第2話 半端もんのビート 〜ネズミとビート ゼロから刻むオレのルート〜
カビたマットレスしかないボロアパート。
床を叩き、ぶつぶつと呟くウィーニー。
その様子を、窓の外から“何か”が見ていた。
残飯で異常に太った野良猫。
──のはずだった。
その片目だけが、わずかに緑に光っている。
猫は髭を撫でながら、ウィーニーを見下ろし呟いた。
「このガキ、ついに頭がイカれたか」
ウィーニーが猫を睨み返した。
「あん?」
「便所掃除の半端もんが、ついに頭がイカれたかって言ってんだ、ハハハハ!」
ウィーニーは唇を噛んだ。
「……」
「今の、まさかラップのつもりじゃねーだろうな? だっせえ半端もんが、シャレに逃げるのか。名前通りの役立たず、まるでお笑いだな、お前」
「……」
ウィーニーは何も言えなかった。
「どれ、そのヘタクソな独り言に付き合ってやるよ」
そう言うと猫はピョンと部屋に入り、ウィーニーの顔を覗き込んだ。
短い尻尾で床を叩く。
トン。トン。トン。
「いくぜ半端もん」
────────────────────
ハハ、聞かせてやろう現実ってやつを
便所磨いて日銭稼ぐ、それがお前のルーティン
孤児院上がりのノーネーム、ノーコネ
積み上げたもの? ゼロ。将来? ゼロ。バランスシートゼロ
夢見てんのか、路地裏のネズミが
天井見上げたって、そこは他人の床だ
レント、払えんと出んと 出たら野垂れ死に
────────────────────
……っく。
────────────────────
お前の人生、そのまんまがオチだ、つまりFIN
ラップ? 笑わせんな、便所の落書き以下
韻? 踏んでる? いや、躓いてる、段差
マイクなんか持つな、モップが似合いだ
孤児のくせして夢見てんじゃねえ、場違い
この世界はファンタジー?
いや、お前の夢がファンタジー
────────────────────
(ムカつく……やたら……上手いし)
猫はニタリと笑い、続けた。
────────────────────
この街、見えてねえのか?
上じゃ神が旗振って
下じゃ骨が歩いて
横じゃ鉄が吠えてる
その全部に踏み潰される側だぞ、お前は
それでもまだ夢見てんのか
明日も黙って便所磨き
そのまま消える 半端もん
それがお前の“既定ルート”
夢? どころか
破滅に向かって、ウィーニー BYE
────────────────────
猫は鼻を上げ、ニタリと笑った。
「どうだ? 言い返してみろよ」
ウィーニーは床に視線を落とした。
「うるせえ……」
猫は笑った。
「ギャハハハハハ! だせえなぁ、ウィーニー! 野良猫にディスられて、“うるせえ”しか言えねえか! とんだラッパー志望だぜ!」
「……」
猫は重たそうに窓の縁に飛び乗ると、ウィーニーを見下ろした。
「諦めろ、半端もん。この街はそんなに甘くねえ。便所掃除してるのが一番幸せだ」
それだけ言うと、猫は姿を消した。
拳を握った。
でも──何もできなかった。
その時、部屋の角にある穴からネズミが顔を覗かせた。
「お前……ほら」
ウィーニーは慣れた手つきでカチカチのパンを割り、ネズミに渡した。
パンを齧るネズミを見ながら、ウィーニーは呟いた。
「オレとお前は同じだってよ」
ネズミは首を傾げた。
ウィーニーはまた小さく指で床を叩いた。
トン。トン。
────────────────────
Hey……yo……
オレはウィーニー
出自も知らねえ
猫にディスられ、チョークアウト
ネズミと分け合う残飯 それがディナー
オレの夢は……ファンタジー
確かにな、猫の言うとおり……かもな
────────────────────
すると、ウィーニーのリズムに合わせてネズミが尻尾を叩いた。
トン。
トン。
トン。
「お前……応援してくれてんのか?」
ウィーニーの指とネズミの尻尾が同時に動く。
「オッケー……」
トン。トン。トン。
────────────────────
オレの夢……ファンタジー
かもな でもな
まだ死んでねえ、オレはウィーニー
ネズミと刻むビート ボロアパート
からのスタート
言えばいい 今のうち
いつかお前は聞く オレのハート……
────────────────────
ウィーニーの指が止まる。
それでもネズミは尻尾を止めない。
「まだ、やれって?」
トン。トン。トン。
「……よし」
やるぜ……
────────────────────
これが今のオレ 等身大 どんなもん?
底辺? 結構
ゼロ? 上等
何もねえなら 何でも乗る
“既定ルート”?
知らねえよ、そんなもん
オレが踏んだら
そこがルート
悪魔と出会った夜 変えて取る
始める 今ここから
ダサくていい 始める オレのルート
────────────────────
ガタン!
隣の部屋の物音。
ネズミの尻尾が止まる。
部屋に、静寂が落ちた。
ネズミは穴に逃げ込んだ。
ウィーニーは、自分の手を見た。
「……まだ震えてる」
小さく笑う。
「でも、ちょっと出来た……気がする」
拳を握る。
トン。
もう一度、床を叩く。
その音は──さっきより、少しだけ強かった。




