第7話 ワイザー 〜ベストタイミング また会おうぜ この街で〜
兵士に腕を捻り上げられたまま、ウィーニーは外に引きずり出された。
見慣れたボロアパートの廊下。
剥がれた壁。湿った床。
昨日までと同じはずの景色が、少しだけ遠かった。
「歩け」
背中を押される。
よろけながら一歩。
裸足の足裏に、冷たいコンクリートの感触。
外に出た瞬間、空気が変わる。
朝の光が、冷たかった。
「ギャハハハハ!」
背後からムカつく笑い。
猫だ。
「捕まって終わりか、ウィーニー? 夢見たフロウもここでフリーズ、所詮お前は下水のノイズ。檻が似合うぜ、路地裏のストーリー。……だな。あばよ」
「……」
兵士が肩を強く押した。
「歩け!」
ウィーニーを囲む兵士達は、そのまま壱番街へ向かった。
直線道路。
その先に壱番街のバリケードが、わずかに霞んで見えた。
「また檻の中か……」
ウィーニーが呟いた時、地面が揺れた。
ゴゴッ。
ズン!
突然、崩れたビルの影から、大きな影が落ちる。
二本の脚が、アスファルトを踏み砕く。
一歩ごとに地面が揺れる。
胴体は装甲板が幾重にも重なり、継ぎ目から青白い光が漏れている。
頭部はない。
代わりに、胸の中央に巨大な赤い目が光っていた。
両腕は砲身だ。
──メカだ!!
兵士の一人が声を失った。
「……ドレッドウォーカー」
《周辺スキャニング、開始》
赤い光が、ゆっくりと周囲を舐めるように動く。
兵士の一人に当たった。
止まる。
《人間、確認》
《捕縛対象との関係:敵対勢力》
《排除、決定》
砲身の腕が、兵士に向いた。
「待っ──」
ズドンッ!!
兵士が吹き飛んだ。
次の兵士に光が移る。
《人間、確認》
《捕縛対象との関係:敵対勢力》
《排除、決定》
ズドンッ!!
また一人、吹き飛ぶ。
光がウィーニーに当たった。
止まる。
《対象、確認》
《捕縛対象、一致》
《保護、優先》
兵士が、ウィーニーの手を離した。
銃を構える。
「メカが、このガキを守ってる!?」
(違う……守ってねえ)
ウィーニーは、咄嗟に走り出した。
「あ! 待て、ガキ!」
もう一人の兵士がウィーニーを追う。
足音が迫る。
ウィーニーは、倒壊したビルの中に駆け込んだ。
兵士が一瞬見失う。
「クソ! ガキッ、どこだ!?」
ウィーニーは、目線の先に人影を見つけた。
「!?……ホームレス?」
ホームレスは、汚れた毛布を持ち上げ、手招きした。
ウィーニーは、毛布の中に滑り込んだ。
ホームレスが小さく呟く。
「……動くな」
カッ! カッ! カッ!
靴音が近づく。
「おい! そこのお前! ガキを見なかったか!?」
ホームレスは何も答えず、目線をビルの外に移した。
「クソ!」
兵士は目線の先を追って駆け出すと、割れた窓からビルの外へ飛び出した。
ズン!
その瞬間、大きなドレッドウォーカーの足が兵士を踏み潰した。
ギィィィ……。
窓の外から、赤いレーザーがホームレスを舐めるように照らす。
「……」
《生物反応確認》
《敵対意思無シ》
ズン!
ドレッドウォーカーは背を向けた。
《捕縛対象逃走》
《捜索中断》
足音が遠くなる。
やがて、ビルの中に沈黙が落ちる。
「もう、大丈夫じゃ」
ウィーニーは毛布から這い出た。
「ありがとう。助かった……」
ホームレスは口元を緩ませた。
「ほっほ、元気な少年じゃ」
汚れた白い髭。
日に焼けた顔。
ニヤけた口から、歯が一本だけ覗いていた。
その目だけが、妙に澄んでいた。
「じいさん……あんたは?」
「見ての通り、ホームレスじゃ。ほっほ」
「……だろうね」
ホームレスの老人は、ウィーニーの顔を不思議そうに覗き込んだ。
「五番街の……便所掃除の小僧じゃな」
「え、どうしてそれを!?」
「ほほ、ホームレスを舐めちゃいかんぞ。誰より街の隅々まで、よーく見えるわい」
「なんで?」
「ふむ……“ヒマ”じゃからの」
「……そうかよ」
ホームレスは髭を撫でながら、続けた。
「それにしても……帝国軍に、メカとは。お前、一体何をしでかした?」
「何もしてねー。ちょっとした誤解だ」
「誤解とな?」
「まあ、話したって分かんねーよ」
「ほほ」
ウィーニーは、ビルの天井を見上げて呟いた。
「困ったなぁ……しばらくアパートには帰れねえ……バレちまったからな……」
グゥゥ……
「腹減った……」
「ほほほ、生きるとは大変じゃの。ほれ」
そう言うと、老人はウィーニーに小さなカンパンを手渡した。
「い、いいのか……?」
老人は頷いた。
「教会に行くとよい。あそこには寝床もある。運が良ければ食べ物も回ってくる」
「教会?」
「六番街。駅の北側じゃ」
「駅の北側……行った事ねえな。それにメカや兵士がまだうろついてる。……行けるかな」
すると老人はニヤリと笑って、ビルの奥を指差した。
「あの扉の向こう。地下街に通じておる。六番街の案内に沿って歩きなさい。そんなに遠くはない」
「地下街……」
「このビルは駅に繋がるデパートだったんじゃ。地下街への道はもうここと、教会前の出口しかない。だから安全じゃ」
「へえ……なんでも知ってんな。じいさん、名前は?」
老人は笑った。
「ほほ、名前を聞いてどうする?」
「え? どうするって……名前がなきゃ呼べねえじゃん」
「このホームレスを呼ぶ必要があるかの? ──名前など、とうの昔に無くしたわい。呼ばれる必要がないからのう」
「なんだそれ。変なの。よし、じゃあ、オレが名前をつけてやる」
「ほう……お前が、か」
「ああ! そうだなぁ……ワイザー! どうだ?」
「何故じゃ?」
「な、何故って……なんかじいさん、魔法使いっぽい見た目だからウィザード、物知りだからワイズ(賢い)、それっぽいだろ!」
「それっぽいか、ほほ」
ウィーニーの指が、床を叩く。
トン。トン。
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Yo
オレはウィーニー 逃走中
出会った名もねえホームレス
今日からワイザー 名もねえブラザー
ベストタイミング また会おうぜ この街で
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ワイザーは、首を傾げた。
「なんじゃ、それは?」
ウィーニーは立ち上がった。
「ラップだ! ワイザー、ありがとう! 教会に行ってくる!」
そう言うとウィーニーは駆け出した。
老人は、ウィーニーの背中を静かに見つめた。




