13.第五王女の依頼
染めた髪が綺麗な白髪に戻る頃、ブランシュはようやく新しい1日に慣れてきた。
まず朝食を終えると、急いで誰もいない空組の縫製室に向かう。
それから隅っこの缶に手を伸ばした。
ブランシュが引き出しを開けて必要な道具を入れると、裁縫箱を持った縫い子たちが来て、仕事が始まるのだった。
「ブランシュ、まだ長袖着てるの?暑くない?」
マドレーヌは布を切りながらため息をつくと、同じ班の縫い子も「そうだそうだ」と口にした。
「わ、私はこの方が、お、落ち着くから……」
(みんなのお目を汚すわけにいかないもの)
体の傷を見られないように、普段から着替えをこそこそしているブランシュ。
奴隷の生活など全く知らない縫い子たちは、長袖姿を見て暑苦しいと感じていた。
「まあ半袖でもスカートは長いし、仕方ないか。ランドリーメイドは外で働くから、もっと暑かったでしょ?」
「えっと……こんなに黒くないから、その」
(せっかく私に話しかけてくださっているけど、なんて返事をしたらいいのかわからないよ……)
そんな風にすぐに顔を赤くするブランシュを、同じ班の縫い子は可愛いと思っていた。
♢
ブランシュは夕食を終え、ジュリエットと食器を下げる。しかし今日は食堂の出入り口は騒がしく、混雑していた。
「ブランシュ、ずいぶん楽しそうじゃないか」
ブランシュは聞き慣れた声に唾を飲んだ。
「も、も、申し訳ございません」
「俺は先に行く。ダルクと来い」
イヴァンは腕を組み、ゆっくりと腰を曲げブランシュの耳元で囁く。
「わかったな?ブランシュ」
ブランシュは悪寒が走り、一生懸命コクコクと頷いた。
仕方なくジュリエットと別れ、痛い視線に耐えながら人ごみを抜ける。
そこにはダルクと、縫い子長のアン。そして縫い子トップクラスの月組の長であるニースが立っていた。
ブランシュは1番後ろを、とぼとぼと歩いていく。
(こ、ここは……)
「ブランシュは知っていますね」
ダルクの言葉に、アンとニースは顔を見合わせて首を傾げた。
しかしブランシュの手は、カタカタと震え出す。
「失礼致します」
ダルクがドアを開けるとブランシュだけでなく、アンとニースもすぐに頭を下げた。
黄金の髪と青みがかった灰色の目。
そこに座る美しい女の子は、第五王女のリゼットだった。
「そこの奴隷、また私に会えたことを光栄に思いなさい」
ふんぞり返るリゼットの横で、ブランシュがよく知る王子は笑っていた。
「リゼット、そいつはもう奴隷ではなく縫い子だ。名前をブランシュと言う」
「縫い子として働いている奴隷でしょ、お兄様」
(その通りです。私を奴隷扱いしないのはイヴァン様だけです……)
「まあいい。リゼット、ブランシュに要望を伝えなさい」
ズラッと並ぶレディースメイドは皆、蔑んだ目でブランシュを見つめている。
「はぁ……正直癪だけど、今度のパーティーのドレスをあなたに作ってもらうことにしたから」
ブランシュは、激しい眩暈がした。
だが、拒否権はない。
「2週間後に、第二王女18歳の成人パーティーが行われる。その時にリゼットが着るドレスを、お前が作ることになった」
イヴァンはニッコリとした笑顔を浮かべながらも、その目はブランシュをしっかりと捉えている。
(そ、そんな……あぁ、お腹が痛い)
ブランシュは恐る恐る振り返ると、アンは眉間に皺を寄せ、ニースは呆然としている。
本来王女の服のデザインを描くのは、仕立て屋の仕事。縫い子が行うとしても、指名をもらうのはアンとニースを含めてほんの数人。
「奴隷、前にあなたが直したその……チュールのドレスがあるでしょ?ああいうのにして欲しいの」
リゼットの言葉に口を開いたのは、ブランシュではなくアンだった。
「どのようなドレスにいたしましょうか?最近はAラインが多かったですし、プリンセスラインにいたしますか?」
アンは過去に、リゼットのドレスを作ったことがあった。
けれど返ってきた声は、男性の低く冷たい声だった。
