↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『脇役女優』が『悪逆王子』と代わったら  作者: 千切キャベツ
第1章 第三王子所領政変録
19/26

1章:第12話 役名:『第三王子』②

「……あたし?」


 アンネリーゼの声が執務室に響く。

 不思議そうな表情とは裏腹に、歌うような声色だった。


「君だよ。他にもいるのか? アンネリーゼって名前の人」

「別に、いないけど……何よ今の言い方は。バカにしてんの」

「いやいや、単純に全員の名前を知らなかっただけだよ。そう怒らないでくれ」


 アンネリーゼに睨まれても、リーニェの様子は平然としたものだった。

 彼が内心で『七霊』を恐れているのは、スヴェトたち使用人の間では周知の事実である。

 表向きは尊大な態度を取っていても、対面した際は目を合わせることすらできない。当のアンネリーゼは体を見られていると勘違いしているようだが、本当のところは怯えから来ているのだ。

 

 しかし、今は違う。

 

「で、どうなんだ。君から見た僕は、どんな王子だった?」


 相変わらず無礼を咎めることはしないが、怯えている様子もない。

 どころか、親しみを覚えているような態度だ。スヴェトたちに質問を投げた時に纏っていた覇気は薄まり、それこそ従姉に話しかける際の気軽さが伺える。

 むしろ、アンネリーゼの方が面食らっているほどだった。

 

「あんたねぇ……記憶喪失だか何だか知らないけど、いいの? こんな大勢の前でそんなこと、よりにもよってこのあたしに聞くなんて。ひょっとして、あたしがどんな人間なのか、分かってないの?」

「いいや? 記憶は無いけど察しはついてるよ。だからこそ聞きたいんだ。ありのままを脚色せず、皆に聞こえるように伝えてくれ」

「へぇぇ。そう。いいんだ。どういうつもり?」

「言ったろ。僕は僕自身のことを知りたいんだ。良い面も、悪い面もね」


 そう言って、リーニェは笑う。

 贅肉にまみれていながら、爽やかに感じる笑顔。記憶喪失以前を知るスヴェトからすれば、違和感から逆に不気味な印象を受けるほどだ。


「あっそう。じゃ、お望み通りにしてあげる―――」

 

 しかし、アンネリーゼは瞳に喜悦を浮かべる。

 嗜虐心を宿した色だ。半ば呆けて会話を聞いていたスヴェトの脊髄に、嫌な予感が駆け抜ける。


「さっきまであんたが言われてたことはね、全部お世辞よ。真っ赤なウソ」


「っな!?」


 声を上げたのはスヴェトではない。最年長の書記官だ。

 アンネリーゼは構わず続ける。


「良い面? ひとっつも無いわよ。実際のあんたは、王子としても人としても無能で、無駄で、無様で無意味。呼吸してご飯を食べてセックスするだけのブタだわ。あー、せめて繁殖して子供を残すんなら使い道はあるんだけど……それもしない。あはは! 改めて口にすると凄いわね。せっかく死にそうだったのに、なんで生きてんの? あんた」


 雷に打たれたように、話を聞いていた全員が硬直した。

 笑っているのはアンネリーゼだけだ。リーニェの顔からも笑みは消え、それを伺うスヴェトたちには恐慌が浮かんでいた。



 ―――何だ、一体。何が起きてる!?

 執務室の空気は、異様としか言いようがなかった。

 スヴェトの立場からすれば、アンネリーゼの発言は即座に否定しなければまずい。

 しかし。


「何となく…………ろくでもないんじゃないか、とは思ってたんだが。僕はそんなにひどかったのか?」

「そうねぇ。暗殺で死にかけてもチャラにならないくらいには、クソよ」

「うーん、そうか。なるほどな……。記憶喪失は幸運だったかもしれないな。自殺せずに済む」


 スヴェトが何かを言う前に、リーニェは嘆きながらも受け入れている。

 アンネの言葉を一切疑わず、スヴェトや書記官たちに確認をとろうとすることもない。つまり、先ほどまで彼らが話していたことを、全く信じていないということだ。


 これでは、うかつに口を挟めない。


「意外だわ。ブヒブヒ言いながら殴り掛かってくるかと思ってたのに」

「そうだな……自分でも不思議なんだけど、アンネの言葉が事実だっていう実感は沸くし、罪悪感はあるんだ。でも記憶喪失のせいかな、どこか他人事に感じるところがある」

「ふぅん。じゃ、ついでに言っとくわ。あんた、芸術に関するセンスなさ過ぎよ。知ってた? この宮殿に飾られてるの、三分の一くらいニセモノなんだけど」

「ええ!? 本当に!?」

「大マジよ。前に言った時はあんた、信じなかったけどね」

「いや、信じるよ……確かに僕ならやりそうだ」


 切り口を探して頭を悩ませている内に、二人の話題が切り替わる。

 結局、スヴェトは会話が終わるまで一言も発することができなかった。


「……ありがとう、アンネ。ようやく少し、本当の自分を知れた気がするよ」

 

