第3話 壱番街の檻 〜偽装ノートに書かれた正義のコード〜
「今日は……壱番街」
朝。
空は白かった。
煙か、霧か、それとも別の何かか。
ウィーニーは列に並んでいた。
前には十数人。
誰も喋らない。
金属音。
ギィ、と重い音を立てて、バリケードの門が開く。
帝国軍。
黒い装甲の兵士が二人、立っていた。
胸には神の紋章、腕には帝国軍のマーク。
銃口は、こっちを向いている。
「ID」
前の男が、震える手でカードを出した。
ピッ。
兵士は頷く。
「通れ」
男は、息を吐いて中に入った。
ウィーニーの番が来る。
ポケットからカードを出す。
端が少し折れたIDカード。
「……仕事。公衆トイレです」
小さく言う。
兵士はカードを無言で奪い、機械にかざす。
ピッ。
一瞬。
ほんの一瞬、間があった。
「……通れ」
返されたカードを掴む。
ウィーニーは壱番街の門をくぐった。
整然としていた。
路地裏とは違う。
ゴミがない。血の跡がない。
壁は、弾痕を隠すように塗り固められている。
──息が詰まる。
神の紋章を刻んだ白い旗と、帝国軍の赤い旗が、等間隔で交互に並んでいる。
ここでは旗が、壁を埋めている。
石畳の道。
端が均等に揃っている。
誰かが毎日、測って並べたような整い方だ。
行き交う人間は、目を伏せて歩く。
外の路地裏でも誰も目を合わせなかったが、それは怯えとは違う。
人々は、目を伏せることが、もう習慣になっている。
装甲の兵士が、十メートルおきに立っている。
銃口は常に、どこかを向いている。
巡回する兵士の靴音が、石畳に響く。
コツ。コツ。コツ。コツ。
リズムが揃っている。
狂いがない。
(……息が、しにくい)
外の路地裏の空気は腐っていた。
でもここの空気は、腐っていない。
管理されている。
それが、もっと息苦しかった。
ウィーニーは目を伏せて、公衆トイレに向かった。
トイレの扉を開けた瞬間、いつもの腐臭。
「ここだけは、変わらない……」
また、トイレの外を歩く兵士の足音が聞こえる。
コツ。コツ。コツ。
ウィーニーは足音に合わせて、思わず口ずさむ。
「Yo──オレはウィーニー。路地裏のウィーニー。今日は壱番街、居心地悪い問題外。整備しても、トイレは汚ねえ 問題ねえ」
少しずつ大きくなる足音。
気付かないウィーニー。
「整然。兵士はウォーク。大丈夫。凄惨オレのワーク」
その時、トイレの扉が勢いよく開いた。
「おい、貴様!何を言っている!」
向けられる銃口。
ウィーニーは目を伏せて頭を下げた。
「す……すみません」
兵士はウィーニーの首を掴むと、トイレから引き摺り出した。
一斉に注がれる壱番街の視線。
「怪しい。貴様、こっちに来い!」
二人の兵士が駆け寄り、ウィーニーの腕を掴んだ。
引き摺られるように連行された交番跡。
その奥に残る錆びた鉄格子に放り込まれる。
「IDを出せ!」
鉄格子越しに奪い取られたIDカード。
「身元が判明するまで、そこで大人しくしていろ!」
(身元って……そんなもんねえよ)
兵士は、ウィーニーを残し去っていった。
ガランとした交番。
いつの時代のものかわからない新聞が壁に貼ってあった。
ヘッドラインに目をやる。
【AI暴走。《機械侵攻軍》、殺戮メカを展開。――都市殲滅フェーズ、移行】
「殺戮メカ……」
その時、交番の入口に立った兵士の会話が聞こえた。
「昨日は三番街の上をドローンが飛んでたらしい」
「メカども、これだけ街を壊しても、まだ足りないってか」
「ああ。この壱番街もいつターゲットになってもおかしくねえ。アンデッドも目につくようになってきたし」
大きくため息をついた兵士。
「いつからこんな時代になっちまったんだろうな」
「全くだ。しかも、南の森では獣どもが騒いでるって噂だ」
「ワイルドブラッドどもか?」
「多分な。人から外れた獣人どもが」
兵士は、唾を吐き捨てた。
「メカども、ワイルドブラッドにアンデッド……カオスすぎる」
「ああ。そして、神族、魔族……人間の居場所なんてもう残ってねえな」
ウィーニーの眉がピクリと動いた。
「悪魔……もういるぜ、この街に」
天井を見つめるだけの時間。
陽が陰り、薄暗くなった交番に兵士の足音が聞こえた。
「おい貴様!出ろ!」
そう言うと、兵士はウィーニーのIDカードを投げつけた。
ウィーニーは、兵士に連れられてゲートに向かった。
兵士に促され、ゲートの外へ出る。
「卑しいガキめ。貴様にもう壱番街の仕事はない!」
ガツッ!
