第28話 お前を鍛える 〜その根性は認めるぜ!でも、口だけじゃねえとこ、お前も見せなきゃな!〜
早朝。
目を覚まし、ゆっくりと目を開けたウィーニー。
目の前に、ニタリと笑う悪魔がいた。
「シャクール……」
「Yo。目覚めたか? 行くぞ」
「へ? どこに?」
「いいから来い」
悪魔の朝は遅い。
人気のない13番街の港。
堤防に打ちつける波の音がわずかに聞こえる。
シャクールは、ウィーニーを待ち受けるように、背中を向けて立っていた。
「どうしたの、シャクール?」
「Yo。お前は、クソ弱え」
「な、なんだよ、いきなり」
ウィーニーは不貞腐れるように下を向いた。
「仕方ないじゃないか、オレは──」
ウィーニーは、ゆっくり頭を上げると、シャクールの姿は消えていた。
「え!?」
「それじゃダメだ」
背後から声。
ウィーニーは、慌てて振り返る。
そこにもシャクールの姿はなかった。
「ひっ!?」
再び背後から声。
慌てて振り返る。
手を広げ、肩をすくめるシャクールの姿。
ウィーニーは口をぽっかり開けていた。
「は……速い……」
「Yo、ウィーニー。お前が弱いのは、困るんだ。危なかしくって見てられねえ」
「……そんなこと言ったって……」
「お前を死なせたら、フリークスもロベルトも、んで、お前をデビルズに入れたマイクにも迷惑がかかる」
「マイク……」
「だから──」
そういうと、シャクールは再び目の前から消えると、一瞬でウィーニーとの間合いをつめた。
至近距離に突然現れたシャクールに驚き、ウィーニーは、尻もちをついた。
ウィーニーを見下ろすシャクール。
「お前を鍛える」
「……鍛える?」
シャクールはニヤリと笑った。
「そうだ! 一人で戦えなきゃお前はルーキーから一生抜け出せねえ。ランナーは、情報収集、スパイ活動。一人行動が基本だ。さらにその上の階級ヒッターは戦闘要員、当然戦えなきゃヒッターにはなれねえ。だから、お前を鍛える」
ウィーニーは、ポカンとシャクールを見上げていた。
「でも……オレ、喧嘩したことないし……だからラップで……」
コツン!
シャクールは、ウィーニーの頭を小突いた。
「痛っ!……」
「ばーか。口先だけじゃ生き残れねえんだよ、デビルズじゃな。それに、これから始まる戦争は、お前が呼び込んだんだろ。お前も戦わないでどうするんだよ」
「オレが呼び込んだ戦争……」
「だから、教えてやるって言ってんだろ」
「何をするの?」
シャクールは、顔の前に拳を上げて構えた。
踏み込む。
「シュッ!」
「ひっ!」
ウィーニーの顔の前で拳が止まる。
「ボクシングだ!」
「ボク……シング……?」
「デビルズと言ったらボクシングだ! 相手が神だろうが、メカだろうが、武器持ってようが、拳一つでぶっ飛ばす! それがデビルズだ!」
「そうなの?……確かに、ロベルトもドレッドウォーカーを、ワンパンで……」
「そうだ! お前がラップバトルしたトップ6のフロイドなんて、喧嘩5千万戦、無敗だぞ!」
「ご、5千万戦!?」
シャクールは呆れたように、空を見上げた。
「お前、ラップでディスかましたんだろ? フロイドに"負けを知らねえ悪魔クソだせぇ"とかって」
「い、いや、あ、あれは、夢中で……」
シャクールは笑った。
「ハハハ! その根性は認めるぜ! でも、口だけじゃねえとこ、お前も見せなきゃな!」
ウィーニーは、バツが悪そうに頷いた。
「……うん」
「まあ、いい。とりあえずランニングだ! 13番街を一周まわる。行くぞ」
「わっ、待ってよ!」
