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涙の海  作者: 黒米 紅子
乙女の海
11/30

涙の海ホテル

ボコはドームの上の方から

螺旋を描くように下りて行った。


上から眺める竜宮城をイメージしたと言うホテルは…


「違ったでしょ」

アンちゃんが笑う

「みーんな『想像したのと違う』って言うのよね~」


これはまるで国会議事堂のようだ。


とんがった階段様式の三角塔 


天辺には


「ダイオウイカですか??」


大きなカイトのように


イカが足を絡ませて揺れている。


正面の柱は


小さなタコが幾つも彫り込まれ


吸盤柄の紋様になっている。


左右対称になった


右翼棟には いくつもの窓が並び


いくつかのガラスは黄金色の光を放っていた。


左翼棟の一階は 大きな掃き出し窓が続く。

オレンジに揺れる光はシャンデリアだろうか。


ただ議事堂と全く違うのは 

その屋根の色、窓枠の色。


「なんでショッキングピンク」


「なんでだろうね~」


どっしりとした建物の


淡いグレーの壁にカラフルなピンクの窓枠が並んでいる。


「さぁ行きましょう」


アンちゃんが手を差し出した。


澪もそっと手を握った。


「ボコは?」


「流石に入れないから 

大きな魚用のお部屋を上下に二つ繋いだ

宿泊施設があるのよ」


アンちゃんが右翼棟の奥を指さす。


ボコはもったりもったりと そちらへ向かって行く。


右翼棟から奥のほうに斜めになった塔が


ぼんやりと立ち上がっていた。


光で照らされたホテルの


影になってしまうのか、


鬱蒼とした森の中に立つ廃墟にも見える。


「ピサの斜塔?」


手を繋いで歩きながら 澪が呟いた。


「あーあれはね、みな窓から出入りするんだけど…

ボコがね…やっちゃったのよ」


ざくりざくりと足元で砂が音を立てる。


アンちゃんの話によると


8階の窓から入ろうとしたボコが

目測を誤ってぶつかってしまったそうだ。


「幸いここは海でしょう


泊まっているのは、お魚だから


皆、反動で窓から落ちても


平気だったんだけどねぇ」


「じゃ、ボコだけ怪我したの?」


「ううん 全く…右に傾いたから


反対から戻そうとして押さなきゃ…」


「怪我?!」


「塔が沈んだのよ…グリグリって、


あの子傾くたびに押し返すから…


あの塔 2階分ほど埋まってるの。」


あたふたと塔の周りを泳ぎ回るボコを


想像してまた笑ってしまった。


アンちゃんが、優しく微笑む。


「おかげで耐震はばっちりって言われてもね~、

宿泊するのがお魚でよかったわ。

ベッドが傾いてても、浮いてるから気にならないしね」


身振りでさぁ着いたとばかりに


白い大きなドアをあけ アンちゃんが


慇懃に手で誘導した。


大きなロビー


正面には小さな舞台を思わせるような


フロントだろうか。


「澪さまですね」


いきなり声をかけられた。


振り返ると、白いシルクハットの長身の男性が立っていた。


にこやかに微笑み、澪を見下ろす。


一瞬 招待状を届けた紳士ではないかと


澪は微笑みかけて固まった。


[違った…]


心の中で残念と思ってしまう自分に戸惑った。


「お客さまがお待ちです。ご案内します


どうぞこちらへ」

「行こう澪さん」


ギュッと手を握る力で合図して


アンちゃんが歩き出す。


窓際に案内されたテーブルには


小花柄のティーセットが並べられていた。


テーブルには誰も居ない。


「掛けてお待ちください」


勧められて座った窓の外は


室内の光を反射して


白い海底が四角いオレンジ色に伸びている。


光が外れた先には、


まるで花のように 珊瑚が揺れていた。


「お散歩もできるわよ」


弾むようにアンちゃんが言った。


澪はラウンジの奥を見る。


仕事の途中なのだろうか、


ビジネススーツの女性が、


カップを手にしたままぼんやりしていた。


テーブルには開かれたままのノート。


その横には手つかずのランチプレート。


厨房からコック姿の男性が、

二つのカップ片手に出て来た。


ドスンとその女性の前に座って、

カップを差し出している。


奥のソファー席では親子だろう。


膝に乗せた子どもに本を読んであげているようだ。


子どもがクッキーを口に運び、食べかけを

母親の口元に差し出している。


「お待たせぇ~」


弾むような声が響いた。


思わず視線を移し声の方を見た。


配膳用の奥のスイング扉を


大きく開けてパタパタと軽い足音が近づいて来た。














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