第19話 中編 伴侶候補たちの夜
薔薇の相性確認会の意味を知ってしまったあと、四人の夕食が始まる。
夕食は四人で囲んだ。
食卓の灯りはいつもと同じなのに、妙に静かだった。銀の食器が触れる音や、サリナがお茶を注ぐ細い音だけが、少し大きく聞こえる。
アリアンドラはいつもより少し礼儀正しく、サリナはいつも通りのおっとりとした様子だった。けれど、サリナの手は、茶器を置く直前にほんのわずか迷っていた。
ミアは静かに微笑んでいた。ただ、その視線だけは、私、アリアンドラ、サリナの間をゆっくり往復している。
私はできるだけ普通に振る舞った。
「今日は遠いところをありがとうございます。ゆっくりしていってくださいませ」
「礼は不要でしてよ」
アリアンドラが少し呆れながら、でも口元を緩めた。いつもの言い方なのに、今日は少しだけ慎重だった。
「本当に不要ですの?」
「……あなたが改めて言うと、逆に落ち着きませんわ」
「では、いつも通りで」
「最初からそうなさい」
サリナが小さく笑い、茶器を持ち直した。
「サリナ、食べたいものはありますか?」
「なんでもおいしゅうございますわ」
「お優しいですわね」
「ユリナ様がお優しくいらっしゃるからですわ」
ミアが静かに付け足した。
「……お姉さま、よそよそしいですの」
四人で少し笑った。
その笑い声が消える前に、ミアがまた三人を順に見た。まるで、この夜がどこへ向かうのか、私以外はもう知っているみたいだった。
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風呂は屋敷の大浴場を使った。
四人で入る、と聞いてアリアンドラが一瞬止まった。
「……四人で?」
「広いですから。問題ありますか?」
「問題は広さではありませんわよ、ユリナ」
「そうですの?」
アリアンドラは言葉を探すように視線を泳がせた。
「これは、その、社交的に……特別な意味がある夜なのですわ」
「あら、そうですの? わたくしには、よく分かりませんけれど」
「分かっていないのは、あなただけですわ」
サリナは「賑やかで、素敵ですわ」とおっとり言った。
湯気の向こうで、ミアがすっと手を上げた。
「お姉さまの背中は、ミアが流しますの」
その宣言に、アリアンドラがぴたりと固まった。
桶の水音だけが、やけに大きく響いた。
湯の中で、私は特に気にせず過ごした。お互いの背中を流して、髪を洗って。前世に銭湯の記憶があるからか、大勢で入ることへの抵抗がない。
ただ。
アリアンドラとサリナが、なぜか顔を赤くしていた。
(暑いのかな)
私は純粋にそう思っていた。
湯から上がって、ネグリジェを着た後も、二人の顔はなかなか赤みが取れなかった。
ミアは私の隣で、少し満足そうな顔をしていた。けれど、その手は私の袖を軽く握ったままで、離れなかった。
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部屋に戻ってから、寝台の上にお菓子を広げた。
灯りを少し落とすと、窓から差す月明かりが、白い寝具の端を淡く照らした。包み紙を開く音、カップにお茶が注がれる音、湯気がほどけていく静けさ。さっきまでのぎこちなさが、少しずつ柔らかくなっていく。
アリアンドラが持ってきた焼き菓子を食べながら、サリナがお茶を注いだ。
「来月から訓練の強度を少し上げるつもりですわ」
「上げるの? 今の段階で十分、ですの」
「まだ足りない気がするのですわ。ミアがあれだけ強いのに」
「あなたの速度は十分ですわ。あとは判断力の問題でしてよ」
「そうなのですか?」
アリアンドラが少し間を置いた。
「……そう、思いますわ」
その声が、いつもより柔らかかった。
サリナが静かに付け足した。
「ユリナ様が倒れてしまっては、全部無駄になりますもの。無理のない速度で、着実に」
「サリナも着実ですわね」
「ユリナ様が着実でいらっしゃるからですわ」
ミアが私の肩に頭を預けた。
それはいつもの甘え方に似ていた。けれど、今日は少し違う。ミアは甘えているだけではなく、私たちの声を一つも取りこぼさないように、静かに聞いていた。