ウィーニーは、慌ててシャクールの背中を追った。
走り去る二人を、コンテナの上からタバコを吹かしながら見つめるロベルト。
吐いた煙が不自然に揺れた。
背後から声。
「報告」
膝をついた数人の悪魔。
フリークスのランナー達だ。
「おう、ランナーども、ご苦労。どしたぁ?」
「シャクールの言っていた西の遺跡群から、数台の偵察ドローンが湧き上がるのを確認。やはりあそこが、ガラクタどもの基地局かと」
「ふーん。そうか、わかったぁ」
ロベルトは、遠い目をしながら、タバコを咥えた。
今度は、別のランナーが、口を開く。
「壱番街の人間どもは、特殊部隊ヴァンガードを配備。5番街奪還の準備をしている」
「へえ。そうかい。わかったぁ」
「どうする、キャプテン?」
ロベルトは、タバコをコンテナに押し付けると立ち上がった。
「まずはトップ6に報告だぁ。んで、そのドローンはどこに?」
「六番街へ」
「六番街。確か人間どもが教会に中継基地を置いたってなぁ。中継基地潰して、退路を断つ、かぁ。ガラクタのくせに、賢いじゃねえかぁ」
ランナー達は、静かに頷いた。
「まあ、いい。お前らは引き続き街の動きを観察しとけぇ」
ランナー達は、頷くと背を向けた。
「あ、そうだ」
ロベルトはランナー達を呼び止めた。
「トラッシュどもにしっかり"餌やり"するように言っとけぇ。"あいつら"が必要だぁ」
ロベルトがそう言うと、ランナー達は静かに姿を消した。
ロベルトは、小さくなったシャクールとウィーニーの背中を見ながらニヤリと笑った。
「鍛えろよぉ。始まるぜぇ」
その頃、帝国軍が陣取る壱番街──
司令室のドアが開いた。
「失礼します」
「ファルコン少佐、無事か?」
「ラプター大佐、ご心配をおかけしました」
「よい。それより話を聞かせてくれ。あの時、何が起きた?」
「あのガキ……ただの人間ではありません」
「そのようだな。何者だ?」
ファルコン少佐は、ウィーニーに殴られた頬を撫でた。
「わかりません。突然体が光ったと思ったら、もう目の前に……」
「悪魔どもとの関係は?」
「それが……悪魔どもは、ガキを助けようとしていたわけでないようで。悪魔どもは……オレ達より悪い奴は許さない、と」
「ふん。悪魔の分際で何を。それでも、あの少年のいるところに必ず現れる……どういうことだ……」
「わかりません。ただ……壱番街での襲撃に関する報告書を見せてもらいましたが……」
「それが?」
「悪魔どもはリズムを刻み、何やら訳のわからないことを言っていたと」
「ああ、報告書にはそう書いてあった。それがどうした?」
ファルコン少佐は、下を向いた。
「昔、古い伝記で読んだことがあります」
「伝記、だと?」
「はい。その昔、魔族の中に、何にも従わない悪魔の集団がいた。戦いの前にリズムを刻み、"言葉"を叩きつけることで、自らを鼓舞し、とんでもない力を使う悪魔の集団……」
「言葉?」
「ラップ……というそうです」
「ラップ? 知らんな。なんだそいつらは?」
「魔族のアウトロー……デビルズ」
「魔族の……アウトロー?」
トン! トン!
その時、司令室のドアが開いた。
「ラプター大佐! 特殊部隊ヴァンガード揃いました!」
「うむ。ファルコン少佐。まずは、メカどもから五番街の奪還だ! ヴァンガードを率いて、メカを一掃し供給ラインを確保せよ!」
「はっ」
司令室のドアが閉まる。
──同じ頃。
13番街。
荒れた港を、ウィーニーが走る。
「はあ、はあ……!」
まだ何も知らない背中。
世界の動きが静かに重なっていた。




