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第18話 後編 そして日常へ

 幻術の謎が解けた直後、アリアンドラがふいに私の方へ振り向いた。


---


 アリアンドラが、私の方に振り向いた。


「ところで、ユリナ」


「なんですの」


「目の色が『ルビー』って、あなた、ずっと言っておりましたわよね」


「言っておりましたわ」


「……間違っておりませんでしたわね」


「……ん?」


「ルビーが何色か、ご存じない、おバカさんだと、ずっと思っておりましたのよ、わたくし」


「えっ」


「使用人たちもそう思っていたらしくてよ。『ユリナ様は何でもおできになるのに、宝石の色だけはご存じないみたい』って」


「えっ」


「漢として、宝石くらいご存じよ、と仰るかしら?」


「漢でも、ルビーの色くらい、わかりますわ!」


 私はやや声を荒げた。


 これは絶対に聞き流せない部分だった。


 アリアンドラが、ふっと笑った。


 その笑い方は、これまでで一番、楽しそうだった。


---


「ねえ、ユリナ」


「なんですの……まだ何かありますの?」


「ミアティーネの髪、ポニーテールにしてみてはいかがかしら」


「ポニーテール?」


「ええ。この黒髪を、後ろで一つに束ねて、高い位置で。きっと、もっとりりしく、美しくなりますわよ」


 アリアンドラが、自分の髪を後ろでまとめる仕草をしてみせた。


 その瞬間、私の脳裏に、ある光景が浮かんでいた。


 黒髪のポニーテール。後ろで束ねた髪が揺れる。きりりとした横顔、すらりとした首筋。


 ……いいな。


 本気でそう思った。


「……それ、いいですわね」


 声に出して、即座に頷いた。


 アリアンドラが「あらあら」という顔をした。


 サリナが「ユリナ様、ご賛同が早いですわね」と、おっとり微笑んだ。


 ミアが、私をじっと見ていた。


「お姉さま、ポニーテール、好き?」


「……好きですわ」


「……ふうん」


 ミアが、何かを心に書き留めるような顔をした。


 アリアンドラとサリナも、ほぼ同じ顔で頷いた。


 (やべ。これ、何かが今、三人にインプットされた気がする)


 本能的にそう感じた。でも、訂正する気にはならなかった。


 ポニーテールは、いい。それは、訂正できない真実だった。


---


 その日の午後、四人でお茶を飲んだ。


 特に理由はなかった。


 ミアが「お腹空いた」と言って、サリナが「準備します」と言って、アリアンドラが「わたくしも付き合いますわ」と言って、気づいたら小庭にテーブルが出ていた。


 昨夜の緊張が嘘のような、普通の午後だった。


 お菓子を追加で運んできたハナが、四人を見て、また少し固まった。


「……あの、これは、女子会のご準備なのでしょうか……?」


「違いますわ。これは普通のお茶です」


 ナーシャが、いつの間にか後ろから答えた。


「で、でも、女子会って、普通のお茶会ではないんですか?」


「普通のお茶の形をした、とても大事な確認の場です」


「お茶なのに、確認……」


 ハナの茶色の猫耳が、ゆっくり垂れた。


「お嬢様の世界、やっぱり難しすぎます……」


 私は首を傾げた。


「女子会って、そんな大げさなものなのですか?」


 ナーシャは、静かに目を伏せただけだった。


 アリアンドラとサリナが、同じタイミングで紅茶に口をつけた。


 なぜか二人とも、こちらを見なかった。


 ミアがお菓子を食べながら、ぼんやりと空を見ていた。


「お姉さま」


「なんですの?」


「先祖返り、羽化したよね」


「ええ、そうですわ」


「これから、どうなるの?」


 私は少し考えた。


「強くなるのではないかしら。もともと強かったですけれど」


「怖い?」


「ミアが? まったくですわ」


「そっか」


 ミアが少し笑った。


「じゃあ、ミアも怖くない」


「よいことですわ」


---


 アリアンドラが言った。


「……ユリナ。次の訓練、どうなさいますか?」


「また組んでくださいますの?」


「組む気がなければ伺いませんわ」


「……そうですわね」


 私は少し空を見た。


「ミアがもっと強くなるなら、わたくしも強くならなければなりませんわ。また、お願いしますわ」


「当然ですわね」


 アリアンドラが腕を組んだ。でも、その顔が少し嬉しそうなのを私は見逃さなかった。


「しばらくはゆっくりなさいませ。あなた、両手両足を何度も再生したのですから」


「……ありがとう」


「礼はいりませんわ」


「でも言う」


「……バカですわね」


「……漢ですわ」


 ミアが「同じ、同じ」と言った。アリアンドラが「でしょう?」と言った。


 私は二人に向かって「違いますわ!」と言った。


---


 夕暮れになった。


 みんなが帰った後、ミアだけが残っていた。


 小庭の椅子に二人で座って、沈んでいく日を見ていた。


「お姉さま」


「なんですの?」


「ミア、もっと強くなるね」


「ええ、そうですわ」


「お姉さまより強くなったら?」


「守ってくださいませ」


 ミアが少し驚いた顔をした。


「……お姉さまを?」


「私が先に倒れたら、ミアが守る番ですわ。……漢として、そういうものですわ」


 ミアがしばらく私を見ていた。


 それから、静かに笑った。


「……ミアも漢になれる?」


「なれますわ」


「そっか」


 ミアが夕日を見た。


「ミアも漢になりますの。お姉さまみたいな」


「頼もしいですわ」


「うん」


 黒い髪が、夕日に照らされて、深い色を保っていた。今の黒い髪のミアが、私の隣で夕日を見ていた。


 漢として、それだけで、よかった。


---


 その夜、ミアがハムハムした。いつも通りで、何も変わっていなかった。


 ミアは先祖返りの力を持ったまま、私の妹だった。それだけだった。


 ミアの黒髪は、羽化の夜から戻っていなかった。深い黒のまま、私の腕の中にあった。


 アリアンドラはまた訓練を一緒にやると言った。サリナは手帳を持って続けると言った。ナーシャは報告書をまとめ、荒野のエリオラ様とリサへ送る準備をしている。女神ティアから謝罪はまだ受け取っていない。



 全部、続く。


 羽化は終わりではなく、始まりだった。


---


 数日が過ぎた。


 訓練はまだ休止のままで、私は久しぶりに、何もせずミアと過ごしていた。


 穏やかな日々が戻ってきたと思った頃、ミアが、思いがけないことを言い出した。


「女子会の招待状を送りましょう」


 私はその言葉の重さを、まだ知らなかった。


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