兵士はウィーニーの背中を蹴った。
前のめりに倒れたウィーニー。
蹴った兵士は、警備兵に言った。
「このガキのIDを無効にしろ。もう二度とここには戻ってこれないようにな!ハハハ!」
「はっ!」
警備兵がパソコンに手を置いた、その時。
倒れたウィーニーの視界に、人影が映る。
(あれは……)
沈みかけた太陽の光に角が光る。
横一列に並んだ悪魔数人。
「ストリートデビルズ!」
ウィーニーが叫ぶと、ゲートにいた兵士が銃を構え、アラートを鳴らした。
「てっ、敵襲!」
「なっ……なんでここに悪魔が……」
焦る兵士。
「なんなんだ、あの悪魔ども……」
「……ジャージ?」
大柄の悪魔が一歩前に出た。
「“返し”だ」
(マイクだ……)
兵士は一歩後ずさる。
「なっ、なんだと!?」
「昨晩、人間をいじめる人間を見た」
兵士は警備兵に向かって叫んだ。
「だっ、だからなんだ!? おい、司令官を呼べ! あっ、悪魔の襲撃だ!」
構わずマイクは続ける。
「悪魔より悪い奴は許さねえ。戦争だ!」
兵士はさらに一歩後ずさる。
「なっ、なんのことだ!?」
マイクは足を踏み鳴らした。
ドン! ドン!
それに合わせて、他の悪魔達も足を踏み鳴らす。
ドン! ドン! ドン!
ウィーニーが呟く。
「リズム……」
マイクが叫ぶ。
「ダイスだ!」
マイクの手に、横の悪魔が何かを乗せた。
サイコロ。
マイクはそのサイコロを親指で弾いた。
悪魔達の視線がサイコロに注がれる。
足元を転がる。
出た目は──“3”。
「MCナンバー3! テレンス! 今日はお前の番だ!」
兵士が銃を構え、口を震わせた。
「来る……うっ、撃ちますか?」
「ダメだ! 勝手な交戦は許されない! 司令部の指示を……」
悪魔の列から、また一人が前に出た。
ドレッドヘア。
ぐにゃりと曲がった二本の角。
すらっとしたシルエット。
サングラスをかけた悪魔。
マイクがその悪魔の肩を叩いた。
「ぶち込んでやれ、テレンス!」
丸腰の悪魔達を前に、兵士達は動けなくなっていた。
テレンスと呼ばれた悪魔は、リズムに合わせて肩を揺らし始めた。
ドン!
ドン!
ドン!
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YO──いくぜ
その銃、誰に向けてる?
命令待ちの顔でよく吠える
政府の金で買った正義
それでストリート? 笑わせる定義
群れてるだけのクルーでイキり
それで強え? 脳内だけの勝利
壊したの誰だ 答えてみろ
この街この空 濁った色
自然削って 欲で上書き
自分で歪めて 何を嘆き
混沌呼んだの誰だ?
お前ら人間だ
都合で壊して 都合で捨てる
都合で守る? よくそれ言える
後悔? 取り戻す?
その口で言えたな クズ
責任から逃げて 正義でコート
見た目だけ綺麗な偽装ノート
気取って吠えてるが中身は空洞
命令待ちの量産構造
牙もねえのに噛みつくフリ
危険気取るな その程度のフリ
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ウィーニーは這いずりながら、ゲートの隅に身を寄せた。
(デビルズのラップって……戦いの号令だったのか)
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お前ら人間──
オレらより悪い存在
隠す 誤魔化す 押し付ける
それが人間のやり方だろ
だから許さねえ
全部見てきた
悪魔? ああそうだよ
でもな──
隠してねえ
お前らは違う
壊しておいて被害者ぶる
それが一番腐ってるルール
排除? やってみろよ
消えるのはお前らだ
悪でもねえ
善でもねえ
腐った側からな!
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一瞬の沈黙。
そして背後の悪魔達から歓声が上がる。
「ウオォォォォ!!」
「ヒャッハー! テレンス、ブラザー!」
「最高だぁ!!!」
ウィーニーは震えた。
「カッコ良すぎる……ストリートデビルズ」
ウィーニーの足が、無意識にまだリズムを刻んでいた。
フリーズする兵士達。
「な……一体……なんなんだ、あいつら」
その瞬間。
悪魔達は、もう兵士達の目の前にいた。
マイクは兵士の額に自分の額を押し付けて言った。
「返しだ。そう言ったろ」
「ひっ!」




