第33話 借り物の言葉 〜韻とフロウ 教えられねえお前がねえ〜
夜明け前。
港に、波の音だけが響いていた。
「Yo。起きろ、ウィーニー」
目を開けると、シャクールの顔が目の前にあった。
「うわっ! 近い!」
「うるせえ。来い」
まだ誰もいない港。
薄明かりの中、シャクールはウィーニーの前に立った。
「今日は、ランニングの前にラップを教えてやる」
「え! 本当?」
「ああ。お前のラップはクソダサい」
ウィーニーは眉をひそめた。
「……わかってるよ」
「いいや、わかってねえ。お前のラップがダサい理由、教えてやる」
「ダサい、理由?」
シャクールは、ウィーニーの前に立った。
「お前のラップがダサい理由。三つある」
「三つ……」
「一つ目。韻が弱い」
シャクールは、ウィーニーのラップを真似した。
「"オレはウィーニー、路地裏のウィーニー" これ、韻か?」
「……踏んでるじゃん」
「バカ! お前は、同じ言葉を繰り返してるだけだ。それは韻じゃねえ。韻ってのはな──」
シャクールは、指でビートを刻んだ。
トン。トン。トン。
「底辺でもねえ 頂点でもねえ 路地裏で生まれた 名前も知れねえ それでも立ってる 消えるわけねえ」
「……」
「聞こえるか? "でもねえ""でもねえ""知れねえ""わけねえ"。母音が揃ってる。それが韻だ」
ウィーニーは、口の中で繰り返した。
「底辺でもねえ……頂点でもねえ……」
「わかったか?」
「……なんとなく」
シャクールは続けた。
「二つ目。お前のラップには"フロウ"がねえ」
「フロウ?」
「リズムに乗った言葉の流し方だ。お前は言いたいことを言ってるだけで、ビートに乗せる意識がねえ」
「どういうこと?」
シャクールは、トントンとステップを踏んだ。
「ボクシングと同じだ。ビートのリズムに体を合わせてから言葉を出す。言葉を先に考えてから乗せようとするからずれる」
「……」
「お前のラップは感情が先に出すぎる。感情が爆発した時だけ鳴る。それじゃビートを追い越しちまう。感情をビートに乗せるんじゃなくて、ビートの中に感情を閉じ込めるんだ」
ウィーニーは、その言葉を反芻した。
「ビートの中に感情を閉じ込める……」
「そうだ。お前は光を放って力を出すが、まだコントロールが出来ねえ。それと似てる」
「……コントロール」
「そして三つ目。これが、一番大事なことだ」
シャクールは、ウィーニーをまっすぐ見た。
「お前の言葉が、"借り物"だ」
「……」
「マイクの言葉。テレンスの言葉。フロイドの言葉。お前のラップにはまだお前がいねえ」
ウィーニーは、下を向いた。
「オレがいない……」
シャクールは、少し黙った。
「でも……それはオレには教えられねえ」
「え?」
「韻の踏み方もフロウの乗せ方も教えられる。でもな」
シャクールは、ウィーニーの胸を指で突いた。
「お前だけの言葉は、お前にしか作れねえ」
ウィーニーは、しばらく黙っていた。
トン。トン。
指が、無意識に膝を叩いていた。
「わかった……じゃあ、韻から教えてよ」
シャクールはニヤリと笑った。
「それでいい。行くぞ」
シャクールの背中を追いながら、ウィーニーは小さく呟いた。
「……オレだけの言葉、か」
夜明けの光が、壱番街の石畳を染めた。
司令室のあるビルの前。
整然と並ぶ数十人の黒い影。
漆黒の装甲が、夜明けの光を鈍く反射する。
継ぎ目がない。
胸の中央に、赤く輝く帝国の紋章。
兜はなく、顔だけが外に出ている。
首から下は完全に鉄に包まれていた。
両肩に盛り上がった装甲板。
腕は通常の人間の倍近い太さに見える。
白い吐息が風に揺れていた。
司令室の扉が開く。
「ラプター大佐。準備が整いました」
ラプター大佐は、地図から目を離さずに言った。
「ファルコン少佐。作戦を確認する」
「はっ」
ファルコン少佐は、地図の五番街を指で叩いた。
「第一段階。ヴァンガードが大通りに展開。メカを正面から殲滅します」
「次は」
「全路地を封鎖。バリケードを構築し、五番街を完全に包囲します」
「そして?」
「壱番街へ報告。増援と基地構築のための資材を要請します」
ラプター大佐は、地図から顔を上げた。
「ヴァンガードの装備は?」
ファルコン少佐は、自分の装甲に一瞬視線を落とす。
「メカのレーザーを遮断する新型装甲。パルスライフル。メカの連携と"マザーコア"からの指令を一時的に遮断できるグレネード型シグナルブレイカー。ヴァンガード数人にはアークキャノン装備。大型メカも一発で仕留められます」
「なるほど」
「その右腕のアタッチメントは?」
ファルコン少佐は右腕を上げた。
「ブレイカーガントレット。ドレッドウォーカーの装甲を粉砕できます」
ラプター大佐は目を細めた。
「メカどもの数も、何がいるかもわからん。想定外の動きがあっても対応できるか」
「ヴァンガードならば」
ラプター大佐は、ベレー帽を被り直した。
「行け、ファルコン少佐。五番街を取り戻せ」
「はっ」
扉が閉まる。
壱番街の石畳に、重い足音が響き始めた。




