第19話 前編 薔薇の相性確認会
ミアの先祖返りが収まって一週間が経った頃、私はアリアンドラとサリナに感謝を伝えたいと思っていた。
満月の夜、あの嵐の中を二人は逃げなかった。それだけで十分すぎるほどだった。
「女子会の招待状を送りましょう」
ミアが言った。
「女子会、ですか」
「うん。数日、一緒に泊まって。ちょうどいいと思って」
「……いいですわね」
気楽なものだと思った。お菓子を食べてだべって、ゆっくり眠る。前世で言えばガールズナイト。そういうやつだ。
「招待状、ミアが文面を考えてもいいですか?」
「お願いしますわ」
ミアが小さく微笑んだ。
私はその微笑みの意味を、この時はまだ知らなかった。
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けれど、翌日に招待状が出ることはなかった。
ナーシャに止められたのだ。
「荒野観測から、エリオラ様、カトリーナ夫人、リサ、アッティーネ様が戻られてからになさいませ」
言われてみれば当然だった。数日お泊まりをするなら、前世でも親の許可は必要だった。この世界でも、貴族令嬢のお泊まりなら家の確認がいる。私はその程度にしか考えていなかった。
それから数日後、荒野観測隊が戻った。
エリオラ様、カトリーナ夫人、リサ、アッティーネ様が屋敷に戻り、ナーシャの報告書を読み、ひと通り私たちの話を聞いた。
その翌日、招待状が出た。
私は清書しただけなので内容を細かく確認しなかったが、後で思えば、そこにはしっかりと「女子会」という単語が丁寧な体裁で書かれていた。
以前にも、普通のお茶会ではないらしいと聞いた気はする。
でも、ただのお茶会だと思っていたのは私だけで——この世界で持つ意味を、私はまったく理解していなかった。
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三日後、屋敷の正門の外に、馬車が止まった。ひとつではない。ふたつ。そしてその後ろに——
「……え?」
私は目を細めた。
整然と並ぶ兵士たちが見えた。アリアンドラの家の紋章を掲げた者が数百名。その隣に別の紋章を持つ列——サリナの家の護衛だろうか。
アリアンドラが馬車から降りてきた。今日は訓練着ではなく、淡い金色の礼服を着ていた。
「ユリナ」
「……アリアンドラ、なぜその後ろに兵が……」
「女子会に参りますのに、母が手配をいたしました」
「アリアンドラのお母さまが……?」
「招待状を見た母と少々口論をしまして、結果『威風堂々と行きなさい』と仰いましたの」
私の頭が、うまく回らなかった。
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サリナも来た。
いつものおっとりとした様子で、でも礼装を着て、十数人の護衛に囲まれて。しかも、騎士が金ぴか……あれって近衛騎士じゃ……
「サリナも護衛が……」
「ええ、ですわ。祖母が手配してくださいましたの。女子会ですもの」
サリナがにっこりと微笑んだ。
「当然ですわ」
当然。
当然とは、どういうことか。
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その後、応接間に見知らぬ大人たちが集まった。
アリアンドラの家の代理人。サリナの家の代理人。アッティーネ様の代理人。
何か書類を交わしていた。
私はリサに小声で聞いた。
「リサ、あれは何をしているのですか」
「各家の一筆でございますよ」
「一筆?」
「女子会の結果に対して、各家が異議を申さないという誓約書でございます。どのような結果になろうとも、ユリナティーネ様の御決断に従うと」
私の頭の中で、何かが音を立て始めた。でも、まだ形にならなかった。
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書類が交わされると、両家の兵士たちは屋敷近くの町へと引いた。
「あちらで滞在して、女子会が終わるまで待つのですって」
アリアンドラが涼しい顔で言った。その金色の猫耳の先が、わずかに赤くなっていた。本人は涼しい顔のつもりだったが、しっぽが、自分でも気づかないうちに、ぴこぴこ揺れていた。
「……結果が出るまで、とは」
「さあ」
アリアンドラが視線を外した。しっぽが、慌てて、ぴたりと止まった。動きを制御しようとしたが、わずかに遅かった。
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廊下でミアを捕まえた。
「ミア」
「……なに、ですの?」
「なんか、この女子会、仰々しすぎません?」
ミアが一拍置いた。
「……もしかして、女子会、知らなかったの?」
「知っていると思っていましたが……兵士、書類、町に待機……普通ではないような……」
「うん」
ミアが静かに言った。
「今回の女子会は、薔薇の契約の夫人候補を迎えるための相性確認ですの」
「……夫人候補」
「数日を一緒に過ごして、家同士も本人同士も納得できるか確かめる。親公認のお泊まり行事ですの」
親公認、お泊まり、夫人候補。
単語が、私の中で、ひとつも気軽ではなくなっていった。
二人の騎士。私と、ミア。
姉妹の誓約で一生寄り添うと決めた私たちは、成人の儀で、どちらも騎士と判定され、姫の加護も持つ私は姫としてではなく騎士として生きることを決めた。
姉妹の誓約であるとともに、騎士同士が一生をともにするため、薔薇の契約となる。
そうなると、騎士と家を守る姫がいない。だから、姫の夫人を迎える。
「……」
「相性が合えば夫人として迎える。合わなければ、あとくされなく話はなかったことにする——そういう一族の行事のことですの」
私の背筋に、冷たいものが走った。
「……わたくし、二人に同時に、正式な申し込みをしていたのですか……」
「……うん」
ミアが少しだけ楽しそうに答えた。
「公式で正式に、ですの」
「!!」
この状況への対処法を、前世の記憶は何も教えてくれなかった。
「……ミア」
「なに」
「ミアは……嫌じゃないのですか。わたくしが……」
「嫌じゃない」
ミアが迷いなく言った。
「みんな、ずっと一緒がいい。……ミアもそう思ってた」
「……そう思ってた?」
「お姉さまを守るのに、腕っぷしだけじゃ足りないですの。政治力も、包容力も、いる。アリアンドラは頭がいい。サリナちゃんは人を癒せる」
「……」
「二人に、お姉さまの隣にいてほしかった」
私はしばらく、ミアの顔を見ていた。
(この子は……本当に……)
「……わかりましたわ」
状況を受け入れるのが正しい判断だと思った。
あと——正直に言えば、ミアの言葉が、嬉しかった。




