表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/33

13.第五王女の依頼

 染めた髪が綺麗な白髪に戻る頃、ブランシュはようやく新しい1日に慣れてきた。

 

 まず朝食を終えると、急いで誰もいない空組の縫製室に向かう。

 それから隅っこの缶に手を伸ばした。

 

 ブランシュが引き出しを開けて必要な道具を入れると、裁縫箱を持った縫い子たちが来て、仕事が始まるのだった。


「ブランシュ、まだ長袖着てるの?暑くない?」


 マドレーヌは布を切りながらため息をつくと、同じ班の縫い子も「そうだそうだ」と口にした。


「わ、私はこの方が、お、落ち着くから……」


(みんなのお目を汚すわけにいかないもの)


 体の傷を見られないように、普段から着替えをこそこそしているブランシュ。

 奴隷の生活など全く知らない縫い子たちは、長袖姿を見て暑苦しいと感じていた。

 

「まあ半袖でもスカートは長いし、仕方ないか。ランドリーメイドは外で働くから、もっと暑かったでしょ?」

「えっと……こんなに黒くないから、その」


(せっかく私に話しかけてくださっているけど、なんて返事をしたらいいのかわからないよ……)


 そんな風にすぐに顔を赤くするブランシュを、同じ班の縫い子は可愛いと思っていた。

 


 ♢

 

 

 ブランシュは夕食を終え、ジュリエットと食器を下げる。しかし今日は食堂の出入り口は騒がしく、混雑していた。

 

「ブランシュ、ずいぶん楽しそうじゃないか」


 ブランシュは聞き慣れた声に唾を飲んだ。

 

「も、も、申し訳ございません」

「俺は先に行く。ダルクと来い」


 イヴァンは腕を組み、ゆっくりと腰を曲げブランシュの耳元で囁く。


「わかったな?ブランシュ」


 ブランシュは悪寒が走り、一生懸命コクコクと頷いた。

 仕方なくジュリエットと別れ、痛い視線に耐えながら人ごみを抜ける。


 そこにはダルクと、縫い子長のアン。そして縫い子トップクラスの月組の長であるニースが立っていた。

 ブランシュは1番後ろを、とぼとぼと歩いていく。


(こ、ここは……)

 

「ブランシュは知っていますね」

 

 ダルクの言葉に、アンとニースは顔を見合わせて首を傾げた。

 しかしブランシュの手は、カタカタと震え出す。


「失礼致します」

 

 ダルクがドアを開けるとブランシュだけでなく、アンとニースもすぐに頭を下げた。

 

 黄金の髪と青みがかった灰色の目。

 そこに座る美しい女の子は、第五王女のリゼットだった。


「そこの奴隷、また私に会えたことを光栄に思いなさい」


 ふんぞり返るリゼットの横で、ブランシュがよく知る王子は笑っていた。


「リゼット、そいつはもう奴隷ではなく縫い子だ。名前をブランシュと言う」

「縫い子として働いている奴隷でしょ、お兄様」


(その通りです。私を奴隷扱いしないのはイヴァン様だけです……)


「まあいい。リゼット、ブランシュに要望を伝えなさい」


 ズラッと並ぶレディースメイドは皆、蔑んだ目でブランシュを見つめている。

 

「はぁ……正直癪だけど、今度のパーティーのドレスをあなたに作ってもらうことにしたから」


 ブランシュは、激しい眩暈がした。

 だが、拒否権はない。

 

「2週間後に、第二王女18歳の成人パーティーが行われる。その時にリゼットが着るドレスを、お前が作ることになった」


 イヴァンはニッコリとした笑顔を浮かべながらも、その目はブランシュをしっかりと捉えている。


(そ、そんな……あぁ、お腹が痛い)

 

 ブランシュは恐る恐る振り返ると、アンは眉間に皺を寄せ、ニースは呆然としている。

 

 本来王女の服のデザインを描くのは、仕立て屋の仕事。縫い子が行うとしても、指名をもらうのはアンとニースを含めてほんの数人。


「奴隷、前にあなたが直したその……チュールのドレスがあるでしょ?ああいうのにして欲しいの」


 リゼットの言葉に口を開いたのは、ブランシュではなくアンだった。

 

