第46話 ネクロマンサー 〜踏み入るな 二つの禁足地 手のひらの上の命 闇に浮かぶ失われた魂〜
ザッ。ザッ。ザッ。
革靴の硬いソールが、枯れ葉を割りながら進む。
「ファルコン少佐」
先頭を歩くファルコン少佐に背後の兵が声をかけた。
「なんだ?」
「この森はワイルドブラッドのテリトリーです」
「だからなんだ?」
兵は言いにくそうに顔を顰めた。
「ハンドガンしか持たず……このような軽装で大丈夫なのでしょうか?」
ザッ。
「少佐?……」
ファルコン少佐は足を止めて振り返った。
「今日は、戦いに来たのではない。我々の補給ラインを通すために森をわずかに切り開く。あくまでもその交渉に来たのだ」
「はい……。しかし、ワイルドブラッドがそれを許すでしょうか……」
ファルコン少佐の目が鋭くなる。
「早急に補給ラインを確保できなければ、どのみち我々は終わりだ。交渉が決裂すれば……やむを得ん。戦争も──」
そう言いかけた瞬間、兵士たちの足元に、無数の蔦が巻き付いた。
「なっ、なんだ!? 蔦が!?」
「くっ、う、動けない……」
20人の帝国軍兵士は、どこからともなく伸びてきた蔦に、一瞬で拘束された。
「おい、人間。戦争が、なんだって?」
ファルコン少佐の足元から、声が聞こえた。
「ウ、ウサギ!?」
緑に光る目を持つウサギは、やれやれと言わんばかりに、手を広げた。
「森に何の用だ? 返答によっては、今すぐ命を奪う。答えろ」
兵士達は、周りを見渡し、叫んだ。
「少佐! ウサギが、そっ、そこらじゅうに!?」
茂みの中、木の上に無数のウサギ。
目を光らせて弓を引いていた。
「くっ……」
「答えろ、人間」
ファルコン少佐は、息を吐いた。
「戦う意思はない。……交渉に来た」
「……」
沈黙。そして──
「ブワハハハハハッ!!」
ファルコン少佐の前のウサギが笑い出した。
それに続き、取り囲んでいたウサギ達も一斉に笑い出す。
「ギャハハハハハハ!!」
「なっ……」
前に立ったウサギは、腹を抱えながら、ファルコン少佐を指差した。
「ギャハハハ! 交渉だとぉ? 自分の姿が見えんのかぁ、バカめえ! 貴様らの命はもう森のモノだ!! ギャハハハハハ!」
「くっ……」
「貴様らに出来ることは、たった一つ。赦しを乞うことだ! まあ──許さんがな」
ウサギ達の引く弓が、キリキリと音を立てた。
「さあ、赦しを乞え。穢らわしい人間よ」
その頃、少し離れた反乱軍のキャンプ──
シルヴァーナが、鼻をピクリと動かした。
「侵入者」
ファントム将軍も顔を上げた。
「来た、か」
二人は立ち上がり、森の中に駆け込んだ。
セラは、シルヴァーナにもらった獣の牙で出来た剣を取り、慌てて後に続いた。
「待って!」
ワイザーは、セラに手を伸ばした。
「これ! セラ!」
セラはワイザーの制止を聞かず、シルヴァーナ、ファントムを追った。
ワイザーは息を吐いた。
「ふう。困った子じゃ……」
一方、ブラックゲートに向かうラプター大佐の小隊は──
「もうすぐブラックゲートが見える。神父。危険も伴う調査だ。付いて来ずとも──」
そう言うラプター大佐を、神父が遮った。
「いや。近頃はアンデッド出現の噂も聞く。私も気になってな」
「そうか」
「しかし大佐。ヴァンガードも連れず、たった数人の兵隊でブラックゲートを通るとは……大丈夫か?」
「ヴァンガードはファルコン少佐と共に南の森へ向かわせた。こちらに兵は裂けぬ」
その時、先頭を歩く兵士の足が止まった。
「伏せろ!」
大佐は身を屈めた。
「なんだ!?」
「大佐……アレ……」
ブラックゲートの前。
無数の人影が不自然にゆらゆらと揺れていた。
「アンデッド……剣士」
兵士が唇を震わせる。
「10や20じゃない! 100体以上……」
「狼狽えるな! ヤツら……一体何をしてる……」
無数のアンデッド達は、ブラックゲートの前で大きな円陣を作り、ただ──揺れていた。
ラプター大佐の背後から、神父が呟く。
「やはりか……」
「なんだ、神父」
「奴らは──待っておる」
ラプター大佐は神父を振り返った。
「何を?」
神父はそれに答えず、視線を円陣の中心に移した。
ラプター大佐も神父の視線を追った。
円陣の中心には、朽ちた杖を天に翳す影があった。
ボロボロに破れた赤いローブ。
錆びた髪飾り。
「あれは……シャーマンか?……」
「ネクロマンサー……」
「ネクロマンサー?」
神父は押し黙った。
ラプター大佐は、たまらず神父を振り返った。
「おい、神父。なんなんだ?」
「ネクロマンサーが、呼んでいる」
「だから、何を!?」
「死を統べる古き王──」
神父は唾を飲み込んだ。
「モルドレク……」
その名を口にした瞬間、ブラックゲートのアンデッド達が一斉にこちらを向いた。




