプするんだ。今度ブランシュもやろうね」

「うん!じゃあ先に行くね」


(私が編んだシュシュを使ってくれるなんて、嬉しいな)


 ジュリエットに小さく手を振りながら、ブランシュは小走りで縫製室に向かった。



 ♢



 お昼前。

 9人の縫い子は、どっと倒れ込むように椅子に座った。


「次からは月組の縫い子も何人か借りましょう」

 

 誰よりもくたくたなアンは、頭を抱えて後悔した。

 自分が人手を減らした結果、袖からデコルテに広がるレースを、アンとブランシュの2人だけで編む羽目になったからだ。


 一方、ブランシュは美しいレースを指でなぞり、にっこりと口角を上げた。


「初めてのデザインですごく大変だったけど、最高のドレスができたね!」


 マドレーヌはそう言いながら立ち上がると、ブランシュの手を握り飛び跳ねる。

 星組の縫い子3人も顔を見合わせ、眉間に皺を寄せながらも笑った。

 

「正直字も書けない人のデザインなんて……って思ってたけど、ね?」

「華美な装飾を付けなくても、ここまで目を引くドレスになるなんて思わなかったわ」

「チュールを全面に出すのも悪くないわね」


(リゼット様に似合う最高のドレスができたわ!それも全部……)


「あ、あの!」


 ブランシュは精一杯の感謝を込めて、ゆっくりとお辞儀をした。


「み、皆様のおかげで、無事ドレスが完成しました。あ、ありがとうございました!」

「私たちは休憩にするわ。ブランシュ、リゼット様の元へ行きなさい」


 アンは大きな木のワゴンにドレスを丁寧に入れると、ブランシュの背中をそっと押した。

 


 ♢



(な、なぜいつもいらっしゃるの……?しかも今日は……2人揃っていらっしゃる)


 リゼットの部屋の前に到着したブランシュの横には、2人の王子様。


「リゼット、入るぞ」


 イヴァンがノックすると、すぐにドアが開いた。

 レディースメイドはブランシュの顔を見ると一瞬苦い顔をしたが、黙ってお辞儀する。


「あら、なぜダヴィドお兄様まで?」

「イヴァンだけじゃ不安だからだよ」

「おい!」


 首を傾げるリゼットの前で、ブランシュは今にも倒れそうだった。


 前回とは違い、1から自分が作ったドレス。

 それを王女様に献上するということの大きさに、緊張で耳鳴りまでしていた。


「さあ奴隷、箱を開けなさい」

「……か、かしこまりました」


 ブランシュは震える手でなんとか蓋を開けると、破れないようそっとドレスを引っ張り出す。

 イヴァンとダヴィドはそのスカートの端と端を持ち、美しいドレスを広げて見せた。


「み、水色のドレスを作るんじゃなかったの!?」


 リゼットだけではなく、メイドたちもざわついた。


 ブランシュの質問に、既にあるドレスは水色と緑ばかり。水色の方が好きだと答えたリゼット。

 誰もが水色のドレスを作るのだと思い込んでいた。


「だ、大体何でこんな淡い水色を……?」

「お……お好きかと思いまして」

「そしてこのピンクは何!?」

「ピ、ピンクがお好きだと思いまして……」


 荒い息で捲し立てるリゼットだったが、その顔は喜びを隠しきれていなかった。

 

「まるで紫陽花のようじゃない?」

「絵本で見たオーロラのようにも見えるわ」

「淡い色なのに華やかなのね!」


 メイドたちのささやきに、リゼットはさらに目を輝かせた。


「まあいいわ!これを着てあげる!」

「あ、ありがとうございます!」


 リゼットの顔を見たブランシュは、少しだけ口角が上がる。


「リゼットによく似合うドレスだ。特にピンクの部分が良いと思わないか?」


 ダヴィドの発言に「まあね」と小さく答えるリゼット。

 イヴァンは昔はピンクばかり着ていたリゼットが、すっかりピンクを選ばなくなったことに、ここでようやく気がついた。


「奴隷」

「は、はい!」

「明日13時に来なさい!」

「えっと……?」

「ドレスを着た姿を見せてあげるって言ってるの!」

「あ、ありがとうございます!」


 リゼットの提案にメイドは驚きながらも納得し、ブランシュはドレスをラックにかけるのであった。


 