「どのようなドレスにいたしましょうか?最近はAラインが多かったですし、プリンセスラインにいたしますか?」


 アンは過去に、リゼットのドレスを作ったことがあった。

 けれど返ってきた声は、男性の低く冷たい声だった。


「ブランシュに命令したんだ。お前には言っていない」

「も、申し訳ございません、イヴァン様」


 長年縫い子をしてきたアンは、王族の圧力には慣れていたが、肩が跳ねるほどその声は鋭かった。

 その後ろでニースは青ざめ、ブランシュの顔はさらに青くなっている。


「ブランシュ、お前が質問しろ」

「は、はい……では、あの、ご、ご希望の色はございますでしょうか?」


 ブランシュはエプロンをギュッと握り、今にも泣き出しそうな声で質問した。


「ピンク……いや、水色か薄い緑。でも同じようなデザインばかりで飽きてるわ」


 王族は同じ服を着てばかりいると、威厳が薄れて見える。

 つまりブランシュは、全く違うドレスを作れと言われているのだ。


「あ、あの……水色と緑、どちらの方が好きですか?」

「水色」


 不機嫌そうに、肘掛けを指でカツカツと鳴らしているリゼット。

 その向こうにドレスがいくつもかかったラックが、チラリと見えたブランシュ。


 うるさい心臓を抑えるように、白いリボンで手汗を拭うと、ヒュッと息を吸う。


「お、仰せのままに」



 ♢

 


 翌朝ブランシュは、1人でリゼットの過去の型紙を探した。

 古い型紙の入った引き出しの隅には、明るい水色の繊維が埃と一緒に固まっている。


(少し見えたドレスは濃い水色ばかりだったけど、本当はこっちの水色が好きなのかな?)


「何している?」

「イ、イ、イヴァン様!」


 ビクッと跳ねたブランシュは、危うく引き出しをひっくり返す勢いだった。


「布がいるだろ?」


 イヴァンは普段仕立て屋だけが入れる、布が大量に置かれた部屋へブランシュを連れていった。


(紫の布はあるかな?)

 

「おい、水色って話はどこいった」

「えっと、その……水色を使うために紫を……」


 つまらなそうに眺めていたイヴァンに、ブランシュはモジモジとしながら、掠れ声であるお願いをした。

 


 ♢



(チュールの切り替えをたくさん入れるとしたら、何本が綺麗に見えるかな?)


 夢中でデザインを描くブランシュを、縫い子たちは遠巻きに見ていた。


「イヴァン様が特別扱いしてるんでしょ?」

「リゼット様ご指名らしいよ」

「奴隷だったって本当かな?」

「アン様とニースさんを差し置いての抜擢だって」

 

 誰かの放った一言で、ニースは机を叩くと同時に怒鳴り声を上げた。


「なぜイヴァン様もリゼット様もあなたを贔屓するの!?信じられない、奴隷のくせに!」


 ブランシュはデザインを描いていた手を止め、立ち上がるとニースの前に跪いた。

 

「ふ、不愉快な思いをさせ……た、大変申し訳ご、ございません」


 慣れた手つきと震えた声で、額を地面につけるブランシュに、部屋にいた縫い子は皆困惑した。


 しかしアンは、凛とした態度で場を鎮める。

 

「ブランシュは仕事に戻りなさい。ニース、私たちは与えられた仕事を行うのみです。あなたの考えは聞いていません」


 アンはブランシュに色鉛筆を突き渡すと、自分の仕事へと戻っていった。


 ブランシュは椅子に座ると、スカートに8本の切り替えを入れたドレスを描いた。

 

 渡された色鉛筆で、メインの布地に淡い紫を塗る。さらに布の上とデコルテから袖までは、白いレースを重ねた。

 切り替え部分はチュールで、ピンクから水色のグラデーション。


 アンはブランシュから受け取ったデザインを見て、腕を組んだ。

 

「初めて見る素晴らしいデザインだわ。でもこの水色からピンクのグラデーションの布なんて、ここにあるのかしら?」

 

 ブランシュは声をうわずらせながら説明した。

 

「お、王都に素晴らしい布染めの技術を持つ者がおります。イヴァン様が本日の夕方に、つ、連れてきてくださる手筈です」


 

 ♢



 ダヴィドはイヴァンの言葉に笑った。


「それは構わない。夕方までに連れてくるよ。でもなんで王都の手芸屋の店主なんだい、イヴァン?」

「手芸屋の妻が綺麗なグラデーションの布を着てたらしい。それを主人が染めていると、盗み聞きしたんだと……ブランシュが」


 ぶっきらぼうな言い方と不貞腐れた態度を見て、ダヴィドだけがそっと口角を上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