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路地裏のウィーニー  作者: みゃーじま
第五章 アウトローのアウトロー
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第78話 ワールドエラー 〜森の自由は 血と土の匂い 神の食卓は 白すぎる祈り 冷たい手つきが 心を撫でる 優しい牢獄で セラが息を失くす〜

 南の森。


 ファントムは、大木の前で倒れているシルヴァーナに駆け寄った。


「シルヴァーナ!」


 ファントムは、シルヴァーナの肩へ手を伸ばした。


 その瞬間、ウサギ達が一斉に前へ出た。


「触れるな、人間」


「シルヴァーナは弱っている」


「“アレ”の負荷は大きい。命が削られた」


「アレとは、一体なんだったんだ? 突然、草木が生え……」


 ウサギは、ファントムを遮るように言った。


「ワールドエラーだ」


「ワールドエラー? ……つまり世界にエラーを起こして自然を──」


「バカめ。逆だ。世界のエラーを正してるんだ」


「世界のエラー?」


「フン。お前たち人間が築いた世界、神によって保たれる偽りの平和──それが、エラーだと言ってるんだ」


「オレ達が、エラー……」


 ファントムは、気を失っているシルヴァーナの横に膝をついた。


「しかし……そんなことせずとも、解放されたのに……」


 視線を落としたファントムに、一羽のウサギが歩み寄った。


「愚かな人間め。神は解放などしない。神の慈悲は、拘束だ」


「慈悲は拘束……?」


 その時、ファントムの背後で声がした。


「それは、間違いではないのぉ」


「ワイザー」


 ワイザーは、長い髭を撫でるとシルヴァーナの顔を覗き込んだ。


「自然とは、そもそも自由のことじゃ。じゃが、その自由とは、誰にも守られぬということでもある」


「誰にも……守られぬ自由……」


 ファントムは、倒れたシルヴァーナを見た。

 守られぬ自由。

 その言葉は、あまりにも冷たく、あまりにも正しかった。


 ワイザーは、空を見上げ、辺りを見渡しながら続けた。


「雨はその死を哀れんで止まぬ。狼は鹿の子が可哀想と牙を止めぬ。木は朽ちた命を呑み込み、新しい芽を出す。生きるも死ぬも、己と循環の中にある。自然は、循環以外の何ものにも縛られぬ」


 ワイザーは、もう一度シルヴァーナの顔を覗き込んだ。


「自然は、解放される必要などない。そうじゃろう、シルヴァーナ」


 森には、湿った土と、血と、若葉の匂いが満ちていた。


 白い皿。

 湯気の立つスープ。

 焼きたてのパン。

 

 ──どれも綺麗だった。


カチャ。


 セラは、フォークとナイフを置いた。


「セラ。全く食べておらんぞ。ありがたく頂きなさい」


 ソルセリオンの隣に座る神父は、セラを心配そうに見つめて言った。


「……食欲……ありません。ごめんなさい」


 ソルセリオンは、静かに笑みを浮かべて言った。


「いいんだ、セラ。無理することはない。まずはゆっくり休みなさい」


 セラは、軽く頭を下げると、席を立った。


 ソルセリオンは、セラの手を優しく掴んだ。


 その手は、なぜか冷たかった。


「セラ。少し話しませんか」


 セラは目を伏せたまま、静かに座り直した。


 神父は、小さくため息をつきながら、セラの顔を覗き込んだ。


「セラ。どうしたんじゃ? ここに来てから浮かぬ顔ばかりして。ようやく帰って来られたというのに」


「……」


 セラは何も言わず、テーブルに置かれた食事をじっと見つめていた。


 ソルセリオンは、セラの顔を見つめたまま神父に言った。


「すまぬが、セラと二人きりにしてくれぬだろうか?」


 セラの眉がわずかに動いた。


「……わかりました」


 神父は恭しく、静かに部屋を出て行った。


「……」


 生暖かい夜風が、神の紋章が施された白いカーテンを揺らした。


「セラ。少し、顔色が悪い」


 ソルセリオンの指が、セラの頬に、そっと触れた。


 セラの肩が、ビクッと動いた。


「ここへ来てから、そなたは、よく眠れていないのだろう」


「……いえ」


「隠さずともよい」


 神の声は、どこまでも、柔らかかった。


「戦いを見過ぎたのだ。心が、休まらぬのも、無理はない。そなたは優しい。優しい者ほど、戦いに、傷つく」


 セラは、膝の上で、手を握った。


 違う。

 そうじゃない。

 眠れないのは、戦いを見たからじゃない。

 この場所が、息苦しい。


 それを言葉に出来ず、セラは、俯いた。


「もう、安心していいんだよ、セラ。そなたが我々を呼んでくれた。世界が絶望に飲み込まれる前に」


「私が……呼んだ……」


 セラの頭の中に、シルヴァーナの声が響いた。


──小娘。貴様何をしたかわかっておるか。

──貴様が呼んだ神のせいで、帝国軍は力を取り戻し、森を焼く──神が降りても平和など訪れぬ。


 セラの視線は、自然と南の森へ向いた。


「気になるかね?」


「……あの森を、自然を、どうするつもりですか?」


 ソルセリオンは、すぐには答えなかった。


「セラ。あの森を、案じているのか」


 問い返された。

 セラの、心臓が、跳ねた。


「それとも──あの森の女を、か」


 神の、琥珀の瞳が、セラの奥を、覗き込んでいた。


「……」


「案ずるな、セラ」


 ソルセリオンは、セラの髪を、撫でた。


「どうもしないさ」


 そして、優しく微笑んだ。


「世界はあるべき姿に戻る。我々のような声あるものが人を導き、秩序の下で健全な平和を保つ」


 再び、セラの頭の中を、シルヴァーナの言葉が駆け巡った。


──神々は、人間を焚きつけ、秩序を敷く。声なき者を覆い隠し、偽りの平和で人を騙す。自分達のためにな。


 セラは、頭を押さえ、小さく肩を震わせた。


「いや……やめて……もう……いや」


 ──数刻後。


 目が覚めたのは、静養室のベッドの上だった。


「私……」


 セラは、妙に手触りのいいローブを着ていることに気付いた。


「この服……シルク? いつのまに……誰が!?」


 セラは慌てて飛び起きると、胸を抑えた。


 その時、静養室の扉が開いた。


「だっ誰っ!?」


「目が覚めたか、セラ」


「神父……様」


 神父が、胸を隠して身構えるセラを見て言った。


「心配ない。汗だくだったから、住民の女性に手伝ってもらって着替えさせただけじゃ」


 セラは、小さな声で言った。


「……出ていって」


「ん? どうした? そのローブは、ソルセリオン様がくれた──」


「出ていってよっ!!」


「セラ……」


 神父は、静かにドアを閉めて出て行った。


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