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伊倉悠太がまとめる演劇部の恋愛事情

 ワカ先輩が正式に部活の終礼をかけて、今日の部活は終了。今日はいつも以上に疲れた。主にワカ先輩のせいで。

 

「んじゃあ、僕は愛しの世莉を迎えに行くから! みんな気を付けて帰ってね! それじゃあ」


 そんな世莉先輩大好き発言を最後に、ワカ先輩は教室を出て行った。部長が我先に帰った現実に、俺は半目になった。


「片付け、終わってないんすけどー……」

「まあ、こういうのは後輩の仕事だからな。……だから働け、柚木」


 隣で榎本が反応してくれた。片手に木材や布を抱えた榎本はそのさらに隣で、箒で魔法使いごっこを始めた柚木の頭を叩いていた。


「ひゃあ、暴君だ! 柚木は働いてますよ! ていうか普通、先輩が働いてる背中を見て後輩は育つんですよ! 部長がああなんですから、柚木が遊んでてもノープロでしょう!」

「問題しかないだろ。うるさいな、早く掃け」


 榎本にあそこまで言えるのは柚木くらいだろう。普通、榎本に働けって言われたら異様に働く。榎本が怒ったら怖いし、俺でも働く。柚木は勇者だ。

 俺はそんなことを考えながら、前方でボーッと机を動かしている実音に目を向けた。


「実音? 大丈夫か?」


 なんだか、疲れているように見えた。ていうか、疲れたと思う。今日はワカ先輩が異常にうるさかったし、その、キスシーンの練習も何回もさせられたし。

 俺は実音の持っている机を、代わりに持った。


「え、悠太くん。い、いいよ。わたしも片づけなきゃ」

「疲れてるよ、顔。するなら机運びとかじゃなくて、柚木と一緒に箒で掃くとかのほうがいいって」

「うわぁ。ゆうたん先輩聞こえてますよぉ? 暗に、わたしのやってる作業が一番疲れない的な言い方ぁ」

「事実だろ」

「たかちゃん先輩の布運びとか木材運びも楽ですよ! わっはっひゃあ!」


 また、柚木が叩かれた。あいつは本当に学習しないな。

 俺はもの言いたげな実音を無視して、机を運ぶ。


「あ、ありがと……」


 ボソッとかわいく言われたお礼に、俺はやましい気持ち満載で机を落としそうになった。

 そうしてある程度、掃除も後片付けも終わったころ、榎本が俺と実音を指さした。


「伊倉、立石。お前ら、練習で疲れてるだろ? もう片付けもほぼ終わってるし、先帰れ」


 榎本がそう言ってきた。でもさすがに榎本にすべて任せて帰るわけにはいかない。俺は残ったほうがいいと思って首を横に振った。当然、実音も「いいよ、いいよ」と手を振っている。そんな俺たちを見て、榎本がため息を吐きながら言葉を付け加えた。


