第82話 森はもっと怖い 〜大地が割れて 森が牙を剥く 狙うは神の首 命を賭ける 聖女が掲げる叛逆の旗〜
「早まってはいかん、セラ。神はお主を欲しておるのじゃ。もしまた捕まれば、今度はお主を生かしてはおかん」
立ちはだかるワイザーの横で、ファントムは指笛を吹いて部下を呼んだ。
「ワイザー。セラはもう止まらぬ。せめてオレがあの子を守ろう」
セラを乗せた黒獅子はゆっくりと歩き出した。
その横に何も言わずに付き従うウッドエルフとウサギ達。
立ち尽くすワイザーの横を、森の軍隊が通り過ぎていく。
ワイザーは、大きく息を吐いた。
「セラ。ファントム。お主らは……神の軍隊の強さをまだ知らぬ……」
ワイザーは、白みかけてきた森の空を見上げて小さく言った。
「本当の怖さを……」
南の森と六番街。
その境界に一直線に並んだセラ率いる森の軍隊。
誰も声を発しない。
ただ、真っ直ぐにその地平線を見つめていた。
朝焼けの時。
その地平線が、揺れた。
ファントムが、思わず口を開いた。
「千、どころじゃない……」
両翼。
見渡す限り、地平線を埋め尽くした神の軍隊。
その先頭に、ラプター大佐率いる帝国軍。
地面が、揺れていた。
鎧と鎧が擦れる音が、地鳴りのように重なった。
黒獅子の立髪を掴むセラの手に力が入った。
静かに目を閉じたセラ。
黒獅子は、ゆっくりとセラの顔を見上げた。
「怖いか?」
セラは、目を閉じたまま答えた。
「……怖いよ」
指先は冷たく震え、胸の鼓動だけが、やけに大きく耳へ響いていた。
セラは、自分自身と戦っていた。
目の前の人々への救済だけが、自分に出来ることだと思って生きてきた。
神々への信仰だけが、世界を救うと信じてきた。
その神へ刃を向ける。それは、己に対する全否定。
「でも私は間違ってた。何もかも神様がこの世界を変えてくれるって思ってた。神様が必ずこの世界を守ってくれるって。だけど──」
自分のことよりも、守りたいものを見つけた。
「私……ぜーんぶ間違ってた」
セラはゆっくりと目を開けた。
金色に輝く瞳が、馬に乗ったソルセリオンを捉えた。
「私が、森を守る──この命に代えても!」
ソルセリオンは、表情を変えず、静かに手を上げた。
エターナルのアーチャーが、前に出た。
一斉に弦が張られる音が、朝の静寂を切り裂いた。
ラプター大佐が、唾を飲み込んだ。
「本当に……やるのか……」
黒獅子は、前を見据えたまま静かに言った。
「案ずるな、セラ。森が、そなたを死なせはしない」
セラは、曲刀を握り直した。
「それでも……私が、やらなきゃ」
エターナルのアーチャーが、矢をつがえた。
それを見たファントムが、小さく言った。
「アンデッドの軍勢を一瞬で消滅させた神の弓兵……。このまま突っ込めば我々も……」
ファントムの頬を汗が伝った。
「どうする……?」
その時。
「おい、人間」
一羽のウサギが、ファントムを見上げていた。
「なんだ?」
「ワイザーが言ってたぞ。お前たちは、神の軍勢の怖さを知らないって」
ファントムは、視線を落とした。
「確かに……そうかもしれん」
ウサギは、鼻で笑った。
「フン。お前たちは神の軍勢の怖さを知らない。だが──森は、もっと怖いぞ」
「え」
引き絞られるエターナルの金の弓。
朝日を反射し、地平線が金色に輝いた。
ゴゴッ。
地面がわずかに震えた。
ソルセリオンだけが、それに気付いて下を見た。
「……地中だ」
ゴゴゴッ!
「アーチャー! 下がれ!!」
ソルセリオンが叫んだ瞬間、大地が裂けた。
瓦礫が弾け飛び、土砂が空へ噴き上がった。
ギシャアアアァァァ!!
ヒビ割れた地面から、大きな影がいくつも舞い上がった。
「な、なんだ!?」
「ヘビ!? トカゲ!?」
なめらかな鱗が、朝日を反射し虹色に輝く。
蛇のように長い胴体に、短い手足。
鋭い刃を向いたトカゲが、エターナルのアーチャー達に襲いかかった。
ファントムの横にいたウサギは、ニヤリと笑った。
「地潜蜥蜴、グラウンドスキンクだ」
ソルセリオンの目が、初めて小さく揺れた。
「森はいつも──食う側だ」
セラが、叫んだ。
「行こう!!」
黒獅子が咆哮した。
その咆哮に応えるように、獣たちが一斉に吠えた。
黒獅子が、地面を蹴った。
森の軍勢が、一斉に動いた。
「狙うはソルセリオン!!神を──討つ!!」




