12.お忍びの報酬
馬車が王宮へ到着したのは夕方だった。
イヴァンは仕事が待っていたため、舌打ちをしながらダルクと部屋へ戻っていった。
「ブランシュ、申し訳ないが僕の部屋まで来てもらえるかな?」
ブランシュが断ることができるはずもなく、できるだけ気配を消して、隣を歩いた。
(イヴァン様もそうだけど、どうして第一王子殿下はヴァレットをたくさん付けないのだろう?)
王族が1人で歩くことは珍しい。
ブランシュはなぜ1人で自分のところに来るのか、いつも疑問に思っていた。
♢
ブランシュはダヴィドの部屋に入ると、肩をすくませながら、キョロキョロと辺りを見渡した。
本棚はあるがイヴァンよりは少なく、代わりに大量のレコードが並んでいる。
窓際には、大きな蓄音機が輝いていた。
2人の王子に共通しているのは、豪華なシャンデリアと机の上は書類の山だけ。
「ブランシュ、今日は楽しかったかい?」
「は、はい!」
「それはよかった。申し訳ないのだが、報告書を書くのに少し質問してもいいかな?」
ダヴィドは王子用の豪華な椅子へ、ブランシュが返事をする前に座らせた。
(縫い子のベットよりもさらに柔らかい!ってそんなことよりも、ダヴィド様の距離が近くて変な汗が……)
ブランシュが立ちあがろうとしても、肩を押されるので無駄だった。
ダヴィドは庶民の流行りの色や服、ブランシュから見て気になったものを聞き取り、紙に綴った。
(イヴァン様も第一王子殿下も、そっくりな兄弟だわ。2人ともなかなか帰してくださらない……)
「遅くまで付き合わせて悪かった。報酬は後日きっちり払うからね」
(報酬……?手伝ってくれた縫い子の皆さんに払われるのかな?)
ブランシュは首を傾げたが、ダヴィドの顔を見ると何も聞くことができなかった。
♢
ダヴィドの部屋を出て、ブランシュはまっすぐ空組の部屋まで帰った。
ドアを開けるとおしゃべりをしていた縫い子たちが、一斉にブランシュを見る。
視線に緊張したブランシュは、縮こまって自分のベッドまで逃げ込むように歩いた。
(奴隷がみんなと違う行動をしてごめんなさい。髪も染めてごめんなさい)
寝巻きに着替えベッドに腰掛けると、平民服を一緒に作った縫い子のマドレーヌが、ブランシュの隣に座った。
「ブランシュ、今日王都へ行ったんでしょ?王子様と何を話したの?」
「……えっと」
「みんな気になってるよ、ほら!」
マドレーヌが「ジャジャーン」と言わんばかりに手を広げると、皆がヒソヒソと話しながらこちらを見ている。
「そういえば、なんでイヴァン様と仲良いの?」
「そ、そうじゃなくて……」
「じゃなくて?」
「わ、私が奴隷だから……所有権を持っているのが多分、イ、イヴァン様なのかと」
王子様とお出かけしたなんて、普通なら自慢するところだ。
それなのにブランシュは、自分は付き添いだったとか、奴隷として殿下の指示に従うとか、具体的に何をしたのかを一切話さなかった。
「ブランシュ、本当の話をいつか聞かせてね!」
マドレーヌはふふッと笑い、自分のベッドへ戻った。
2人の会話を聞いていた半分以上の縫い子は、ブランシュがもったいぶっていると、嫌味に感じた。
しかし残りの半分、特に平民服を一緒に作った5人は、謙虚な姿勢に少し胸が痛んだ。
中には王子が、髪色を無理やり変えたのでは?と思い、同情する人もいた。
(本当の話って言っても、ただ私が奴隷として使われているだけなんだけどな。でも食べ物をくださるし、とても恵まれてはいるわよね)
♢
翌朝ジュリエットから質問攻めを浴びたブランシュは、縫製室へ逃げ込んだ。
「あら、おはようございます。ブランシュ、今日のあなたの仕事はこれです」
嫌味ったらしい言い方で、ジャネットは木箱を突きつけ部屋を出て行った。
ブランシュは今までの分も働こうと思ったが、空いている机がない。
(いつもなら床でやるけど、こんなに綺麗な布だったら汚れちゃうよね。どうしようか)
誰かの隣に座る勇気もなかったが、視界に小さな手招きが映った。
「ブランシュ、それ何の仕事?」
「マ、マドレーヌさん……えっと、エプロン作りだと、お、思います」
「じゃあ一緒にやろう、みんなもいいよね?」
「いいよいいよ」