「片方だけ帰るとか帰らないとか言ったら、どっちも帰らないだろ、結局。もう本当に残ってる作業ないんだから、帰れよ」

「榎本……」

「じゃあ、お言葉に甘えてわたし帰りますねぇ」

「お前は終わりの作業教えてるんだから、帰れるわけないだろ。何回も言わせるな、バカ」


 榎本と柚木がまたもめはじめた。たしかに実音は疲れてそうだし、俺も結構疲れてる。

 ここは榎本の言葉に甘えて、今度お返しをしよう。


「サンキュ、榎本」

「い、いいの? ごめんね」


 実音が謝ると、榎本は「別に」とそっけなく返す。その隣で柚木は榎本の背中をバシバシ叩いていた。


「いいんですよぉ、みーちゃん先輩! たかちゃん先輩、かっこつけたいだけですからぁ」

「……柚木」

「やぁだぁ。暴力反対ですぅ」


 最後まで仲のいい2人のやりとりを見ながら、俺と実音は帰路につくことになった。


「あ、ありがとね、悠太くん。送ってもらっちゃって」


 帰り道、実音は遠慮がちにそう言った。

 お礼を言われるようなことじゃない。俺は好きで、実音のことを送ってる。そこはきっとワカ先輩と一緒だ。


「ごめんね。潤ちゃんと同じマンションだし、潤ちゃんと帰れば、悠太くんにこんな面倒かけなくていいんだけど」


 実音は困り顔で「潤ちゃんは世莉先輩と2人で帰りたいから」と笑う。その顔を見て、俺はやっぱりもやもやした気持ちになるんだ。

 ワカ先輩は「みのは僕のことお兄ちゃんと思ってるからね~」なんてのんきに言ってる。ワカ先輩は世莉先輩一筋だ。でも、実音は、そんなワカ先輩のことが好きなのかもしれない。

 それでおかしくないくらい、実音はワカ先輩のことを信頼してる。

 ワカ先輩がいるから、実音は演劇部にだって入ったんだ。


 俺がとやかく言えることじゃない。だって俺は実音がいるから演劇部に入ったから。

 実音にいいところ見せたくて、演劇も頑張ってるんだ。


「ワカ先輩と帰りたかった?」


 こんなこと聞いてどうするんだ。頷かれたらおしまいなのに。

 でも頷かないでくれたら、首を横に振ってくれたら、俺はそれだけで幸せだから。どうか――。


「……ゆ、悠太くんが送ってくれて、わたしは嬉しいよ」


 実音は耳を真っ赤にして言ってくれた。俺の欲しい言葉を。

 こういうのも、たまに演技なんじゃないかって思ってしまう。それくらい今の実音はかわいくて、思わず抱きしめたくなる。


「なら、よかった……」


 俺は気の利いたセリフも言えないで、実音の隣を歩く。

 アスファルトに擦れる俺と実音の靴音が、やけにうるさく聞こえて、俺は静かな帰り道に声を響かせた。


「実音」

「あ、う、うん?」

「俺さ、今日、その、演技うまくできなくてごめん。あんなシーン、何回も、やりたくないのにな」


 実音が疲れてる理由はそうだ。俺がキスシーンに緊張してうまくできないから。実音だって緊張してるのに、何度もリテイクやらされて。

 俺がもう一度「ごめん」と言おうとしたら、実音が俺の目の前に足を踏み出した。


「ち、違うよ。あれはわたしがへたくそだから何回もやり直しだったんだよ。ゆ、悠太くんのせいじゃないよ。ご、ごめんね。悠太くんだって、わたしなんかとあんなシーンで、何回もやりたくはないのに」

「ちげーって! お、俺は実音とのキスシーンが嫌なわけじゃ……っ」


 言いかけて、俺何言ってんだって気づいた。ほぼ、言葉は放ってて、取り返しもつかない。でも嘘じゃない言葉から余計に取り消すこともできなくて。

 顔を真っ赤にした実音がかわいくて、つい調子に乗って、自分に都合のいいように実音の気持ちを解釈して。

 ああもう、いっそ言ってしまえばいいのかなって。


「……実音。俺、俺ね」


 セリフなら、言えるのに。本心はこんなにも臆病で、出てこない。

 演劇は本当に空想の世界。想いは、そんな簡単に口に出せやしないんだ。


「俺……ドレス着た実音と、一緒に演劇したいよ」


 好きって言葉が言えない。

 でも俺の言葉を聞いた実音は安心するような、困ったような、俺には冷静に読み取ることのできない反応をして笑ってくれた。


「うん。わたしも、かっこいい王子様の服を着た悠太くんと、演劇したい」


 実音が笑いかけてくれる。その笑顔は入学式で一目惚れしたときと、何も変わらない。

 大好きだ。大好きで、大好きで。話しかけるのも毎回ドキドキで。

 告白なんて、程遠い。もっともっと男らしくなって、実音にちゃんと言えるようになりたい。


「明日も、がんばろうな」


 きみのことが、ずっとずっと好きだって。

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