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11.市場散策

 お付きの者を2人連れた女の子。

 右に第一王子、左に第三王子、その真ん中が元奴隷だと見抜けた者は、この場にはいないだろう。

 

「ブランシュ、調査開始だ!」

「へ?」


 首を傾げるブランシュを気にすることなく、イヴァンは手を引っ張り走り出した。


(さすが王子、脚が長い……速いよぉ)


 その後ろで「先を越された」と、ダヴィドは眉をひそめ笑っていた。

 


 ♢



 ブランシュは膝に手を置き、荒い息を整える。

 3人は市場の中にいた。


「お前、ソーセージは好きか?」

「ソーセージ……は、はい。好きです」

「じゃあおじさん、これ3つ」

「はいよ」


 ブランシュは受け取ったソーセージを、うっかり落としそうになった。

 棒に刺さったソーセージが、ブランシュの知っている物よりもずっと重かったからである。


(ペラペラじゃない……ソーセージってこんなに丸いんだ)


「ブランシュ、食え」


 すでにかぶりついているイヴァンは、ソーセージを見つめるだけのブランシュを見て、実は好きじゃないのではないかと心配した。

 それほどまでに、ブランシュはじっと固まっていたのだ。


 恐る恐る口につけると、その熱さに驚いてビクリと肩が跳ねる。


「ブランシュ、ソーセージを僕の顔の前に出して」


 ブランシュは素直に従った。

 ダヴィドはそれをフーフーと冷ます。


(熱いものはそうやって息をかけるんだ)


「ブランシュ、俺がやる」

「い、いえ、今知りましたので、じ、自分でやります」


(危ない危ない、イヴァン様のお手を煩わせるところだった)

 

 ブランシュは必死にフーフーと息をかける。

 

 イヴァンはそれを見てむっとした。

 ダヴィドがブランシュに触れることが、気に食わなかったからだ。

 しかし本人にその自覚はない。

 

 ブランシュがソーセージを小さくかじると、肉汁が溢れ口の中に幸せが広がる。

 だが想像以上に脂が垂れ、助けを求めるようにダヴィドの顔を見た。


「おい!俺が拭く」


 イヴァンはハンカチを取り出すと、ブランシュの口をゴシゴシと拭いた。


「あ、ありがとうございます」


 消えそうな声でお辞儀をしたブランシュの顔は、りんごよりも赤い。


(イヴァン様の顔が近い。第一王子殿下も近いし……私何かしちゃった!?)


「おい」

「は、はい……」

「うまいか?」

「へ?」

「ソーセージはうまいかと聞いてるんだ!」

「はい、とっても!あの、以前いただいたサンドウィッチのようにおいしいです!」


 おいしさを伝えたかったブランシュが、目を見てお礼を言うと、イヴァンは満足そうに「そうか」と笑った。


(ソーセージの丸焼きなんて、すごく贅沢なことをしてしまったわ。もう今年お肉を食べられなくても構わないぐらい)


 感動に浸っていたブランシュの手を、今度はダヴィドが引っ張る。

 イヴァンは舌打ちをすると、急いで追いかけた。

 


 ♢



(ここはどこ?そしてお二方は、なぜ息のひとつ切れていないのかしら)


「ブランシュ、海鮮は好きかい?」

「……えっと」


 ダヴィドの質問に返事ができなかった。

 好きも嫌いも、魚なんてほとんど食べたことがないブランシュ。


「俺は貝が食いたい」

「今の時期なら、ホタテがおいしいんじゃないかな。イヴァンが食べたい物を買うのは、ちょっと癪だけど」


(ホタテは……貝なのかな?貝なんて見たこと)


 初めて嗅ぐ磯臭さと、バターに醤油が焦げる香り。

 ブランシュは鉄板の上のホタテから、目を離せなかった。


「うわぁ!」


 次々と開くホタテを見て思わず後退りすれば、ダヴィドは後ろからブランシュに覆い被さるように、抱きしめながら「気をつけて」と笑った。


「ダヴィド、離れろ」

「はいはい」


(は、恥ずかしい……今日は王子様方に迷惑しかかけてないよ)