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灯りが落ちてきて、おしゃべりがゆるやかになった頃。
アリアンドラは、焼き菓子をひとつ摘まんだまま、しばらく口へ運ばなかった。指先が、カップの縁をゆっくりなぞっている。
「……一つ、聞いてもよいですか」
「何です?」
「この女子会を開いたのは……お礼のつもりで?」
私は少し考えた。
「最初はそうでしたわ。でも今は……みんなと、もっと長く一緒にいたいと思っているから、ですわ」
アリアンドラが黙った。
しばらくして。
「……本当に、あなたという人は」
その声が、かすかに震えていた。
「わたくしは、最初、あなたに勝ちたかったのですわ」
「知っていますわ」
「負けたくなかった。母がわたくしを見てくださる理由が、そこにしかないと思っていましたの」
アリアンドラは、そこで少しだけ息を吸った。
「けれど、いつ変わったのかは、もう分かりませんの。勝ちたいと思っていたはずなのに、気づけば、あなたが笑うと嬉しかった。あなたが無茶をすると腹が立った。あなたが倒れそうになると、胸が冷たくなった」
ミアが、私の袖をそっと握った。
「勝負じゃないですわ」
「分かっていますわよ、今は。でも最初は勝負だと思っていましたわ。それが……気づいたら、負けたくないのではなく、傍にいたいになっていましたの」
アリアンドラは、そこで一度だけ目を伏せた。
「アリアンドラ」
「……好きですわ。ユリナ。傍にいさせてくださいませ」
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沈黙が落ちた。
こういう場面への心構えを、私は持っていなかった。こういう会だとは、ミアに聞いて覚悟を決めたのに。
ただ——アリアンドラの声が、珍しく、まっすぐだった。
「……わかりましたわ。末永くよろしくですわ」
アリアンドラが少し顔をそらした。
「……その返しは、もう少し感動的にならないかしら」
「あなたの告白も大概シンプルでしたわよ?」
「う、うるさいですわ!」
アリアンドラに枕ではたかれた。
その軽い音に、張り詰めていた空気が少しだけほどけた。
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次の沈黙は、さっきより静かだった。
サリナが茶を注ぎ直す。細い湯気が、月明かりの中で白くほどける。ミアの呼吸が、私の肩の近くで小さく聞こえた。
サリナが静かに言った。
「……わたくしも、よいですか」
「どうぞ」
「最初は、聖女としてのお役目だと思っておりましたの。後ろに控えて、必要な時にお力をお貸しする。それで十分だと」
サリナの声が、少しだけ震えた。
「でも、半年、ユリナ様のお痛みを見ていて分かりましたの。後ろにいるだけでは、いやですわ」
サリナは、カップを置いた。
「治癒の光をかけるたびに、裂けた腕が戻っていく。血の代わりに白い魔力が滲んで、それでもユリナ様は、また立ち上がる。治しても、治しても、前へ出る。その横顔を、ずっと見ておりました」
「サリナ」
「治したいと思いました。けれど、それだけでは足りなくなりました。後ろで待つのではなく、隣で支えたいと思うようになりました」
サリナは、まっすぐに私を見た。
「お隣に寄り添いたい。癒して、守って、支えたい。愛しております、ユリナ様。ずっと、おそばに置いてくださいませ」
真っ直ぐな言葉だった。照れも、駆け引きも、逃げ道もなかった。
私は、息を吐いた。
……ああ、もう。
なんだこれ——こんなにも、まっすぐに言われたら。
「……わかりましたわ」
私は、サリナの手を取った。
「末永く、よろしくですわ」
サリナが、深く頷いた。
ミアが私の肩から顔を上げた。
アリアンドラが少し照れくさそうに目をそらし、サリナが静かに微笑んでいる。ミアは私の袖を握ったまま、どこか満足そうで。
三人とも、私のすぐそばにいた。




