第90話 ストリートの王 〜地獄が下した極刑 それでも曲げねぇ俺らの旗 王は生まれじゃねぇ 自分で奪うその頂〜
暗闇を、赤黒い炎が照らしていた。
その玉座の足元は、光すら避け、底の見えない闇が広がっていた。
「神が、動いたか」
玉座の男が、ゆっくりと目を開ける。
それだけで、地獄が、揺れる。
無数の影が、一斉にひれ伏した。
「それよりも問題は、あの外れ者どもだ」
ジャロンが、静かに顔を上げた。
「ダマト様。神は、休戦協定が破られた、と」
ダマトは、表情を変えず、天を突き刺すような牙を、指で撫でた。
「それはよい。だが、戦争の可否は王である我が決定する」
「その通り、かと」
「再三に渡る地獄からの警告を無視し、挙句、許可なく神と交戦とは──目に余る小悪魔どもの所業」
ジャロンは、下を向いて言った。
「して──ストリートデビルズ、奴らへの処分は?」
「極刑だ」
ひれ伏した無数の影は、少しも動かない。
炎の音すら消え、地獄が、静まり返った。
「我が名を背負い、我が命に背いた。もはや魔族にあらず」
ダマトは、玉座の肘掛けに指を置いた。
「ストリートデビルズを、根絶やしにせよ」
ジャロンは、魔王ダマトに問い返した。
「根絶やし……。ご子息も、ということで?」
ダマトは、ゆっくりとジャロンを見下ろした。
一瞬の沈黙──
「それ以外なかろう」
「……御意」
ジャロンは、満足げに目を細めると、黒い霧となり、その場から姿を消した。
一方、13番街に戻ったウィーニーは、クラブの前で話すロベルトとオスカーを見つけた。
ロベルトの報告を聞いたオスカーは何も言わずにクラブの中に消えて行った。
ウィーニーは、ロベルトに駆け寄った。
「ロベルト! ……ごめんなさい。オレ、また勝手に……」
ロベルトは、表情を変えずにウィーニーを見下ろした。
「勝手、だとぉ?」
「はい。すみませ──」
「いいじゃねえかぁ」
「え」
「勝手なのがオレ達、デビルズだぁ」
「ロベルト……ありが──」
「だが、やった事には結果が返ってくる。そのケツ持つまでが、自由ってやつだぁ。忘れんな、ガキィ」
ロベルトは、それだけ言うと背を向けた。
「ケツ持つまでが……自由……」
ロベルトの姿が消えると、クラブの中から漏れる重低音が、止まった。
クラブ666の最深部。
玉座に座るキング・デヴィンは、いつものように肘掛けに手を置き、目を瞑っていた。
テレンスが、長いドレッドヘアを摘みながら口を開いた。
「やりやがったなぁ、フリークスの奴らぁ」
フロイドは、手にしたバイクのキーの先でジェシーを差して言った。
「ジェシー。お前がラップかまして突っ込んだんだろう。今回は、お前の責任だぞ」
ジェシーは、ケタケタと笑った。
「ハハハッ! うるせえよ、フロイド。あのガキは、オレ達の仲間だろうが。助けてやっただけだぁ、ハハハッ!」
オスカーは、頭を抱えて言った。
「こんな時だけ仲間なんて言葉使うな、ジェシー。お前は暴れたかっただけだろうが」
「あん? なんだオスカー。てめえも、そのつもりでコソコソ動いてたんだろうが、ハハハッ!」
「オレは、常に動いている。お前のように考えも無しに動くことはないからな」
「うるせえよ、インテリめ。殺すぞ、ハハハッ!」
マニーは、何も言わずトントンと指でビートを刻んでいた。
テレンスは、大きく息を吐いてマイクの方を見た。
「マイク。どうするよ?」
マイクは、一瞬間をおくと、デヴィンの方を見ながら言った。
「オレじゃねえ。ここは、キングの声を聞くべきだ」
クラブに沈黙が落ちた。
