第65話 角無しの拳 〜白い救済 街を包む 角無しの傷が 赤く疼く〜
純白の鎧。
黄金の装飾。
兜が、その白い顔の半分を隠していた。
空気が一段冷え、厳格な雰囲気が壱番街を包み込んでいた。
帝国軍の兵士もわずかに残った住民も、その圧倒的な空気に言葉を失っていた。
神父は膝をつき手を合わせ、ラプター大佐とファルコン少佐は、静かに頭を下げた。
ガシャッ。
隊列が割れ、その一人が前に歩み出た。
黄金の仮面。
青い紋章が浮かぶ純白のマントが、風に翻った。
その者は、仮面をゆっくりと外した。
同時に、ふわりと金色の長髪が流れる。
白い目の中心に琥珀色の瞳孔。
その奥がわずかに金色に光った。
そこにいた全員が息を呑んだ。
「地上に立つのは──」
透き通るような声が、耳の奥に響く。
「久しい。ゆえ──言葉がおぼつかぬこと、許されたい」
神父は、顔を上げた。
「荒廃したこのセントラで、信仰を忘れず生き抜いた皆に──感謝、申し上げる」
神父は震える声で言った。
「し、主よ……。あ、貴方は……?」
「アンセムボーンエターナル、第1師団の長。ソルセリオンと申します」
「ソルセリオン……」
今度は、ラプター大佐が口を開いた。
「恐れながら……神々は、帝国軍の味方をしてくださるということですか?」
ソルセリオンは、わずかに首を傾げた。
「我らは、この世界に住む全ての人類の味方です」
ファルコン少佐が、一歩前に出た。
「人類には、反乱軍も含まれるということですか? 獣と手を取り合い、我々に弓を引くやつらです。それは──」
「まずは、これを」
ソルセリオンは、遮るように静かに手を上げた。
司令塔の上に浮かぶ大きな影。
「飛空艇だ!」
誰かが叫んだ。
その飛空艇は、音もなくゆっくりと壱番街に降り立った。
「主よ……これは」
水。食料。衣料。包帯や薬草。
大きな飛空艇から、次々と物資が降ろされる。
ソルセリオンは、静かに微笑んだ。
「生きるために必要なものは、我々が供給します。しばし、穏やかな日々を、一緒に過ごしませんか?」
住民の歓声が、壱番街を満たしていく。
久しく失われていた活気が、壱番街に戻っていった。
ラプター大佐は、降り注ぐ物資を見上げた。
水も。食料も。薬も、何もかも揃っている。
ラプター大佐は、手に取った水を見つめていた。
その完璧さが、なぜかラプター大佐の胸をざわつかせた。
ソルセリオンは、穏やかに微笑んでいた。
「お気に召しませんか?」
ラプター大佐は顔を上げた。
「あ、いえ……」
ソルセリオンは、水を見つめるラプター大佐から視線を外さなかった。
ラプター大佐は、少し慌てたように水に口をつけた。
その頃、13番街の港。
シャクールは、慌てていた。
「おい、ウィーニー! やべえぞ! ついに、地獄から魔族の幹部がやってきやがった!」
「魔族の幹部?」
「ああ、そうだ! ジャロン……魔王ダマトの親衛隊の一人。最高位の悪魔だぞ! クラブの扉を破壊して、ジェシーを吹っ飛ばしたらしい! まさか……あんな大物が直接警告にくるなんて……」
ウィーニーは、ポカンと口を開けて慌てるシャクールを見上げた。
「ウィーニー! なんだそのとぼけた顔は!? 一大事だぞ!」
「そうなんだ……。でも、オレ達は、最強のアウトロー、ストリートデビルズだし。大丈夫でしょ?」
ガツンッ!
シャクールは、ウィーニーの頭にゲンコツを落とした。
「痛っ!」
「馬鹿野郎! お前は、まだ弱えくせに余裕こいてんじゃねえ!!」
「そ、そんなつもりじゃあ……あっ」
「なんだ?」
「あれ……」
ウィーニーの視界の端に影が一つ。
堤防の端。
「あれ、ロベルトか?……」
「シャドー……してる?……」
ウィーニーとシャクールは、息を呑んだ。
シュッ! スパァンッ!
ブンッ! ブンッ!
ロベルトのパンチが、赤い糸を引き、波の音を切り裂いた。
シュッ!
ズオォッ!
ズオンッ!
「シャクール。ロベルトのパンチ……すごい音だね……」
「ロベルトのシャドー……。てか、トレーニングしてる姿、初めて見たぜ……」
シャクールがそう言うと同時に、ロベルトはピタリと動きを止めた。
ロベルトは、月を見上げると、大きく息を吐いた。
「フウ……」
港に沈黙が落ちた。
ウィーニーは、ロベルトを見つめたままシャクールに問いかけた。
「シャクール。さっき言ってたジャロンってのは……」
ウィーニーが言いかけた時、ロベルトの体から赤いオーラが滲み出た。
拳に、オーラが集まる。
ロベルトは、大きく振りかぶると、ボソッと呟いた。
「──クソがぁ」
ブゥンッ!!
ロベルトは、拳を地面に叩きつけた。
ウィーニーとシャクールの口から、声にならない息が漏れた。
「っ!?」
ドオオオォォォンッ!!
赤い光が弾け、港が一気に赤く染まる。
ウィーニーは思わず目を瞑った。
──再び、港に沈黙が戻った。
目を開けたウィーニー。
ロベルトの姿は、消えていた。
「え……」
──堤防ごと。




