第70話 もう誰も死ななくていい 〜自然の代弁者 背負った自然のアンガー 最後のワイルドブラッド 助くるは神を呼んだシンガー〜
数刻前。
セラは、森の中を歩いていた。
パリッ。
パリッ。
枯葉を踏んだ音だけが、響く。
セラは、大木の前で足を止めた。
見上げた大木は、夜空のほとんどを隠していた。
「シルヴァーナさんは、ここで何を……?」
セラは大木にゆっくりと手を当て目を閉じた。
ドクンッ。
「え」
森の鼓動。
心音のような音が、セラの頭に響いた。
その時。
──神の匂いがする。
「え!?」
セラの頭に言葉が流れ込んできた。
低く、重厚な声。
「今、誰かの声が……」
──そなたは、誰だ?
「やっぱり聞こえる! ……わ、私は……セラといいます」
──セラ、か。
「あ、あなたは!? 誰!?」
──……慌てるな、セラ。言葉を思い出すのに、時間がかかる。
「思い出す?」
──誰かと問われた……言うなれば、自然の意識、とでも言おう。
「自然の意識……。もしかして、さっきシルヴァーナさんは、あなたと話をしていたの?」
──シルヴァーナ。愛しい自然の子。そして……哀れな子じゃ。
「哀れ?」
──お主にも、シルヴァーナと同じものを感じるのう。
「同じ、もの? 私が、シルヴァーナさんと同じ?」
──意思ある者に、意図を持って作られた存在。背負っておるのじゃ──何者かの意思を。
「意図を持って……作られた……。シルヴァーナさんは、何を……?」
──怒り、じゃ。
「怒り?」
──自然は怒りを、彼女に託してしまった。踏み躙られた自然の調和。シルヴァーナは、声無き自然の怒りそのものじゃ。
「声無き自然の怒り……ワイルドブラッドって、一体……」
──自然の代弁者。それが、ワイルドブラッドじゃ。
「自然の代弁者……」
──自然との完全なる調和の中で生きる古代の種族。シルヴァーナは、その唯一の生き残り……
「ゆ、唯一っ……? じゃ、じゃあ、シルヴァーナさんがいなくなってしまったら……」
──我々、自然は声を失う。もう自然を気にするものはいなくなるであろう。
「そんな……」
──シルヴァーナは飛び抜けたその才覚のせいで両親の手に負えず、森の精霊に育てられた。最後にして最強のワイルドブラッド。……だが背負った怒りが強過ぎる。このままでは……。
「そう……」
──止めてくれ。あの子を、死なせてはならぬ。
セラは、ゆっくりと手を離した。
「そんなこと、私に……出来るかな……」
シルヴァーナの言葉が、セラに突き刺さる。
──貴様が呼んだ神のせいで、帝国軍は力を取り戻し、森を焼く。
「……」
独り森の中へ消えて行ったシルヴァーナの、後ろ姿が浮かんだ。
「……やってみる」
セラは、拳を握った。
木々がザワリと揺れた。
セラが去った後、自然の声が静かに森にこだました。
──ところで……セラ。お主は何を託されて生まれて来たのかのぉ?
一人、森を駆け出したセラ。
その後ろに、蹄の音が迫った。
「どこへ行くつもりだ、セラ?」
セラは、ファントムの方を見ずに言った。
「ハア、ハア……シルヴァーナさんを……止めなきゃ」
ファントムは、呆れたように息を吐いた。
「お前独りで、か?」
セラは答えなかった。
ファントムは、セラに静かに手を伸ばした。
「乗れ」
「……はい!」
──壱番街の入り口。
帝国兵、エターナルの兵が重なるように倒れていた。
「間に合わなかった……」
セラは視線を落とした。
ファントムは、セラの肩に手を置いた。
「まだだ。行くぞ」
二人は、人気の無い壱番街を駆けた。
司令塔の明かりが近づく。
「人影?」
「いっ、いた!! シルヴァーナさん!! 待って!!」
シルヴァーナの視線が、セラを捉えた。
その瞳が僅かに揺れた。
「ちっ、小娘。何をしに来た」
その瞬間、シルヴァーナの足元に光の輪が浮かんだ。
「くっ!」
ソルセリオンの手から放たれた金色の光が、シルヴァーナを拘束した。
ウッドエルフ達は、一斉にソルセリオンに向かって矢を放つ。
ソルセリオンは、もう一方の手で、光の壁を作り出した。
光に弾かれ、砕けるウッドエルフの矢。
今度は、エターナルの兵が、エルフ達を押さえつけた。
「ラプター……」
「ファントム将軍……」
二人の軍人が、その横で向き合った。
ソルセリオンは、笑みを浮かべ、セラを見つめた。
「待っていましたよ、セラ。やはり今夜は、いい夜だ」
「もうやめて! 誰も、誰かのために死ななくていい!!」