 ♢



 パーティーは夕方からだが、女性は昼間から着飾り、準備をする必要がある。

 ブランシュがリゼットの元を訪れた時、レディースメイドたちは湯浴みの準備をしていた。


「あ、あ、あの……な、何かお手伝いいたしましょうか?」

「奴隷が?遠慮しておきます」

 

 勇気を出し消えそうな声でメイドに声を掛けたが、蔑んだ眼でチラリと見られるだけだった。

 

 ドレスが認められることと、奴隷が王女に触れるということは別の話。

 それはリゼットも同じだった。


「奴隷は私が良いと言うまで、壁の方を向いていなさい」

「お、仰せのままに」


 ブランシュは言われた通り、ドレスやパニエがかかったラックの横に直立した。


(私を部屋の中においてくれるなんて、リゼット様は寛大だな。緊張してる私に壁を向いていていいと許可までくださった)


「奴隷、もうこっちを見ていいわ」

 

 ラベンダーと石鹸の香りに包まれてから、1時間が経った。

 ブランシュは言われた通り振り返ったが、リゼットはショーツ。ビスチェの紐を締めている最中だったため、慌てて顔を背けた。


「あら、奴隷には刺激が強かったかしら」


 鼻で笑うリゼットと、クスクスと笑うメイドたち。

 だがブランシュは、たまたま目に入ったドロワーズを二度見した。それはビスチェの次につける、インナーパンツである。


「奴隷はリゼット様の美しさを直視できませんわ」

「リゼット様と会話することすら、緊張して目を見ることができないのですから」


「それもそうね」


 メイドたちは目を合わせて笑うと、リゼットもまた手をひらひらとさせて笑う。


 そんな様子に一切気がつかず、ブランシュは一歩ラックに近づく。かがみ込むと、ひざ丈のドロワーズの布目をよく観察した。

 

 よくある一般的なベージュ色だったが、ブランシュの目には太もも部分の上の色が微かに濃く見えた。

 

(オレンジ色の粉?まさか……)


 直接粉に触れないよう自分のエプロンの裾を使い、裾をひっくり返す。


「ちょっと!奴隷が何勝手に触ってるのよ!」

「リゼット様の下着が穢れるわ!今すぐ手を離しなさい!」


 慌てて数人のメイドが駆け寄ったが、ブランシュはメイドの手を反射的に振り払った。


「ど、ど、奴隷が私に手を上げたですって!?リゼット様!」


 奴隷が自分の前で無礼を働くことを、許せる人などいない。リゼットは腕を組んで、ブランシュを睨みつけた。

 だが先に口を開いたのは、ブランシュの方だった。


「リ、リゼット様……こちらのドロワーズではなく、べ、別の物をお召しになった方がよろしいかと……」

「……は?」


 怒りのあまり息が漏れたリゼットは、ブランシュにゆっくりと近づいていく。

 ブランシュも自分の罪を理解していたが、がくがくと震えながらもドロワーズの前に立ち大きく息を吸って覚悟を決めた。


「こ、こちらのドロワーズには、毒が塗られています!」


 一瞬の沈黙の後、その場のメイドたちはいっせいにざわつきブランシュをバカにした。

 しかしリゼットは少し考えると、鋭い目つきでブランシュの目をじっと見た。


「そんなに言うなら今すぐ証明しなさい。あなたを庇うお兄様たちはここにはいないわ」

 

 ブランシュは涙を浮かべたが、一歩も引かなかった。

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