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『脇役女優』が『悪逆王子』と代わったら  作者: 千切キャベツ
第1章 第三王子所領政変録
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1章:第14話 とある人狼の追憶①

 

 俺が初めて人間の街へ行ったのは、八歳の時だ。

 通っていた幼学校のイベントだった。学年全員で三日歩いて国境を越え、隣国の辺境領からほど近い都市を見学した。


 苦労してたどり着いた人間の街は、驚愕の連続だった。首が痛くなるほど高い建物。真四角の石が敷き詰められた道。馬なしで走る馬車に、鉄箱がいくつも連なってできたデカい蛇。少ない小遣いで買った氷菓子はとろけるほど甘くて、耳と尻尾がふにゃふにゃになる。おかわりを巡って、双子の妹と本気で取っ組み合いになっちまった。

 見るもの、食うもの、生まれ育った村とは何もかもが違う。全てが新鮮で、華やかだった。

 


「大きくなったらここに住みたい!」



 そう叫んだのは俺じゃなかったが、気持ちは同じだった。恐らくその場にいた全員がそう思っただろう。

 でも、それを聞いた教師は一言、「それは難しいでしょうね」と顔をしかめた。


「えー、どうして?」

「仕事が無いからですよ。人間の国では畑を耕すのも、建物を作るのも、水を飲むのにだって……とにかく、あらゆることに精霊を使います。でも、私たち獣人は精霊を使えないでしょう?」

「うん……」

「それでは、人間の国で人間のように働くことはできません。働かなくては、住むところもご飯も得られません。だから、私たちが人間の街に住むのは難しいのです」

「そっかぁ……」


 質問をしたヤツだけでなく、全員が落ち込んだ。俺の頭には、両親の姿が浮かんでいた。みすぼらしい恰好で、手に血豆を作り、腰痛と戦いながら必死に鍬を振るって畑を作っても、この街で暮らすことはできない。

 そんなことを思ってすぐに、不快感が腹の底から湧き出てきた。ほんの一瞬でも、オヤジとオフクロを蔑んだ自分が嫌だった。俺と妹を目一杯愛してくれている、優しい両親の子供に生まれたことは決して不幸なんかじゃない。……そう、自分に言い聞かせていることが、なおさら俺の気分を暗く落としていった。

 

 こんなことなら、人間の街になんて来たくなかった……。

 

 そんなことを思っていると、


「でもね」


 教師は柔らかく微笑みながら、諭すようにこう言った。


「難しいだけで、何も不可能じゃないんですよ。精霊が私たちには使えないように、私たちにしか出来なくて、人間にはできないことが、ちゃんとあるんです」


 周りの表情に、輝きが戻ったのが分かった。


「ぼくたちでも人間の街で暮らせるの!?」

「しごとがあるの!?」

「ええ、そうですよ。……ふふ。みなさん落ち着いて。これから、その内の一つを見学しに行きましょう。私について来てください」


 そうして案内されたのは、それまで見たどんな―――領主の館よりも、巨大な建物だった。

 着いたその瞬間、空気が爆発した。

 音だ。建物の外に居ても、肌がビリビリ震えるほどの音が伝わってくる。教師は人の声だと言うが、こんなもんは雷だ。そばにいた妹が耳を塞ぐために頭を抱える。俺も、尻尾が総毛立つのを抑えられなかった。


「ここは、コロシアムといいます!」


 教師が声を張り上げる。が、後ろの方に居るヤツには聞こえなかっただろう。


「この! 大歓声を起こしているのは、人間ではありません! 我々と同じ、獣人の英雄たちなのです!」


 一体、この建物の中で何が起こっているんだ。どんな凄いことがあったら、こんな音が生まれる?

