第12話 成人の儀、祝福されない超新星
王都の大聖堂は、想像より大きかった。
石造りのアーチが高くそびえ、ステンドグラスから色とりどりの光が差し込んでいた。16歳を迎えた子供たちとその親族で、広い内部がにぎわっていた。
雰囲気は思っていた以上にお祝いだった。
子供たちが緊張しながらも嬉しそうな顔をしていた。親族たちが互いに声をかけ合って、家族の式典を楽しんでいた。式典に立ち会う司教の顔も穏やかで、壁際の騎士たちも普段の警備よりむしろ柔らかい立ち姿だった。
誰もが楽観していた。私も、もちろん、楽観していた。
むしろ、わくわくしていた。(みんな、これからびっくりするんだぞ……)ひとり、心の中でにやにやしていた。
---
エリオラ様とアッティーネ様が、少し離れた場所に立っていた。
エリオラ様がミアと私を見ながら、何度か目を細めていた。
「ねえ、アッティーネ。もう成人なのよ、あの子たち」
「早いものだ」
「ちっちゃかったじゃない、ふたりとも。ついこないだまで」
「ああ」
「銀のしっぽが二本並んで、微笑ましい姉妹ね」
エリオラ様が小さく息を吐いた。感慨に浸る顔だった。アッティーネ様も静かに頷いていた。
ふたりとも、お祝いに浸っている。
(そうそう、その顔。さらにもっと驚いてくださいませ。ミアの結果で)
私は内心でにやけていた。
ミアが私の袖を引いた。
「お姉さま」
「なに」
「きらきらしてる、ですの」
ミアはステンドグラスを見上げていた。
本当に何も知らない顔だった。
(このまま行きましょう、ミア。あなたのすごさを世界に見せつけるのです)
---
式が始まった。
司教が壇上に立ち、粛々と進行した。鑑定台の水晶の前に、名前を呼ばれた順に立つ。手を当てると光が出て、加護の種類と強さが表示される。
最初の子の番が来た。「騎士の加護、3等星!」会場から温かい拍手が起きた。親族が抱き合って喜んでいた。
次の子、また次の子。普通の数値が続いた。会場の空気はずっとお祝いだった。
(早くミアの番、来ないかな)
私は本当に楽しみにしていた。
---
双子は、後に生まれた方が先に呼ばれる慣例があるらしかった。ミアは年下なので、先に呼ばれることになる。
「ほぉ、銀髪の双子を二人見るのは初めてじゃ」
司教様は、もうろくされてるようだった。銀髪と黒髪の区別もつかないとは……
ミアの名が呼ばれた。
ミアが台の前に進み出た。静かな足取りだった。
「……痛い、ですの?」
ミアが台を見ながら言った。
「痛くないですわ。普通に手を当ててくださいませ」
「うん」
ミアが頷いて、水晶にそっと手を当てた。
(さあ、来い)
最初の一秒は何も起きなかった。
次の瞬間。
光が出た。
普通の光ではない。会場を埋め尽くすような眩い光が水晶から溢れ出した。光の中に数値が浮かぶ。
「……超新星」
誰かが呟いた。
「騎士の加護……超新星……一〇〇〇倍……」
「騎士の加護で最も明るく輝く者を、超新星と呼ぶ。歴代でもほんの数えるほどしか出ていない、伝説の階位——」
(よっしゃ!!!)
漢として、私は内心でガッツポーズをしていた。1等星どころじゃない、最大級の数値が出た。これで間違いなく、ミアの力が世界に祝福される、やっぱりミアがこの世界の主人公——
そう思った。
次の瞬間、会場が静まり返った。
拍手は来ず、歓声も来なかった。ただ、沈黙だけがあった。
会場の親族たちの猫耳が一斉にぴくっと寝た。警戒のサインだった。司教の灰色の猫耳が、ぴんと前を向いた。ミアの隣に座っている保護者たちの誰もが、しっぽを身体に巻きつけるように引き寄せていた。獣人族の本能が「異常」を察知している、そういう仕草だった。
ミアは水晶から手を離した。
「……超新星って、いい名前、ですの?」
首をかしげながら私を見た。私は答えられなかった。
(……あれ?)
