第11話 ミアの力が、ついに世にバレる
例の紙の件は、ひとまず片付いた。
サリナの記録と、ロウェナ様の根回しと、学園長の処理で、教会からの追加調査は先送りになった。
だから私は、少しだけ気が抜けていた。
成人の儀まで、あと二週間というころ。学園は静かにお祭り騒ぎだった。
「うちは騎士が出るらしい」
「わたくしは姫の家系ですの」
「友達と同じ等星だといいんだけど」
廊下のあちこちで、そんな声がしていた。
成人の儀は、お祝いの場だ。誰もがそう思っていたし、私もそう思っていた。
むしろ、ちょっとわくわくしていたくらいだ。
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ミアの力。
生まれた時から、私だけが知っていた。
手を握れば骨が軋み、木剣を一振りしただけで空気が鳴る。
誰もそれを正面から話題にしてこなかった。
ただ、「ミアティーネ様はおっとりとした力持ちの嬢様」と、当たり障りなく笑っていた。
でも、私は知っている。あれは普通じゃない。
そして私は、その「普通じゃない」が、きっと祝福されるものだと信じていた。
その力が、二週間後の鑑定でついに公式に数値として出される。
(みんな、びっくりするだろうな……)ちょっとしたいたずらを思いつく時のような気分だった。
ミアが鑑定台に立って、水晶に手を当てる。光が出る。出るのは何等星だろう。1等星か、もっと上か。「特等星」みたいなのがあれば、それかもしれない。
会場がざわめく。司教が顔を引きつらせる。エリオラ様が「あらまあ」と微笑む。アッティーネ様が静かに頷く。
ミアは何も気にせず、首をかしげながら台から降りる。
「お姉さま、ミア、何かやっちゃいました、ですの?」
(最高じゃないか)想像するだけで楽しかった。
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ミアは普通だった。
いつも通りに食べ、いつも通りに眠り、いつも通りに私の隣にいた。
「お姉さま」
「なに」
「ハムハム、していい、ですの?」
「いいですわよ」
「……うん」
何も知らない顔だった。何かを期待している様子も、何かを心配している様子もまったくなかった。
ただ、いつものミアだった。
(……お前は、自分がどれだけすごいか、まだ自覚がないんだな)
それを知らせるのが楽しみだった。
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アリアンドラに「成人の儀、楽しみじゃありませんか?」と聞いた。
「楽しみ……ですって?」
アリアンドラが眉を寄せた。
金色のしっぽが、ほんの少しだけ、床を叩いた。
「あなた、成人の儀を成績発表か何かだと思っていなくて?」
「違うの?」
「違いますわ。あれは、家の未来が決まる場ですの。特にソーマ家は……」
アリアンドラは、何かを言いかけて、やめた。
「でも、結果が出るのが楽しみで」
「なぜ」
「ミアの結果が、すごいことになりそうで」
「……あなた、本当にミアティーネのことが大好きですわね」
「漢として当然ですわ」
「漢って言葉、何の意味がありまして?」
アリアンドラが呆れたように言った。
この世界に漢という言葉がなく、私だけが使う謎の単語扱いだった。
でも、その口元はわずかに緩んでいた。
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サリナに同じことを話したら、サリナは穏やかに微笑んだ。
「ユリナ様は、ミアティーネ様のことを心から誇らしく思っていらっしゃるのですわね」
「うん。当たり前だけど」
「素敵ですわ」
サリナは微笑んだ。
けれど、手元の記録帳は開かなかった。
「サリナはどう思う? ミアの結果」
「……ミアティーネ様が、ミアティーネ様のままでいらっしゃることが、いちばん大事ですわ」
サリナがゆっくりと言った。薄茶色の猫耳もしっぽも、いつも通りほとんど動かない。サリナの落ち着きは、しっぽにも現れていた。
「結果がどうであっても、わたくしはお二人のおそばにおります」
「サリナ、相変わらず大人ですわね」
「年齢は同じですのよ」
サリナがくすりと笑った。
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屋敷に戻ると、エリオラ様とアッティーネ様が珍しく揃っていた。
成人の儀が近いからだろう。両親揃って屋敷にいるのは久しぶりのことだった。というか、姉妹の誓約式以来では?
夕食の席で、エリオラ様は、私とミアを見ていた。
私を見て微笑み、ミアを見て、ほんの少しだけ、長く黙る。
「……あなたたちが、もう16歳ね」
エリオラ様がぽつりと言った。
その声は、優しかった。
だから私は、その沈黙の意味を、深く考えなかった。
「気がついたら、こんなに大きくなってて」
目尻がわずかに緩んでいた。
アッティーネ様も静かに頷いた。
「早いものだ」
「ねえアッティーネ。生まれた時、こんなに小さかったのよ。覚えてる?」
「覚えている」
「それがもう、成人」
エリオラ様が小さく笑った。
その笑顔は、お祝いに浸っている顔だった。何かを心配している表情ではなかった。
その光景には、なんとなく、じんとくるものがあった。
ふたりとも、ただ、自分の子供たちの成人を喜んでいる。それだけだった。
あと、エリオラ様が、私たちのお母さまで間違いありませんわよね?と、食事中思っていたことは内緒だ。
ミアにいたっては「誰?」って顔を……やめなさい。
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成人の儀の三日前。
夜、ひとりで庭に出た。月は細く、庭は静かだった。
(あと、三日……)ちょっと笑いそうになった。ミアの力が世界にバレる日が、ついに来る。
みんな驚くだろう。司教は目を丸くし、エリオラ様は誇らしそうに笑い、アリアンドラは「予想外」みたいな顔をするかもしれない。
その全部の反応を、私は楽しみにしていた。
例の紙のことも、アリアンドラが言いかけてやめた言葉も、いつもなら真っ先に記録するサリナが、あの時だけは、書き残すべきではないと判断したことも。
私は、都合よく忘れていた。漢として、その夜の私は、まだ完全に楽観していた。