 さっきまであった不快感が薄れて、好奇心が膨らんできた。周りの奴らは俺以上に期待をした目をしている。

 俺はすっかり怯えた妹の手を引いて、教師に続いてコロシアムの中へ入った。


 

 

 競技奴隷。


 それが、俺たちに知らされる最初の奴隷だ。

 だだっぴろいステージをちょうど半分ずつに陣地で分け、6人ごとの2チームで戦う。各チームはボールを一つ持ち、それを相手陣地の最奥にあるゴールへ叩き込めば勝ち。観客は、ステージの上をぐるっと囲むようにして上から見下ろし、酒なんかを飲みながら贔屓のチームを応援する。

 妨害あり。……相手を行動不能にしてしまえばそれだけゲームが有利に進む。むしろボールなんてオマケだ。観客もステージの獣人たちも、血を見ることしか望んでない。


 村では禁止されている『転化』の宿呪。それを思いっきり使い、血の中を駆け回る姿。

 対峙した相手を殴り倒し、咆哮を上げ、最後まで立っていた者がゴールを決める。その瞬間に待っているのは、外で聞いたのが虫の羽音に思えるくらいの大歓声だ。誰もが勝者の名前を叫び、褒め称える。


 正直に言って、カッコよかった。

 男も女も関係ない。獣人に生まれてアレに胸を打たれないなら、きっと尻尾がもげちまってるに違いない。

 全ての試合を見終わるころには、俺の夢は決まっていた。


「みんなが成人―――15歳になったら、村に奴隷商人さんがやって来ます。その時までに精いっぱい体を鍛え、美しくなるように自分を磨きましょう。買ってもらえる(・・・・・・・)のは、ほんの一握りの者だけですからね」


 教師の言葉に、その場にいた全員がでたらめに鬨の声を上げて応えた。

 当然俺もだ。武者震いで全身の毛が逆立った。


 でも、その時。興奮しすぎていた俺は、手を握ったままの妹が、一人だけ顔を上げていなかったことに気が付かなかった。


「……変なの」


 その呟きの意味を知るのは、六年後のことだった。



 こうやって、俺たちは奴隷になる努力を始める。

 両親も応援する。村に残り、俺たちを生んだ親の世代は『売れ残った』存在だ。容姿や能力で他より劣るから、商人の目に留まらなかった。奴隷になれなかった。それが獣人の国では恥ずべきことで、親は自分の子供こそは、と奮起する。売れなかった子供は『弱者』と罵られ、家を叩き出され、結婚して子供を作るまで村の中で虐げられる。兄姉の世代でそれを目の当たりにした俺たちは、より一層奴隷になりたいと願う。


 俺も必死で努力した。

 だが、自分ではどうにもならない現実がある。身長。骨格。筋肉の付き方。そのどれもが理想通りにならない。毎日誰よりも遅くまで体を鍛え、尻尾がハゲるほど思い悩んでも、結果は変わらない。絶望だった。15になって売れなければ、あの優しかった両親も鬼に変わる。村八分にされる地獄から抜け出すために、好きでもない女と結婚して子供を作るためだけに生きていくのだろう。


 そんな風に、鬱になりかけていた時だった。




「奴隷でいることは、恥ずべきことです。あなた達は、それを自覚しなければならない」



 隣国からやってきた特別講師が、そんなことを言った。

 14歳を迎えた俺たちの、最後の一年を激励するために招かれた人間の講師だった。


「奴隷になるということは、モノになるということです。自分の命を、時間を、自分のために使えなくなるということです。誇りと自由を失い、家畜やペットと変わらない存在に貶められるということなのです。それでいいのですか?」


 まるで意味が分からなかった。

 俺だけでなく、クラスの大半が同じように呆けた顔をして講師の言葉を耳から受け流していた。


「体格や容姿だけがあなた達の価値ではありません。まだ自分でも見えていない、さまざまな可能性があるのです。奴隷になるということは、そういう未来を手放すということなのだと理解してください」