「あ、あの、私もう……」

「ホタテのバター醤油焼きを知らないまま帰るのかい?ブランシュ、僕のイチオシなんだ。一口だけでも食べて欲しいな」


 鼻の先に香る香ばしい匂いと、目を細め自分を見るダヴィドに、思わずブランシュはホタテの貝殻を受け取ってしまった。


 貝のフチを持ち、見よう見まねで串を使ってホタテを突く。


「ほら、口を開けろ」


 イヴァンと目があったブランシュは、ギュッと目を閉じて口を小さく開けた。

 すると口の中に入ってきたのは、人生で初めてのプリプリという感触。

 

(貝ってこんなに甘いの!?贅沢なバターと醤油もすっごく美味しい!こんな食べ物が存在したなんて……)

 

 目をパチパチとさせ、放心したブランシュ。


「ブランシュ、貝から汁が溢れているよ」

「あっ!」


 ブランシュは服を汚さないようにすると、汁が全て手にかかった。

 ダヴィドはすぐにハンカチで拭いてくれたが、その横でイヴァンは、ムスッとした顔でブランシュを見た。


(私またやっちゃった……足手纏いな奴隷なんて、イヴァン様を怒らせたよね……)


 ブランシュが落ち込むと、イヴァンは顔も見ずに手を引っ張った。

 


 ♢

 


「僕はちょっと買い物があるから、2人で適当に回ってて」

「勝手にしろ」


 気がつくと、ブランシュはイヴァンと2人で歩くことに。


「せっかくの庶民体験だ。行きたいところはないのか?」


(ふ、2人っきりか……何かやらかさないよう気をつけなきゃ。イヴァン様感情、読めないし……)


「早く行くぞ。つまらないから買い物をしたい」

「では、あの……」



 ♢

 


 ブランシュはチーズバゲットの入った紙袋を抱きしめ、嬉しそうに歩いている。

 これはダルクへのお土産なのだ。


 5分前、ブランシュは勇気を出した。


「あの、ダルクさんのお昼は……」

「城に帰ったら食べるんじゃないか?」

「よ、よ、よかったら、ダルクさんに何か……」

「はぁ、わかったよ。パンでいいか?」

「あ、ありがとうございます!」


 そうやって人のことばかり考えるから、お前はいつもそうなんだと、ため息をつくイヴァン。

 少しイラつきながらも、そんなブランシュの思考を面白いとも思った。



 ♢



「皆様、おかえりなさいませ」


 馬車の入り口に、しっかりと立っていたダルク。

 ブランシュは、ドキドキしながら紙袋を渡した。


「これは?」

「あ、あの……イ、イヴァン様に買っていただきました」

「はい?」

「こいつが給料をお前の昼食に使いたいとさ」


 初めてのできごとに胸を熱くしたダルクは、膝をつき深々と感謝をブランシュに伝える。

 ちなみにブランシュは、反射的に土下座をしようしたので、王子2人にそのまま馬車の中へ放り込まれた。


「ブランシュ、これは僕からのプレゼントだ」


 ブランシュはダヴィドから紙袋を受け取ると、中を確認して突き返した。


「こ、こんな……あの、受け取れません!」

「何が入ってる?」


 イヴァンが紙袋を覗くと、水色に近い青色のピンクッションが入っていた。


「それは腕につけられるらしい。これで仕事が捗るだろ?」

「ブランシュ、こんなの大した物じゃない。ダヴィドの金だ、受け取ればいい」


 ブランシュは初めてもらう贈り物に、驚いて声が出なかった。

 目に涙を浮かべると、何度もお辞儀した。


 ブランシュがギュッと紙袋を抱きしめていると、イヴァンはわざとらしく別の話を始めた。

 

 それは今回のお忍びの理由である。

 庶民生活の調査は、年2回行われる。

 

 イヴァンは昔から町に行くのが好きだったが、当然王子が自由に行けるはずがない。

 

 一昨年まではダヴィドとイヴァンで訪れていたが、その後は街に入る前に気づかれて失敗したらしい。

 そこで、ブランシュに頼んだというわけだった。


(初めてのお忍びだったのでは……?)

 

 ブランシュは後日、身元がバレた時の衣服を見せてもらった。

 その服は、伯爵以上の身分であることが一瞬でわかる装飾された服。思わず「当たり前だ」と思ってしまったのは、ここだけの話である。

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