記憶の鍵
珊瑚の歯車は、
握りしめた澪の手の中で熱くなっていく。
思わず手を開いた。
「……花時計の歯車でしょうか。」
ブンさまが静かに呟く。
手のひらの歯車は、
何も語らない。
花達は揺れている。
ゆらり……
ゆらゆら……
本達もまた、
小さく囁き始めた。
「……帰ろう。」
アンちゃんが静かに澪を促す。
澪は黙ってアンちゃんを見つめ、
もう一度手の中の歯車へ視線を落とした。
本達は、
何も教えてはくれない。
そっと息を吐き、
小さく頷く。
「……うん。」
三人は静かに部屋を後にした。
本棚の道は少しずつ明るくなり、
やがて図書館のカウンターが見えてくる。
ページをめくる音が、
また少しずつ戻ってきた。
まるで何事もなかったかのように、
ブンさまはカウンターへ戻る。
本は本棚へ。
秘密は最奥へ。
歯車だけが、
澪の手の中に残された。
そして、記憶だけが、
まだ澪の胸に引っ掛かったままだった。
「……ありがとうございました。ブンさま。」
澪が頭を下げ、
アンちゃんと並んで図書館を後にしようとした時だった。
「……澪さん。」
思わず呼んでしまった。
そんな小さな声だった。
澪は振り返る。
ブンさまは少し照れたように目を伏せ、
一枚の栞を差し出した。
薄紫の花が描かれた栞だった。
「……よかったら、お使いください。」
「ありがとう。」
受け取った、その瞬間。
ズキン――
胸の奥が痛む。
揺れる薄紫の花。
その向こうに、
風に舞うオレンジ色。
一枚の栞。
誰かに渡された、
大切な栞。
「…………。」
澪は栞を見つめたまま、
小さく呟いた。
「……金木犀の花だったんだ。」
止まってしまった澪に
「…さ、行こう」
再びアンちゃんが促した。
軽く頭をもう一度下げて二人は図書館を後にした。
揺れる海藻
スィッ スイーッと流れるように泳ぐ魚達。
ボコが待ちくたびれた~とばかり
首を落としてじっとしている。
「…また寝てるし…」
べしべしと鼻面を叩くアンちゃん。
「もーまたヨダレ出てるし…」
首をもっさりともたげ
ボボボボッと声を出すボコは
不満そうだった。
澪は大きく息を吐いた。
吐く息は、水面を揺らす細波のように
澪の前に扇のように広がって行った。
「ツッ…痛い」
強く握りしめていたのだろう。
手を開くと、
歯車の歯が
手のひらに薄く跡を残していた。
「……跡になっちゃった。」
指先でそっとなぞる。
ギザギザの線は、
波が重なったようにも見えた。
「……波……。」
「金色……。」
「……紋?」
胸の奥がジワーッと熱くなり、
何かを思い出しかけて
消えて行った。
細波のように…
「澪さん ボコも起きたから
ホテルに戻って今日は休みましょう。」
ボボーボボッ
賛成とばかりボコが鳴いた。
気持ちは興奮しているのに
身体は休息を求めていた。
ボコの上から手を差し出すアンちゃん目指して
澪はふわりと宙に踊った。




