すれ違い
ぷよん
ぷよっ
澪の目の前をクラゲがフヨフヨと
漂っている。
上へ下へ
右に左に
ポヨンとしたその姿に
指を出して チョンチョンと
突っつこうとすると、
思いの外早く 逃げていく。
だけど去っては行かない。
ぷよっ
ぷよぷよ
『捕まえてごらん』
クラゲも楽しいのだろうか。
澪の側から離れたようともせず
かといって、それ以上近づこうともせず
そこに漂っていた。
「まるで、今の私みたい」
ボソっと呟く澪の声に
アンちゃんが手綱をシャンと鳴らした。
「自分がどうしたいかって…自分に伝えるのは澪さんじゃない?」
「私?」
「そう…悩むのも困るのも泣くのも
結局は自分だもの」
シャン!手綱が鳴る。
「わからない時は 超特急よ!」
ボァァぁぁ ボァァ
ボコが急上昇した。
「アンちゃん、それ違う!」
手すりに捕まった澪は
笑いながら叫んだ。
[おいらもそう思う…】
ボォォォ
ボコも叫んだ。
波間の浮いていたクラゲ達が
一斉に散っていき
散ったクラゲたちの向こうに
青いリボンのような光が残った。
ボコが駆け抜けた軌跡だった。
光のリボンは
ゆらり、ゆらりとほどけながら
海へ溶けていった。
まるで戦いに負けた武将みたいに、
澪はぐったりしていた。
ホテルのオレンジ色の灯りが見えて
やっとホッと一息つく。
しれっとした顔で、ボコから降り、
満面の笑みで手招きするアンちゃん。
澪とボコは思わず顔を見合わせた。
お互い思っている事はきっと同じだと思った瞬間だった。
ホテルのドアを開けると
暖かい空気と共に ほんのり小麦の焼ける匂いが残っていた。
「お茶しようっか?」
アンちゃんに促されるまま
ラウンジの窓側に座った。
窓の外を のっそりのっそりと
[やれやれ、疲れたわい]
とばかり、ボコが行き過ぎる。
暖かい湯気に包まれたカップを
アンちゃんが目の前に置いた。
「ミルクティー?」
「身体も心もまったりするでしょ、
チョッピリ、ブランデー入りにしといた」
カップからは甘い香りがして
一口口に含むと喉の奥がカッと熱くなった。
「美味しい…」
コツコツとヒールの音がした。
目を上げると、髪をお団子に纏め
キリっとしたスーツ姿の女性が
通り過ぎていった。
厨房のドアが少し開き 様子を伺うように
男性が除いた。
一番奥の席にトスっと腰掛けると
両手で顔を覆って俯いている。
しばらくそのままの姿勢でいたが
ツイっと顔をあげ 厨房の扉を
じっと見つめていた。
小さく一つため息を吐く。
「ため息一つで 幸せ一つ逃げていく」
ささやくようにアンちゃんが言った。
唇に指一本立てて
「シィー」
「ちょっとマスターやり過ぎですよ」
「おっお前 声がでかいって」
「あ!シィぃ~」
厨房の中で何か準備でもしているのだろうか。
騒がしい音が聞こえた。
窓の外をぼんやり眺めると、
ボコがこちらを向いて鎮座していた。
ボコの足元から
プカリ
またプカリと
クラゲが湧き出している。
クラゲ達はボコを歓迎でもしているのか
それとも揶揄っているのか
ボコの鼻面をかすめ舞っている。
煩わしそうにボコが顔を顰めた。
ガタッ
椅子を下げる音がした。
先程から厨房を見つめている女性が立ち上がったところだった。
「呼ばれたから来たのに
忙しそうだわ。…もう!」
小さく呟き 踵を返す。
澪の横を通り過ぎていく時に
「忙しいところを見せたかったのかしら」
「…別に無理しなくていいのに…」
ため息と共に独り言が聞こえた。
コツコツコツ…
「まや!!」
バタバタっと言う音と共に
男性が飛び出してきた。
「ちょ、ちょっともう少し待っててくれ」
まやと呼ばれた人がチラッと振り返り
振り返りざまに言う。
「忙しいなら無理しないでね。
私は大丈夫…」
「そうじゃない!まや!」
男性は小走りに近づくと
女性の手を引いた。
立ち止まった女性は
引かれた手をじっと見つめる。
「あなた…お互いに忙しいんだから
無理しなくてもいいのよ」
男性の手をゆっくり外すと
歩き出した。
「まや…」
彼女の姿がラウンジから消えていく。
「マスター出来ました!
あれオーナーは??」
厨房から若い子が顔出す。
「行っちまったよ」
マスターと呼ばれて男性は
トボトボと戻って言った。
そうじゃないんだ
そうじゃない…
ブツブツと言いながら。
ささやくような
オルゴールの音が聞こえた気がした。
シャンデリアのオレンジが
一瞬 切れてまた点いた。
二人を見つめていた澪が
またカップに視線を戻す。
「えっ???」
カップの横には
青い封筒が
まるで最初からそこにあったかのように
…現れた。