---
会場の様子が、おかしかった。
誰も、何も言わない。一般参加者たちが顔を見合わせているが、声を上げる者がいない。
司教の顔を見た。顔が青くなり、穏やかだった顔の筋肉が強張っていた。
壁際の騎士たちが、ほぼ同時に背筋を伸ばした。柔らかかった立ち姿が一斉に張りつめた。
両親を見た。
エリオラ様が、口を開けたまま声を出せずにいた。アッティーネ様の顔色が白くなっていた。さっきまで「早いものだ」と感慨に浸っていた目が、見たことのない色をしていた。
(……え?)
私の中でわくわくが止まった。代わりに、別のものが入ってきた。
(おかしい。これはおかしい)
大人たちの誰一人、お祝いの顔をしていなかった。大人たちの誰一人、「すごい」を言わなかった。大人たちが子供を抱き、守るようにして警戒の顔をしていた。
漢として三十五年、空気を読んできた本能が、今この瞬間警報を鳴らした。
(やばい)
---
司教がようやく口を開いた。声が、震えていた。
「……先祖返り」
……。
その単語が、会場に落ちた。
私は、息を止めた。
……先祖返り。
その単語を、私は、いま、ようやく、ミアと結びつけた。
先祖返り——ソーマ家に魔族の血が入っていることは教養としてメイドでも知っている。ソーマ家を卑下するためタブーとされている話。その古い時代の魔族の血が、ある世代の子供に色濃く反映してしまう現象。
……それが。
ミアなのか。
頭の中で、過去の断片が一気につながった。
——ヴェロニカが言った「例の双子」。
——ヴェロニカが言った「ある血の問題」。
——告発紙の「ある血の問題」。
——「公に知られている姿は、すべてではない」という文。
——「十六歳を迎える頃、その血が目を覚ます」という警告。
——アリアンドラが「わたくしの口からは、申し上げにくい」と濁したこと。
——学園長の「特殊な血の管理」という手紙。
全部、これだったのか。
全部、「先祖返り」という、たった四文字の単語に繋がっていたのか。
……ミアの腕の力、毎夜のハムハム、「ユリナの偽物」との陰口。
全部、点だったものが、線になった。
……ミアが、先祖返り。……魔族の血を、色濃く反映してしまった子。
私の、妹が。
……。
……いや。
私は、もう一度、自分の中で思考を整理した。
ソーマ家には、初代から魔族の血が入っている。
リサから、薄っすら習った。「ソーマ家初代は、最後の魔族の生き残りで、猫耳獣人と結婚した」。だから——
……魔族の血を引いているのは、ミアだけじゃない。
私、ユリナティーネ・ソーマも、父アッティーネ様も、歴代のソーマ家当主も、皆その血を引いている。
ただ。
色濃く出てしまったのが、ミアだった。
私には薄く流れているだけの血が、ミアの中では、世代を飛び越えて色濃く目覚めてしまった。
……。
ミアは、魔族ではない。ミアは、ソーマ家の子で、私の妹だ。
ただ——血が、色濃く出てしまっただけだ。
……それなら。
私が向き合うべきは、ミアの血ではない。
ミアそのものだ。
……。
会場のあちこちで、司教の言葉が波紋のように広がっていた。
「……先祖返りですって」
「歴代の先祖返りは、皆——」
「魔力欠乏症の症状はなかったはず」
「報告では何も……」
「いや、しかし、この数値は——」
囁きが、囁きを呼んだ。先ほどまでの祝祭ムードが嘘のように、空気が緊張していた。
司教が一拍止まった。判断に迷っている顔だった。明らかに、これを予期していなかった顔だった。
でも、そう長くは止まれなかった。
「……先祖返りの制御は、聖女の加護でしか成し得ぬ。現代に聖女はいない」
司教の灰色の猫耳が、ぴんと前を向いた。
「教会の規定に従い、対象を確保します」
対象。
その言葉が、ミアの名前より先に、私の耳に刺さった。
「ミアティーネ・ソーマを、確保せよ」