 そう訴える彼女の目には、薄く涙が浮かんでいた。

 俺たちと同じように呆けていた担任が、慌てて講師を羽交い絞めにする。『転化』していなくても獣人と人間には隔絶とした腕力の差がある。担任は男で、講師が女だったのだからなおさらだ。抵抗も大した意味をなさず、彼女はすぐに教室を追い出された。

 ざわつく教室を担任が適当な言葉でなだめるが、誰も聞いていない。講師の言葉が響いたわけではない。聞こえてくるのは大抵が「何言ってんだ、あの人間?」といった疑問ばかりだ。

 

 だってそうだろう。

 奴隷にならなければ、この土と家しかない村の中で迫害されるだけなのだ。結婚して子供ができても、みじめに鍬を振り続ける生涯に変わりはない。逆に、買われれば煌びやかな人間の街で優雅に暮らせる。奴隷になることが恥なのではなく、ならないことこそが最大の恥なのだ。それが俺たちの常識だった。

 

 結局、俺たちの中であの人間の講師は「変な人間」ということで落ち着いた。

 彼女のその後は知らない。今にして思えば、獣人国の領内で奴隷批判など行えば無事で済むとは考えづらいので、ひょっとすると処刑されてしまったのかもしれない。良くても投獄は免れないだろう。彼女がどんな信念の元で俺たちの前に現れ、リスクを背負ってまで言葉を投げかけたのか。

 それはわからない。

 俺たちへの影響もほとんど無かった。

 そう、ほとんど―――たった一人、俺の妹を除いて。




「ショウ兄さんはさ、頭いいよね」


 14歳の初冬。奴隷商人が来る前、最後の身体測定の後。予想通り芳しくない結果に落ち込んでいる俺の元へ、双子の妹―――シュナがやってきてそう言った。


「なんだよ急に」

「いやさー、いっつもお父さんの畑を手伝ってるじゃない? その時、この畑にはどれくらい肥料をまけばいいーとか、去年にくらべてこれくらい収穫が落ちたーとか、だから税金がいくらぐらいに変わるーとかさ、よくぽんぽん言えるな、と前から思ってたわけですよ」

「そんなもん、ただの計算だろ。幼学校で習ったじゃないか」

「うん。もちろん習ったよ、わたしも。でもさ、わたしにはショウ兄さんみたいにはできないんだよね。お母さんだって、すっごく時間が掛かったり間違ったりするじゃない? だから最近は兄さんに任せっきりじゃん」

「……まあ、な。オフクロと比べたら、得意かもな」

「でっしょ? だから凄いなーって」

「ひょっとして、慰めてくれてんのか?」

「ん、まあね。ってか言わないでよ! そーゆーの!」


 シュナが顔を赤くして抗議するが、俺はそれを素直に喜べる心境じゃなかった。


「慰めになってねーよ。計算なんて出来たって競技奴隷にはなれない」

「……競技奴隷、ね。ならなきゃダメなのかなー、それ」

「……何言ってんだ?」

「半年前にさ、講師の人が言ってたじゃん? あの人間の。……『体格や容姿だけがあなた達の価値ではありません』ってさ。ショウ兄さんは体が小さいけど、頭がいい。それって価値があることでしょう?」

「……」


 シュナがそういうことを考えているのは、以前から何となく知っていた。俺と双子だとは思えないほど、シュナは体格も外見も優れている。体を鍛えれば競技奴隷の筆頭候補にだってなれるはずなのに、何かと理由をつけては訓練を休んでいたのだ。

 それについて、周りからは不出来な兄に気を使っているとか、自分は余裕だと高をくくっているだとか、色々噂されて距離を置かれている。何度か話もしたが、いつものらりくらりと躱されてしまう。

 

