第81話 森の意思 〜神は人を縛り 自然は命を委ねる 揺れる聖女が 剣を握る夜 眠れる森が 静かに牙を研ぐ〜
「……」
港に降り立ったフリークス達をオスカーがワイングラス片手に出迎えた。
ロベルトは、オスカーを無視するかのように横を通り過ぎかけた。
「帰ってきたか」
その一言で、ロベルトの足が止まった。
ロベルトは、ゆっくりとオスカーへ顔を寄せた。
「オスカーよぉ。お前ぇ、オレ達を殺す気かぁ?」
オスカーは、視線を合わせず、ワイングラスに口をつけて言った。
「お前は、死なねえよ」
ロベルトは、オスカーが手に持っていたワイングラスを取り上げると、一気に飲み干した。
「フン、勝手な事言いやがって」
ロベルトはそう言うと、グラスをオスカーの胸に突き返し、フラフラと歩き去っていった。
シャクールは、眠るウィーニーを抱えたままヘルカ・オルカから飛び降りた。
オスカーは、スヤスヤと眠っているウィーニーを確認すると背を向けてクラブの方へ歩き出した。
「“可能性”、か」
コンテナの上からこちらを見下ろすマイクと目が合った。
オスカーは、一瞬立ち止まってウィーニーを振り返った。
「少々、出来過ぎてる……かもな」
一方、南の森では。
意識が戻らないシルヴァーナを、ウサギ達がかわるがわる見守っていた。
その横でファントムは焚き火を見つめながら静かに呟いた。
「セラを連れ戻せなかった」
焚き火の向こうに、白い髭が浮かんだ。
「ほほ。お主のせいではない。セラが選んだのじゃ」
ワイザーはそう言うと、ゆっくりと切り株に腰を下ろした。
「ワイザー」
「神の血。それに抗うは、この世界に抗うに等しい」
パチッ。
焚き火の火が、小さく爆ぜた。
「神の血……」
「生まれながらに持った慈悲の心は捨てることが出来ん」
炎に浮かぶワイザーの顔を見た。
ファントムは、視線をシルヴァーナに移した。
「シルヴァーナは、慈悲は拘束だと言った」
「間違いではないのう。セラは自分を犠牲にしても、何かを守れるなら躊躇うことはない。──合理で動けぬ故、それは拘束とも言える」
ファントムは、向き直ると、ワイザーの目をまっすぐに見た。
「あの子は何者だ? 知っているんだろう?」
ワイザーは、深くため息を吐いた。
「あの子は、ハーフゴッド。神と人の間に生まれた子。……神の意図によってのう」
「神と人の子!? そ、そんなことが……。それで神の意図とは一体?……」
「人に、神への信仰忘れさせぬための器、“聖女”じゃの」
「聖女……」
「人の信仰がある限り、神は滅びぬ。人がいれば、新たな神が生まれることが出来る。……人を使った神の命綱じゃ」
ファントムの手が僅かに震えた。
「……あの子の、両親は?」
ワイザーの瞳がわずかに揺れた。
ワイザーはそれを隠すように目を閉じた。
「神の子を産んだ者は生きられん。そして、人と交わった神は、極刑となる」
「極刑……。しかしそれは神の意図なのでは?」
ワイザーは、視線を焚き火に落とし、ボソッと呟いた。
「それが、神の道理……じゃそうだ」
ファントムは、息を呑んだ。
その時──
「帝国軍がっ! 神の軍隊が来る! シルヴァーナさん!!」
「セラ!!」
乱れた髪。
黒く汚れ、はだけた麻のローブ。
セラは、涙を浮かべて取り乱していた。
「迎撃しなければっ!」
膝をついたセラに、ファントムが駆け寄った。
「落ち着け、セラ。どうした!?」
「はあ、はあ……帝国軍と神が夜明けと共に……森に、攻めて……ゴホッ、ゴホッ!」
咳き込むセラに、ファントムは水を渡した。
水を一気に飲み干したセラは、ファントムの服を掴んで言った。
「シルヴァーナさんは、どこ!?」
ファントムは、横たわっているシルヴァーナに目線を移した。
「あれから目を覚まさない。少しずつ衰弱している……」
セラはシルヴァーナに駆け寄った。
ウサギ達は、心配そうにその様子を見守っていた。
セラの涙が、シルヴァーナの胸に落ちた。
「シルヴァーナさん……森が……焼かれてしまう……目を覚まして……お願い」
ファントムは、深く息を吐いて言った。
「シルヴァーナが目を覚まさぬ以上、森の意思が分からぬ。今は、供給ルートを明け渡し、交渉するしかなさそうだ……」
ワイザーは小さく頷いた。
「それが賢明じゃな。神と帝国の連合軍相手に、今は戦いにすらならぬ」
ファントムは、静かに立ち上がった。
「わかった。ではオレが──」
「違う!」
ファントムを遮るように、セラが叫んだ。
「そうじゃない!」
セラはゆっくり立ち上がった。
震えていた肩が止まる。
「セラ?」
「彼らの狙いは供給ルートなんかじゃない!」
ワイザーは、セラを見つめた。
「どういうことじゃ、セラ?」
「彼らの狙いは供給ルートじゃない。……彼らの狙いは──ワイルドブラッドの殲滅」
セラは、地面に刺さっていたシルヴァーナの曲刀を引き抜いた。
「もう、やるしかないの……」
ワイザーは、セラを制止するかのように、前に立った。
「森の意思がないところに、戦う理由はないぞ、セラ」
「どいて、ワイザー」
「流石に退けぬ」
「森の意思がないと?」
「そうじゃ」
セラは静かに目を閉じた。
「シルヴァーナさんなら、必ず剣を取る──」
セラの目が、わずかに金色に光った。
「森の意思なら今──私の中にある」
ウサギ達の目が、セラに呼応するように緑に光った。
その瞬間、茂みが割れた。
「黒獅子……」
漆黒のライオンは、セラの顔を見ると、その横でゆっくりと伏せた。
セラは、何も言わずライオンに跨り、曲刀を壱番街に向けた。
森の静寂が、戦いの気配へと変わった。