マイクは、トップ6の面々を見渡しながら言った。
「言うまでもねえが……デビルズは地獄からの警告を二度無視して戦争に首を突っ込んだ。ガラクタども、そして今回の神と森」
マイクは、下を指差しながら言った。
「底の奴らは、もうオレ達を同族だと思ってねえ」
デヴィンの眉が、わずかに動いた。
「オレ達を、潰しに来る。一人残らず──それが、ダマトだ」
マニーは、ゆっくりと指でテーブルを叩きながら、オスカーの顔を覗き込んだ。
「オスカー。予想通り、か?」
オスカーは、天井を見上げ静かに言った。
「フン。結成した日から、その未来は見えていた」
マニーは、ニヤリと笑った。
「だよな」
再びクラブに沈黙が落ちた。
ジェシーの爪を噛む音だけが響く。
「デヴィン」
マイクは、たまらずデヴィンに声をかけた。
「デビルズは、どうす──」
マイクが、話し始めるのを遮るように、デヴィンは立ち上がった。
ゆっくりと円卓の周りを歩き始めたデヴィン。
マニーはテーブルを叩くのをやめ、ジェシーは、爪を噛むのをやめた。
カツン。
カツン。
ブーツの音だけが、響いていた。
ジェシーの後ろに立ったデヴィン。
「MCナンバー6、ジェシー。オレ達は、誰だ?」
ジェシーは、即答した。
「ストリートデビルズだぁ、ハハッ」
デヴィンは無造作にダイスをテーブルの上に投げた。
カラン、カラン。
乾いた音が響く。
ダイスが示した数字は──“6”だった。
「MCナンバー5、マニー。オレ達は、誰だ?」
「ストリートデビルズ」
デヴィンは、もう一つダイスを転がす。
カランッ。
示した数字は、“5”
「MCナンバー4、フロイド。オレ達は──」
「ストリートデビルズだ!」
ダイスは、“4”を示した。
テレンスは、眉を顰めた。
「まさか……」
「テレンス。MCナンバー3。オレ達は、誰だ?」
「ストリート……デビルズ」
カラン。
ダイスは、“3”を示す。
「デヴィン、これって……狙った数字を……」
「MCナンバー2。オスカー、オレ達は誰だ?」
オスカーは目を閉じたまま言った。
「ストリートデビルズ、だ」
カラン、カラン。
フロイドが呟く。
「2だ……」
デヴィンが、マイクの椅子の後ろで足を止めた。
「マイキー。お前は、あのガキを可能性と言った」
マイクは、前を見据えたまま言った。
「そうだ。そう言った」
デヴィンは、マイクの肩に片手を乗せた。
「マイキー。お前がここに座る可能性を創ったのは誰だ?」
マイクは、静かに答えた。
「デヴィン。あんただ」
デヴィンは続けた。
「マイキー。ストリートデビルズが存在する可能性。創ったのは、誰だ?」
マイクは、トップ6の顔を見渡して言った。
「キング・デヴィン。あんただ」
デヴィンは、ニヤリと笑った。
「可能性を創るのは、いつもこのキング・デヴィンだ」
コトッ。
デヴィンは、マイクの前にダイスを置いた。
“1”
デヴィンは、マイクの顔を覗き込んだ。
「マイキー。覚悟は出来てんだろうなぁ?」
デヴィンの目の奥で、赤い光が浮かび上がった。
「てめえの“親父”──殺すぞ」
マイクは、デヴィンの目を見据えた。
誰もが、息を止めていた。
マイクは、小さく息を吐いて言った。
「ああ。やろうぜ、キング・デヴィン。王は、──あんた一人でいい」
デヴィンは、トップ6に背を向けた。
「ストリートデビルズ。オレ達は、何にも縛られねえ。オレ達より悪い奴は、許さねえ──」
自室のドアを開け、わずかに振り返ってデヴィンは言った。
「ストリートの王は、オレだ」




