第79話 ハーフゴッド 〜神の血 隠したまま生きた運命 白き正義 森を裂く 偽りの声明〜
カタカタと揺れる窓の音。
その隙間から、わずかに湿った空気が入りこむ。
セラは、ふと目を覚まし、窓の外をぼんやりと眺めた。
「……」
いつもなら、ひっきりなしに窓の外を通る巡回兵の影がない。
「静か……」
キィ。
ゆっくりと窓を開けて外を見渡す。
「誰も……いない」
セラは、窓に映る自分を見ると、乱れたシルクのローブを脱ぎ捨て、いつもの麻のローブに着替えて部屋を出た。
冷たい床。
裸足で歩くその足音すら、廊下に響いていた。
「静かすぎる……」
セラは管理棟の階段を上ると、司令塔に続く連絡通路の真ん中で立ち止まった。
人じゃない。
“何か”が歩いてくる。
「アレは……」
猫。
丸々と太った猫だった。
「やれやれ。全く、猫使いが荒いな。まあ、仕方ねえ。森に帰ったら、働かざる猫食うべからずだからな」
ブツブツと独り言を言いながら二足歩行で、こちらに向かって歩いてくる。
「あなたは……」
セラは思わず話しかけた。
猫は、チラリとセラを見上げた。
「お前、教会のシスターか。炊き出しでは世話んなったな。じゃあな」
それだけ言ってすれ違うと、猫は立ち止まることなく歩いて行った。
「あの猫は、一体……」
セラが背を向けると、微かに猫の声が廊下に響いた。
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Yo 猫使い荒いな森 帰って早々ミッション
でももう街は無理 白に染まるビジョン
Yo 便所掃除 今頃何してる──ウィーニー
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セラの胸が跳ねた。
「え!? 今、あなたウィーニーって──」
セラは慌てて振り返った。
だが、猫の姿はもうなかった。
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懐かしいぜ お前をディスってた日々
もうディスじゃ済まねえ 世界には大きなヒビ
いずれ終わる 森も 街も 危機──
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「ラップ……ウィーニー……」
その時、司令塔の向こう側で音がした。
セラは、息を潜めて向かった。
司令塔の中も静かだった。
自分の足音が、嫌なほど廊下に響いた。
セラは、壁にかかっていた帝国軍の古い軍旗の一部を破ると、自分の足に巻きつけた。
その時。
ガチャ!
前方の部屋の扉が突然、開いた。
セラは咄嗟に、立て掛けてあった大きな盾の影に身を隠した。
「神父……」
バタンッ。
神父は、自分の部屋を出て、隣の司令室に入って行った。
神父の部屋の窓から、基地の正面が見渡せる。
セラは、身を屈めたまま、そっと神父の部屋に入った。
部屋の中には何もなかった。
殺風景な部屋。
窓際に丸テーブル。
その上に手帳が一つ置かれていた。
セラはパラパラと捲った。
「……日記」
主が、神々の軍隊がセントラに降り立った。
我が祈りが、人々の願いが、ようやく天に通じた。
これで、平和が訪れる。
「人々の願い……」
その時、バルコニーの方から話し声が聞こえた。
神父の声。
そしてソルセリオンだった。
セラは、無意識にその場にしゃがみ込んだ。
「ソルセリオン様。セラをどうするおつもりか、お聞かせください」
「どうもせぬ。彼女は、特別な子だ」
「特別……その意味を、もう少しお教え願えませんか?」
ソルセリオンは、バルコニーの手すりに手をつくと、地上をゆっくりと見渡しながら言った。
「彼女はいずれ聖女となる──神の血を継ぐ子だ」
「聖女……」
「神の声を聞き、理を説き、この世界に秩序と平和を敷く。神々と人々を繋ぎ、信仰を失わせない聖女。信仰が消えない限り、神々は永遠である」
「神の血を継ぐとは?……」
「彼女は、ハーフゴッド。神と人間の間に作られた子だ」
セラは、自分の手のひらを、見た。
「ハーフ……ゴッド。では、セラの両親は……」
「ハーフゴッドは、神々への信仰を忘れさせぬための器。神の子を生んだ人間は長く生きられぬ。そして人間に子を産ませた男神は、極刑に処される。だが、それも神の意向」
「だから、修道院に預けられ、うちに……」
顔も知らない。名前も知らない。
ただ、いない、とだけ聞かされてきた。
その理由が、今、わかった。
「だが、それも神の意向」
神の声には、何の感情もなかった。
ソルセリオンは、ゆっくりと天を見上げた。
「そしてこのセントラには、もう一人ハーフゴッドがいるようだ」
セラは思わず、呟いた。
「……ウィーニー……」
その時。
ガシャッ!
窓の外、地上で大きな音が一度響いた。
セラは、恐る恐る窓から下を覗いた。
「!? ……これは」
月明かりの下、整然と並ぶ純白の鎧を着た神の軍隊。
騎兵、長槍、弓、剣、そして盾。
どれも純白に金の装飾がなされ、光を放っている。
その間に帝国軍の兵士達。
メカの残骸を加工した白い装甲。
大砲、チャリオット。
その先頭に、馬に跨ったラプター大佐とファルコン少佐。
千人。
いや、それ以上。
セラは口を押さえて座り込んだ。
神父は、バルコニーの下を見下ろした。
「しかし……ソルセリオン様。これで、本当に良いのでしょうか……?」
ソルセリオンは、横目で神父の顔を見下ろした。
「神の選択に、疑問を?」
「い、いえっ! 滅相もありません……ただ、また森が襲いかかって──」
「だから先に手を打つのだ。野獣のようなワイルドブラッドとは和解は出来ぬ。人々の生活、安寧を脅かす存在、魔族と変わりない」
「……はい。仰る通りかと……」
「陽が昇る前に出る。セラを監視しておくのだ」
セラは、肩を震わせた。
いや、足も。
体に力が入らない。
「し、知らせなきゃ……。森に……シルヴァーナに……」




