表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/16

第8話 拾った黒 〜黒の無地 でも今日から この色がオレの印〜

 教会に向かうウィーニーは、地下街を進んだ。

 地下街だった痕跡は、ほとんどない。


「下水道とほとんど変わらないな」


 剥き出しの錆びた鉄筋。

 床、ガラス、棚、何もかもが粉々に砕け、天井から水が滴っている。


 ウィーニーは、穴の空いた天井から漏れる光を頼りに歩いた。


「案内に沿って行けって、看板なんてどこにあるんだよ……」


 天井を見上げたウィーニー。


「あ、これか」


 誰がいつ書いたものか。

 無造作に矢印が書かれていた。


 矢印を頼りに進むと、錆びたシャッターが半分だけ開いた店舗があった。

 埃と黴の臭い。


「なんだここ……服屋か?」


 棚は倒れ、床には割れたハンガーが散乱している。

 商品のほとんどは腐って形を失っていた。


 その時。


「うわっ!!」


 視界に人影。

 反射的に身構えた。


「……」


 鏡だ。

 埃を被った大きな姿見。

 そこに映っていたのは、裸足で髪がぼさぼさの、みすぼらしい自分だった。


「……ビビった」


 キョロキョロと辺りを見渡す。


 ぶらぶらと店内を歩いた。

 その時、崩れた棚の上に、埃を被ったジャージの上着が目に入った。


 黒。無地。

 色は同じだけど、デビルズのジャージとは全然違う。

 汚い。

 でも。


「……黒じゃん」


 手に取って埃を払う。

 ぱんぱん。

 まだ汚い。

 もう一回。

 ぱんぱん。


「……まあ、いいか」


 袖を通した。

 サイズが少し大きい。


 横を見ると、黒いキャップが棚の端に引っかかっていた。


「お、」


 キャップを被って鏡の前に立つ。


 裸足はみすぼらしい。

 でも上は、なんとなく、それっぽい。


 ウィーニーは鏡に向かって手を伸ばした。

 ラッパーポーズ。


「……YO」


 誰もいない。


「オレは……ストリートデビルズ……」


 口の中で転がしてみる。


「……に入りてえ、ウィーニー」


 ダサい。

 自分でもわかる。

 でも鼓動が、少し速くなった。


 トン。トン。トン。


 指が、ジャージの袖を叩く。


────────────────────

YO……

黒いジャージ 埃まみれ

鏡の前で 一人でキメる


まだデビルズじゃねえ 黒の無地

でも今日から この色がオレの印


ボロでもいい 拾った形

それでも今 ここに立ってる証


上でも下でもねえ ここが位置

まだ途中? だから価値


決まってねえ それがオレのスタートライン

────────────────────


「……ダサ」


 自分で言って、自分で笑った。


 キャップのつばを少し曲げた。


「行くか」


 裸足のまま、矢印の方向へ歩き出した。


 六番街の出口を上がると、目の前に教会が現れた。


「わかりやす……」


 屋根は半壊し、ビニールシートが掛けてある。

 入口の周りに数人の人影が見えた。


(炊き出し……)


 食べ物の匂いに、自然に足が向く。


「並んでくださいね。押さないで」


 シスターに言われるがままに並んだ。


 若いシスターが、順番にホームレス達にカップを渡す。


 ウィーニーの番。

 そこでシスターは気まずそうに苦笑いした。


「ごめんなさいね。今日はここで終わり。また明日の朝、並んでね」


 ウィーニーは天を仰いだ。


「安定の不運……。まあ、でも服もキャップも手に入ったし、ラッキーな方か」


 ウィーニーはシスターに話しかけた。


「あの……ここに来たら、寝床があるって……」


 シスターはニコリと笑った。


「はい、ありますよ。あなたは……一人?」


「はい」


 シスターは、メモを取り出した。


「IDカードはある?」


 ウィーニーは、服を弄った。


 ……ない。


(あ、オレ、あの時、壱番街で……)


「……無くしました」


 シスターは、困った表情を浮かべた。


「……ごめんなさい。IDカードがない人は利用できないの。教会の唯一のルールなの……」


「え、でも、あいつらは……?」


 ウィーニーは、教会に入っていくホームレス達を指差した。


「あの人達も、一応IDカードは持っているの……」


(そうなんだ……)


「お母さんとかお父さんとか、あなたのカード持ってないかな?」


 ウィーニーは、下を向いた。


「いません。……いたら、ここには来てません」


「そう……ごめんなさいね……」


 ウィーニーは、静かに教会に背を向けて呟く。


「Yo……そうだよな。まだ、ここがオレのスタートライン……ここから上がるオレの……ルート……」


 ウィーニーが教会から離れようとした。


 その時。


「ねえ、キミ」


 ウィーニーが振り返る。


 シスターは顔を近づけて、教会の端を指差した。


「あそこの納屋、見える? もうすぐみんな教会の中に入る。鍵は開いてるよ」


 それだけ言うと、シスターは教会の中に消えていった。


 ウィーニーは少しだけ口元を上げた。


 ウィーニーは人影がなくなるのを待って、納屋の扉を静かに開けた。


 中は暗かった。

 でも、雨は凌げる。


 床に座って、キャップを脱いだ。


 腹は減ったまま。

 IDもない。

 アパートにも帰れない。


 でも今夜は、屋根がある。


 ウィーニーは黒いジャージの袖を叩いた。


 ぱんぱん。


 まだ埃が出る。


 でも、ホッとした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