第63話 地獄の使者 〜地獄の使者が 扉を燃やす 自由はないとデビルズを縛る 王は煙で答えを返す 角無しの過去が 床に沈み出す〜
「……あれは?」
ウィーニーは港に戻ると、堤防の縁に立つ一つの影を見つけた。
暗闇に浮かぶ、一本角。
「よぉ、ガキィ。仕事してっかぁ?」
「ロベルト。う、うん」
ロベルトは干からびたヤモリを口に放り込むと、ウィーニーの顔をジロリと覗き込んだ。
「んで、報告はぁ?」
赤い瞳の奥がわずかに光った。
突然のロベルトの圧に、慌てるウィーニー。
「あ、はい! 5番街、帝国軍の基地に白い旗が。アンテナボーンエターナルの紋章かと思われます!」
「そうか。──ところでてめえ、誰と会ってたんだぁ?」
ロベルトの体から赤いオーラが立ち昇った。
「えっ! あっ! あの……」
ウィーニーは、ロベルトの圧を前に、息を呑んだ。
額を突きつけウィーニーを睨みつけるロベルト。
「あぁん?」
「いや……あの……ワイザーって……ホームレスの友達に会って……」
「ホームレスだぁ?」
「うん……。今まで、何度も助けてもらって……恩人なんだ……」
港に沈黙が落ちた。
ロベルトは、しばらくウィーニーの目を見つめると、口に残ったヤモリの骨を吐き出した。
プッ。
「そうかぁ」
ロベルトのオーラが消えた。
小さく息を吐いたウィーニーは、体の力を抜いた。
ロベルトは、水平線を眺めながら言った。
「ガキィ。お前間違えてるぞぉ」
「え?」
「アンテナボーンじゃねえ。アンセムボーンエターナルだぁ」
「あ……すみません」
ロベルトは、隣で顔を赤らめるウィーニーを横目で見ながら笑った。
「フッ。気張れやぁ、ガキィ」
その時、微かに地面が揺れた。
ゴッ。
ゴゴッ。
「じっ地震!?」
ロベルトの眉がピクッと動いた。
──瞳が、僅かに揺れたように見えた。
「ロベルト?」
「ふん。底の野郎どもが騒いでやがる」
「底?」
ロベルトは、背後を振り返った。
「YO、ロベルト」
「オスカーかぁ」
いつのまにか背後に立っていたオスカー。
「幹部、全員集合だ」
「あいよぉ」
静まり返ったクラブ666のホール。
蝋燭の炎が、ゆらゆらと揺れていた。
ゴゴッ。
ゴゴゴッ。
絶え間なく震える"底"の音だけがホールに響いていた。
ドンッ!
たまりかねたジェシーが、フロアを踏みつけて叫んだ。
「うっせえぞ!! そのうちぶっ飛ばしてやるから、黙ってろ!!」
その時、ホールの奥の扉がゆっくりと開いた。
幹部達の視線が集まる。
キング・デヴィンは、中央の椅子に座り、何も言わずマイクに視線を移した。
マイクは、一歩前に出ると幹部達に向かって言った。
「皆、知ってるな。アンセムボーンエターナル。神の軍が降りた」
マニーが舌打ちをした。
「チッ」
マイクは、そのマニーに視線を移して続けた。
「神が降りたことで、底の奴らも騒いでる。──奴らは、オレ達の"勝手"を許さないつもりらしい」
ジェシーは、ケタケタと笑いながら、フロアに足をグリグリと押し付けた。
沈黙の中、マイクは一歩、歩み出た。
幹部達をゆっくり見渡し言った。
「──関係ねえ。オレ達はストリートデビルズ。これまで通り──」
言いかけた、その時。
ドゴォォォォォン!!
