第5話 捕縛対象 〜破られたバリケード 壊れたのは壁じゃねえ お前らの前提構造〜
「バリケードが破られただと!? 一体、どういうことだ!!」
壱番街の司令室に怒号が響く。
「あまりにも一瞬の出来事で、我々にも……」
「交戦許可を待つ間に……一瞬で……」
「馬鹿もん! 正確な報告をせい!」
白い髭を蓄えた司令官らしき兵士が机を叩いた。
「失礼します。ラプター大佐」
司令室に重装備の兵士が入ってきた。
屈強な兵士達よりも、さらに一回り大きい。
「ファルコン少佐か。報告は」
「はっ。急襲は悪魔で間違いないと。やられた兵士の証言が一致しています」
「魔族勢力が……なぜ」
ファルコン少佐が続ける。
「しかし、小隊にも満たない十人程度の少数とのこと。武装はしておらず……ジャージ姿の悪魔だったと」
「なんだと?」
「その悪魔どもはゲート周辺の兵士数名を倒しただけ。バリケードが壊れても、そのまま背中を向けて……帰って行ったそうで……」
「どういうことだ? 陽動作戦か? 何かを誘き出すつもりだったのか?」
ファルコン少佐は首を傾げた。
「それが、わかりません。ただ……」
「なんだ?」
「悪魔のリーダーは、“返し”と言ったそうで……」
「返し? 復讐ということか?」
「おそらく、そういう意味かと。その直前……兵士が便所掃除のガキを壱番街から蹴り倒し、追い出したそうで……」
「便所掃除のガキ?」
ファルコン少佐は頷いた。
「はい。何やら訳のわからないことを呟いていた怪しいガキだそうで、今日一日、牢屋に入れていたと……」
ラプター大佐は唸った。
「つまり……そのガキを助けるために魔族勢力が動いたと、そう言いたいのか、少佐」
「いえ、ありえないかと」
「そうだ、ありえん。人間のガキを魔族が助けるなど。それに、我々の後ろには神がいる。そんなガキを助けるために戦争のリスクを負うはずがない……」
「はっ。しかし、調べる必要はあるかと」
「ファルコン少佐、そのガキを探し出して連れて来い」
「はっ」
「急げ。メカどもの動きが激しくなっておる。南の森も騒がしい。この状況で魔族勢力まで相手にしたら、我々は潰される」
ファルコン少佐は軽く頷くと、司令室を出て行った。
ラプター大佐はベレー帽を脱いだ。
「一体、何が起こっている……。ジャージ姿の悪魔とは……」
机の上に置かれた報告書の中のメモに目を落とした。
──悪魔は、リズムに乗り
──笑っていた。
ウィーニーのボロアパートがある五番街は、すっかり闇に染まっていた。
道路の脇で目を覚ましたウィーニー。
霞む景色に、大きな赤い光がぼんやりと映った。
ギィ……。
金属が擦れる音。
ピピッ。
そして電子音。
揺れる赤く、丸い光。
《意識、回復を確認》
「……なんだ……?」
徐々に輪郭が見える。
銀色が、街灯に光る。
シルエットは、蜘蛛……。
「……メカ!?」
蜘蛛の体に赤い機械の目が光っていた。
《敵対意思、不明》
《種族……》
ウィーニーは、飛び起きた。
「ヤバい!」
反射的に逃げ出す。
《逃走、確認》
《捕縛対象、認定》
《追跡、開始》
背後にガチャガチャと金属音が迫る。
「五番街にメカが!? なんで!?」
ウィーニーは、細い路地に飛び込む。
「五番街、知らねえ道はねえ!」
ちょこまかと視界から消えるウィーニーを、赤いレーザーが激しく追う。
視界に人影。
いつものチンピラが数人。
無言で走り抜けようとするウィーニーを掴まえた。
「おい、便所掃除! 何無視してやがる!」
「やめろ! 離せ!」
「あん? 便所掃除の分際で──」
ジュッ!
その瞬間、赤いレーザーがチンピラの腹を貫いた。
「……なっ」
腹にぽっかりと空いた穴に目を見開いたチンピラは、そのまま前のめりに倒れた。
「なんだ、あれ!?」
「メ……メカ!?」
「蜘蛛型兵器……ウェブクロウラーだ!! なんでこんなとこに!?」
ジュッ! ジュッ!
立て続けに脇のチンピラ二人が焼かれる。
照準レーザーが、ウィーニーの額に当てられる。
《捕縛対象確認》
「なんで、オレだけ捕縛なんだよ!?」
《対象識別:優先捕縛個体》
ウィーニーは、さらに細い路地に逃げ込む。
ウェブクロウラーは、壁に張り付きながらウィーニーを追う。
「しつこいな! なんなんだよ!?」
その時、ウィーニーの前をネズミが横切った。
「あいつは! アパートの!?」
ネズミは側溝に入った。
ウィーニーは咄嗟に追った。
側溝の蓋を持ち上げ、滑り込むように下水道に入る。
腕が擦り切れる。
「くっ!」
すかさず蓋を閉める。
ウェブクロウラーの赤い目が、網の目から覗く。
ギギィ……。
《捕縛不可》
《追跡を中断する》
ウェブクロウラーは、しばらく下水の中を照らすと、姿を消した。
「ふう……ありがとうな」
ネズミは尻尾を振ると、下水道の奥へ向かった。
ウィーニーは思わずネズミの後を追った。
下水道の中は、寒かった。
トイレの腐臭と同じ匂い。
いや、もっと濃い。
まるで、
この街の“全部の汚れ”が
ここに流れ込んでいるみたいだった。
ネズミと歩く街の最下層。
思わず呟いた。
「はは、ついに一番下まで落ちたな、オレ」
前を歩くネズミに話しかける。
「またお前に助けられたな……そうだ! お前、名前は?」
もちろん答えないネズミ。
「オレが名前つけてやるよ。そうだなぁ……」
その時、前を歩くネズミがピタリと止まった。
「ん? どうした?」
振り返ったネズミは、ウィーニーの顔を見て首を傾げた。
「なんだよ?」
その時。
下水道の奥。
暗闇の中で音がした。
ギギ……。
「なんだ!? またメカ!?」
コツン。コツン。
ザザ、ザザ。
足音。
そして、何かを引き摺るような音。
「違う!? 誰だ!?」
地上からわずかに差し込む光に、人影が輪郭を表した。
「こんな所に……人? 誰だ!?」
ガチャ。
「剣!? 甲冑!?」
再び光に浮かび上がった青白い顔。
「ガイコツ!? まさかこいつ……アンデッド!?」
コツン。
足を止めたアンデッド。
「Yo……待て……!」
息が詰まる。
「オレ……敵じゃねえ……ウィーニー……!」
一瞬、言葉が詰まる。
「……っ、違う……今それじゃねえ……!」
ギギギ……。
身を屈めて、剣をウィーニーに向ける。
「やめろ……ッ!」
気づけば、ネズミの姿が消えていた。