 そう言って照れたように頭を掻く姿からは威圧感が鳴りを潜め、親しみのある愛嬌を感じさせる。

 

 執務室内の空気が急速に弛緩していくのを、スヴェトは感じた。

 安堵からあからさまに溜め息を吐いて、メイド長に叱責される若い書記官までいるほどだ。

 書記官は全員が平民であり、王族に無礼を働けば処罰は免れない。ナギが声を荒げるのは当然の対応だった。


 しかし、これもリーニェは手で制する。


「いいんだ、ナギさん。この質問には肩ひじ張らず、おべんちゃらは抜きで答えを聞きたい。例えそれがアンネのような意見でもね。……ああ、別に君や執事長を責めているわけではないよ? 褒めてくれたのは単純に嬉しかったから」


 当の王子からこう言われてしまっては、叱り続けるのも無礼に当たる。ナギは引き下がるしかないし、同じようにスヴェトが割って入ることもできなくなってしまった。

 

 そして、何も言えないスヴェトをよそに、リーニェは『自分をどう思うか』という質問を再開する。

 先ほどより―――いやむしろ、執務室に入った時よりも遥かに穏やかになった雰囲気の中で、若い書記官や護衛騎士に対して問いかけていく。

 彼らが定型文の賛辞を述べるたびに、アンネリーゼが横から茶化したり、リーニェ自身がより砕けた様子で混ぜ返したりして、一つ二つの不満点を引き出していく。

 

 食べ過ぎで健康が心配だ。

 警護のために私室への立ち入りが必要だ。

 大切な美術品を傷つけないために、柵か何かを設けてほしい。

 馬房が老朽化しているので、修理してもらいたい。

 累積する書類の整理が追い付かないので、書記官の増員を検討してほしい。


 最初はご機嫌取りともとれる当り障りのない不満だったものが、小さな相談のようなものになり、やがて要望へと変わっていく。

 リーニェはそれら全てに笑顔で相槌を打ち、「わかった」「考えてみよう」などと返していった。

 そうしたやり取りを進めていくにつれ、さらに空気が和んでいく。



 ―――何だ、これは。これじゃあまるで……



 気が付けば、スヴェトの体は震えていた。

 目の前のリーニェの振る舞いは、まるで彼が善良な王子であるかのようだ。暗殺されかけ、記憶を失ったことで生まれ変わった。そういうアピールにも見える。


 スヴェトにとって、そんなことは許されないことだった。

 記憶の有無など関係ない。リーニェという人間は、一度や二度の死で許されていいような存在ではない。

 世界中から憎まれ、蔑まれる汚物のような扱いこそが相応しい。

 第三王子の穏やかな笑顔など、この世で最も見たくないものの一つだ。


 腹の底から沸き立つような憎悪。宿呪を開放し、あの醜い体を渾身の力で引き裂きたい衝動に駆られる。

 寸前のところで抑えられたのは、執事としてリーニェの傍に仕え、長年感情をコントロールしてきた経験と、ここに来る前ルイラと会って話していたことが大きい。



 ―――感情に任せてはダメだ。ただ殺せばいいわけじゃない。その先もあるんだから……

 この場には護衛の騎士もいるし、アンネリーゼもいる。暗殺そのものの成功率が低い上、実行すれば絶対に逃げられないだろう。リーニェと相打ちになったのでは、スヴェトの復讐が果たされたとは言えない。

 

 そんな風に理性をフル動員し、自分に言い聞かせ続けることで、何とか憎悪を制御する。


 スヴェトには、それが精いっぱいだった。


 そう。

 彼がそれを見逃したのは、単純に余裕が無かったからだ。

 リーニェが質問をする次の相手。



「では、君で最後だな……。聞かせてもらってもいいだろうか」


「―――えせ」


「うん?」


「妹をッ……返しやがれ!!!!」



 犬のような(・・・・・)耳を生やした(・・・・・・)若い書記官が、スヴェトと全く同じ理由で震えていたことを。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。