 ずっとふざけたヤツだと思っていたのだが……俺は見てしまったのだ。


「シュナは、歌が上手いよな」

「…………えっ!?」

「三日前か? ギメル丘の上で歌ってただろ。夜中に、一人で。危ないぞ」

「み、見てたんだ……あはは、恥っず」

「いつから練習してるんだ?」

「八歳からだから、六年かな? 人間の街から帰ってきてからずっとだよ。覚えてる? 氷菓子を食べた公園でさ、歌が流れていたじゃない」

「……覚えてねー」

「氷菓子に夢中だったもんね、兄さんは。あの時、わたしは自分の分のおかわりを兄さんに取られて、ふてくされて一人で公園の中を散歩してた。皆や先生からも離れて、歌の流れていたほうにふらふら~っと」

「お前、そんな危ないことしてたのか!?」

「あはは。やっぱ気づいてなかったんだ。結局、すぐに先生に連れ戻されたけどねー……でも、その時に見たんだ。あの歌を歌っていたのが誰だったか」


 シュナが目を閉じる。きっと、瞼の裏にはその時の映像が浮かぶのだろう。


「二人組だった。片方は人間で、もう片方は水槽に入った人魚。コロシアムとは比べものにならないくらい小さなステージだったけど、満員のお客さんがいた。二人の声が微妙にズレてて、でもそれが心地よく響いていて……とっても綺麗だった。例えようがないくらい」

「……その、人魚は奴隷だったのか?」


 答えは分かっていたが、聞かずにはいられなかった。

 案の定、シュナは首を横に振る。


「人魚の人に、首輪が無かったのははっきり覚えてるよ」


 まあ、そうだろう。奴隷だとしたら、人間と一緒に歌なんて歌うわけがない。


「あの日、先生は『精霊を扱えないから』獣人は奴隷になるしか人間の街で生きる方法はないって言ってた。でも、じゃああの人魚は? 人魚だって精霊系統の宿呪は持ってないはずでしょ?」

「そうだな」

「……たぶん、あの二人はああいう風に歌を歌って、それを仕事にして生活しているんだと思う。コロシアムみたいに、お客さんからお金を取ってね。だったら……」


 当たり前だが、獣人よりも人魚の方が陸上の生活は難しい。

 その人魚が人間の街で暮らせるということは、俺たちにだってできないことはないはずだ。

 そして、獣人の国の外でなら、奴隷にならないからといって迫害されることも、無いのだろう。あの講師の言葉は、そういう意味だったはずだ。


「シュナは、歌で生きていきたいんだな」

「うん……競技奴隷みたいに戦ったりするのはちょっと、性に合わないかな」

「なんだそりゃ、本当に尻尾付いてんのか?」

「皆が皆、そんな風に考えているわけじゃないでしょ。きっと、無理している子もたくさんいるよ」

「ま……そうだよな……」


 生まれついた向き不向きというのは誰にでもある。

 俺が―――競技奴隷に向いていないように。

 もう、分かっていたことだ。どんなに頑張っても、あと数か月で俺の体が変化しないことくらい。

 納得して、諦めがつくくらいには、努力してきたつもりだ。


「でさ、あの……わたしも兄さんも、たぶん奴隷には選ばれないじゃない?」

「はっきり言うな、おい」

「そしたらさ、家を出ることになるでしょ。わたしはさ、人間の街に行って歌で食べていこうと思っているんだけど、その……お金のこととか、色々計算が必要になってくると思うんだよね」

「そうだろうな」

「だからさ、その……ね?」


 俺は溜め息を吐いて、たっぷり五秒考えた。

 

 断る理由は、どこにもなかった。








 この時。

 俺には、『奴隷』についての悪感情はそこまでなかった。

 諦めるべき夢でさえあった。

 半年前、人間の講師が涙ながらに訴えていた言葉を、俺は―――シュナでさえ、きちんと理解できていなかった。

 だから15歳になった成人の日、俺たち二人は律儀にその場所へ向かってしまった。


 『奴隷市場』。


 そこにいたのは、肉と欲望で膨れ上がり、隣国の第三王子という暴力(けんりょく)を携えた―――


 

 悪魔だった。

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