「ブランシュ縫うの速いもんね」
平民服を作った5人は、皆エプロン作り担当だった。
それを見て、聞こえるように悪口を言う人もいれば、ヒソヒソと同情する声も上がった。
しかしブランシュには聞こえていなかった。
初めてジュリエット以外に優しくされたので、驚きのあまり固まって動けなくなってしまったのである。
(なぜみなさんは、私によくしてくださるのかしら?奴隷といたら、何を言われるかわからないのに)
「ブランシュ、早く座って。フリル部分を担当してくれる?」
「は、はい!」
自分にできることを頑張ろうと、他の縫い子が雑談しながら作業する中、ブランシュは最大限に集中して縫い続けた。
「ねえ、ブランシュ」
「……あ、はい!」
「前から思ってたんだけど、その髪飾りどうしたの?レース編みのシュシュなんて、すっごくオシャレだよね」
突然褒められたブランシュは、真っ赤になって俯いた。それからモジモジとしながら、自分で編んだのだと言った。
「へぇ、あなたが?嘘おっしゃい」
戻ってきたらジャネットは、ブランシュのシュシュをするりと奪い取る。
「やっとちゃんとした靴を履いたみたいだけど、その背じゃ届かないわね」
縫い子になってからも、奴隷のペタンコ靴を履き続けたブランシュ。
しかし昨日ダヴィドに、きちんとした靴を履くよう言われ、人生初の少し踵の高い靴を履いたところだった。
「ほら、取ってみなさいよ」
背の高いジャネットは手を上げ、ブランシュがみっともなく泣くか、縋り付くと考えた。
だがブランシュは、静かにジャネットの顔を見つめるだけだった。
「ほう、ブランシュ。お前がこの髪飾りを作ったのか」
「イヴァン様!?」
「お前、今すぐその手に持っているものを、ブランシュに返せ」
「も、申し訳ございませんでした!」
空組は皆、ジャネットとブランシュを見ていたため、誰もイヴァンが来たことに気が付かなかった。
ジャネットは青ざめた顔で、すぐにお辞儀をしたが、イヴァンはそれを無視してブランシュに絡む。
「ブランシュ、お前ダヴィドからもう報酬は受け取ったか?」
「えっと……昨夜きっちり払うと言っていたのだ、後日皆さんが受け取るかと」
「……お前が欲しいものはなんだ?」
そこでようやく、ブランシュは意味を理解した。
そして即座に断ろうとしたが、ある考えがよぎった。
「イ、イヴァン様。あの、ほ、欲しい物があります」
イヴァンは満足そうに、ニヤリと口角を上げた。
♢
「ブランシュ、お昼行こうよ」
「あー……私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「そう?じゃあね」
ブランシュが1人残って作業していると、木箱を持ったダルクが部屋を覗いた。
「こちら、今回の報酬になります。あの……本当にこれでよろしいのですか?」
「は、はい。あの、わがままを聞いてくださりありがとうございました。イヴァン様にもお伝えください」
「かしこまりました」
ブランシュは受け取った材料を、空組の自分の木箱に移した。
♢
「ブランシュ、それ何作ってるの?」
「イヴァン様にもらったご褒美ってそれ?」
「……う、うん」
ブランシュがベッドの隅で手を動かしていると、マドレーヌが隣に座った。
「いーなー!次私にも作ってくれる?」
「も、もちろん。順番でよければ」
「ありがとう!」
その夜、就寝時間直前。
ブランシュは個室のジャネットの部屋をノックした。
「はぁ、何の用?」
「あの、これを」
「……シュシュ?」
「わ、私の物を上げることはできません……ので、ジャネットさんのために編みました」
「あっそ……仕方ないから受け取ってあげるけど、気に入らなかったら捨てるから」
「ありがとうございます!」
(よかった、受け取ってもらえた!)
半ばひったくるように受け取られ、勢いよく閉められたドアの前で、ブランシュはリボンを握りしめ喜んだ。
♢
「ダルク、あいつはお人好しすぎないか?レースを編む材料が欲しいだなんて、まるで変人だな」
「えぇ、まあ」
「こんなことなら、勝手に用意すればよかった」
イヴァンは頬を膨らませ、この話を聞いたダヴィドも笑いながらため息をついたという。
第3章完結