轟音と共に、クラブの巨大な鉄扉が吹き飛んだ。
同時に、熱波が吹き込む。
デヴィンの手にしていたグラスが熱で溶ける。
幹部達は一斉に振り返り、燃え盛る扉の向こう側を睨みつけた。
炎の中から、ゆらりと一つの影が浮かんだ。
「クックックックッ。これまで通り──いられるか? 外道ども」
炎の中から現れた悪魔。
うねりくねった巨大な二本の角。
漆黒の鎧。
処刑具のような装飾。
鎧の隙間から赤いオーラが漏れ、歩くたびにフロアが熱で溶けていく──
マイクが、口を開いた。
「……ジャロン」
ジャロンと呼ばれた悪魔は、マイクを無視して、デヴィンの前に立った。
「キング・デヴィン。ダマト様の使いを追い返したな。クックッ。まさか、地獄を敵に回すつもりじゃねえよなぁ」
デヴィンは何も答えない代わりに、葉巻を取り出すと、フロアから立ち昇る炎で火をつけた。
ジャロンが、ゆっくりとデヴィンに顔を近づけた。
「勘違いするんじゃねえぞぉ、デヴィン。魔族の王は、ダマト様お一人だ」
ジャロンの赤いオーラが、膨張する。
クラブ666が揺れ、天井の一部が崩れ落ちる。
「お前らデビルズは、外道の集まり。お前は、所詮、外道どもの──」
ブンッ!!
言いかけた時、ジャロンの顔を拳が掠めた。
躱したジャロンは、空中で身を翻し一歩下がった。
「ハハハハ! こら、てめえ! 誰に向かって口聞いてんだ、おらぁ! このジェシー様が相手したらぁ!」
「クックックッ、外道。絵に描いたような外道だ」
ジェシーは、ケタケタと笑った。
「ハハハ! 面白えなぁ! 今からその外道にタマ取られるんだからなぁ!!」
その瞬間、ジャロンの姿が消えた。
「どうした、外道」
「あん?」
目の前に現れたジャロン。
炎を纏った拳が、ジェシーに叩き込まれた。
ジェシーは、咄嗟に腕を交差しガードした。
ズドォンッ!
「くっ!」
衝撃が弾ける。
広いホールの端まで吹っ飛ばされたジェシー。
痺れる腕を振って、構え直した。
「面白え!! 殺し合いだ、てめえ!!」
「待て、ジェシー」
間に割って入ったマイクは、ジェシーを止めた。
「ハハ、邪魔するなぁ、マイク!」
マイクは、ジャロンを振り返って言った。
「ジャロン。てめえは、戦争しに来たのか?」
ジャロンは、ニタリと笑った。
「クックックッ。貴様は、ここで何してる?」
ジャロンは、ゆっくりとマイクに歩み寄った。
「外道といれば貴様も外道として扱う」
マイクは何も答えない。
「いつまでも特別扱いを受けられると思うなよ、クックックッ」
ジャロンとマイクの視線がぶつかる。
その時。
デヴィンが、ゆっくりと立ち上がった。
「それで──」
ジャロンは、デヴィンの方に向き直った。
「このキング・デヴィンに、何の用だ?」
ジャロンの目が鋭く光った。
「魔族の戦いは、魔王ダマト様が決める。貴様らに、自由はない」
今度はデヴィンが、ジャロンにゆっくりと歩を進めた。
「そうか」
デヴィンは、ジャロンの顔を覗き込むと、葉巻の煙を顔に吹きかけた。
「楽しみにしてると伝えておけ」
そう言うと、デヴィンはクラブの奥へ消えて行った。
ジャロンは不敵な笑みを浮かべた。
「クックッ。いつまで貫けるか、見ものだ。キング……デヴィン」
ジャロンは、幹部達の前をゆっくりと歩き出口に向かった。
コツ。
その足が、ロベルトの前で止まった。
「角無しロベルト」
「……」
「奇形が、外道に拾われたか。クックックッ」
ロベルトは何も言わなかった。
「また、地べたを舐めさせてやるからなぁ。クックックッ」
そう言い残すと、ジャロンは炎の中に消えて行った。
炎が消えた後も、ロベルトだけは、しばらく床を見ていた。