「ブランシュに命令したんだ。お前には言っていない」
「も、申し訳ございません、イヴァン様」
長年縫い子をしてきたアンは、王族の圧力には慣れていたが、肩が跳ねるほどその声は鋭かった。
その後ろでニースは青ざめ、ブランシュの顔はさらに青くなっている。
「ブランシュ、お前が質問しろ」
「は、はい……では、あの、ご、ご希望の色はございますでしょうか?」
ブランシュはエプロンをギュッと握り、今にも泣き出しそうな声で質問した。
「ピンク……いや、水色か薄い緑。でも同じようなデザインばかりで飽きてるわ」
王族は同じ服を着てばかりいると、威厳が薄れて見える。
つまりブランシュは、全く違うドレスを作れと言われているのだ。
「あ、あの……水色と緑、どちらの方が好きですか?」
「水色」
不機嫌そうに、肘掛けを指でカツカツと鳴らしているリゼット。
その向こうにドレスがいくつもかかったラックが、チラリと見えたブランシュ。
うるさい心臓を抑えるように、白いリボンで手汗を拭うと、ヒュッと息を吸う。
「お、仰せのままに」
♢
翌朝ブランシュは、1人でリゼットの過去の型紙を探した。
古い型紙の入った引き出しの隅には、明るい水色の繊維が埃と一緒に固まっている。
(少し見えたドレスは濃い水色ばかりだったけど、本当はこっちの水色が好きなのかな?)
「何している?」
「イ、イ、イヴァン様!」
ビクッと跳ねたブランシュは、危うく引き出しをひっくり返す勢いだった。
「布がいるだろ?」
イヴァンは普段仕立て屋だけが入れる、布が大量に置かれた部屋へブランシュを連れていった。
(紫の布はあるかな?)
「おい、水色って話はどこいった」
「えっと、その……水色を使うために紫を……」
つまらなそうに眺めていたイヴァンに、ブランシュはモジモジとしながら、掠れ声であるお願いをした。
♢
(チュールの切り替えをたくさん入れるとしたら、何本が綺麗に見えるかな?)
夢中でデザインを描くブランシュを、縫い子たちは遠巻きに見ていた。
「イヴァン様が特別扱いしてるんでしょ?」
「リゼット様ご指名らしいよ」
「奴隷だったって本当かな?」
「アン様とニースさんを差し置いての抜擢だって」
誰かの放った一言で、ニースは机を叩くと同時に怒鳴り声を上げた。
「なぜイヴァン様もリゼット様もあなたを贔屓するの!?信じられない、奴隷のくせに!」
ブランシュはデザインを描いていた手を止め、立ち上がるとニースの前に跪いた。
「ふ、不愉快な思いをさせ……た、大変申し訳ご、ございません」
慣れた手つきと震えた声で、額を地面につけるブランシュに、部屋にいた縫い子は皆困惑した。
しかしアンは、凛とした態度で場を鎮める。
「ブランシュは仕事に戻りなさい。ニース、私たちは与えられた仕事を行うのみです。あなたの考えは聞いていません」
アンはブランシュに色鉛筆を突き渡すと、自分の仕事へと戻っていった。
ブランシュは椅子に座ると、スカートに8本の切り替えを入れたドレスを描いた。
渡された色鉛筆で、メインの布地に淡い紫を塗る。さらに布の上とデコルテから袖までは、白いレースを重ねた。
切り替え部分はチュールで、ピンクから水色のグラデーション。
アンはブランシュから受け取ったデザインを見て、腕を組んだ。
「初めて見る素晴らしいデザインだわ。でもこの水色からピンクのグラデーションの布なんて、ここにあるのかしら?」
ブランシュは声をうわずらせながら説明した。
「お、王都に素晴らしい布染めの技術を持つ者がおります。イヴァン様が本日の夕方に、つ、連れてきてくださる手筈です」
♢
ダヴィドはイヴァンの言葉に笑った。
「それは構わない。夕方までに連れてくるよ。でもなんで王都の手芸屋の店主なんだい、イヴァン?」
「手芸屋の妻が綺麗なグラデーションの布を着てたらしい。それを主人が染めていると、盗み聞きしたんだと……ブランシュが」
ぶっきらぼうな言い方と不貞腐れた態度を見て、ダヴィドだけがそっと口角を上げた。




