表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

第3話 前編 姫は剣を持ちません(持ちます)

 七歳になった春、私は決意した。


 剣を、振らなければならない。


 理由は単純だ。妹を守る漢として、剣のひとつも振れないようでは話にならない。


 前世で剣道をやっていたわけではない。竹刀の握り方だって、授業で見た記憶があるかどうか怪しい。それでも、この世界で強い者といえば騎士で、騎士といえば剣らしい。


 ならば、覚えるしかない。将来、ミアを守るために。


 ……まあ、七歳の身体で振れる剣など、屋敷にはない。だから私は、物置でちょうどいい長さの木の棒を見つけてきた。


 立派な、私の初めての剣だ。


---


 使用人が出払っている、午後の庭。


 ミアは昼寝中。メイドのリサは台所。リサの娘で侍女見習いのサリナは、別の手伝いに呼ばれている。


 完璧な、ひとり時間だった。


「……ふっ」


 木の棒を、振った。


 風を切る音はしなかった。手応えもなかった。ただの枝が、空気をかすめただけだった。


 集中しようとすると、銀色の猫耳がぴくっと前を向き、しっぽがぴんと伸びるのが自分でもわかる。獣人族の身体は素直だ。気合いを入れれば、耳としっぽがそれに応える。


「……ふっ。ふっ。ふっ」


 素振り。素振り。素振り。


 前世の記憶の中に、剣道の心得などない。型もない。格好いい構えもない。ただ、縦に振っているだけ。


 それでも、やらないよりはいい。


 (強くなる。ミアを守れるくらいに)


 心の中で唱えながら、五分ほど振り続けた。七歳の腕は、すぐに疲れた。でも、止まらなかった。


 なぜなら――


「お姉ちゃん」


 止まった。


---


 振り向くと、いつの間にかミアがいた。


 昼寝から起きてきたらしい。薄手の寝巻のまま、両手を背中に隠して、こちらをじっと見ている。


 目が、いつもより大きく開いていた。


「……ミア」


「お姉ちゃん、なにしてる、ですの?」


「これは……なんでも、ありませんわ」


 慌てて、木の棒を背中に隠したが、遅かった……


「……振ってた」


「振って……いませんわ」


「振ってた」


「……振っていたかもしれませんわね」


 ミアが、ゆっくり近づいてきた。


 ミアの頭には、相変わらず猫耳がない。腰にもしっぽがない。獣人族の特徴は、七歳になってもミアには生えてきていなかった。


 まあ、生えない子もいるのだろう。ミアはミアだ。


「……お姉ちゃん」


「はい」


「……剣?」


「……木の棒、ですわ」


「……」


 ミアが、首をかしげた。


「……かっこ、いい」


 その一言で、私の胸は危うく撃ち抜かれた。


 かっこいい。


 ミアが、私を、かっこいいと言った。


 (今日、最高の日では?)


 漢として、これは、やめるわけにはいかなくなった。


---


 ミアの視線が、庭の片隅へ向いた。


 そこには、使用人が薪割りの途中で置いていった太い丸太があった。直径は、七歳の子供の腕では抱えきれないほど。長さも、私の背丈くらいある。


 普段なら、大人二人がかりで運ぶ大きさだ。


「……ミアもやる、ですの」


「えっ」


「……お姉ちゃん、剣、振ってる。ミアもやる」


 ミアは、私の返事を待たずに丸太へ近づいた。


 まずい。


 木の棒を渡してあげなければ。あれは重すぎる。危ない。私が慌てて止めようとした、その瞬間。


 ミアが、丸太を両手で持ち上げた。


 ……。


 ……え?


 ミアは、まるで空気を抱えたみたいに、太い丸太を頭上まで振り上げていた。


 七歳児の細い腕で。


 自分の身長より長い、抱えきれないはずの丸太を。


「……ミアの、剣」


 ミアが、ぎこちなく、それを振り下ろした。


 ぶおん、と空気が裂けた。


 私は、息を止めた。


 その音は、七歳児の振りではなかった。大人の騎士でも、ここまでの風切り音を出せるのか分からない。


 獣人族の常識を、軽く飛び越えた音だった。


 丸太が地面をかすめ、硬く踏み固められた土が、削れた。削れたというより、抉れた。


「……どう?」


 ミアが、私を見て首をかしげる。私は、しばらく何も言えなかった。


 ……いや。


 言えなかった、というより――


 (すっっっっごい!!!)


 心の中で、漢の魂が雄叫びを上げていた。


 ミアが、すごい。ミアが、つよい。


 知っていた。手を握る力で骨が軋むことも、毎晩のハムハムで魔力をごっそり吸うことも、全部「ミアつよい」へつながっているのだと思っていた。


 でも、これはもう、「少し力が強い妹」ではない。


 我が妹、世界一。


 漢として、姉として、誇らしい。誇らしすぎる。


 私の大切な妹が、こんなにも強い。たぶん、世界の誰よりも、強い。


 (ハーレム計画にも、これは追い風でしかない……!)


 私は、ミアの前にしゃがみ込んだ。


「ミア」


「……」


「いま、すごかったですわよ」


「……すごい?」


「ええ、とても。お姉ちゃん、びっくりしましたもの」


 ミアの瞳が、ぱちぱちと瞬いた。


「……ミア、すごい?」


「すごいですわ。お姉ちゃん、ミアのこと、誇らしいですわよ」


 ミアが、ぴたっと止まった。止まって――両手を、ぎゅっと握りしめた。ミアの頬が、ほんのり赤くなる。


 胸が、ぎゅっとなった。漢として、守ってやりたい。


 姉として、この子の隣に立てるくらい、強くなりたい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