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7. 醜悪な真実

「ええい、何をしておるか!」


 重苦しい雰囲気を一変させたのは、雷のような一喝であった。


 馬群が整然と左右に割れ、その中央から現れたのはヘルムカ将軍だった。


 部下たちは一斉に敬礼を返す。


「ヤツを捕まえたのか?」


 ヘルムカは輪の中心に目を向けたが、そこに違う人物を認めて戸惑いの表情を浮かべた。


「な、何者だ、貴様!?」


「オレはウィル。ただの吟遊詩人だ」


 平然と名乗るウィルに、ヘルムカの眉はピクピクと痙攣した。馬に跨ったまま動かない部下たちを見回す。


「ヤツはどうしたんだ?」


 部下たちが答えられず困っていると、


「あれはオレが魔法で姿を変えたものだ。捜している男はここにいない」


 ウィル自ら暴露した。


 もちろん、それを聞いたヘルムカが黙っていられるはずがない。


「き、貴様が!? 魔法で姿を変えたということは、ヤツのことを知っているということだな!? ヤツの仲間か!? 何処へ逃がした!?」


 矢継ぎ早に詰問するヘルムカに対し、ウィルはただ冷めた眼差しを向けるだけだった。


 やがて反攻の口火を切る。


「お前たちの追っている男が機密を盗んだという証拠、何処にあるか教えてもらおうか。間違いなく罪人だと分かれば、こちらも大人しく男を引き渡そう」


 ウィルが出した交換条件に、ヘルムカの表情はより険しくなった。


「ふん、何をバカなことを! そんなものは当人を捕らえ、尋問すれば明らかになるではないか! 第一、吟遊詩人風情などに教える義務など我々にはない!」


 気色ばむヘルムカに対し、ウィルはあくまでも冷静沈着であった。決して感情を揺らさない。いや、そういった感情をこの男は持っているのか。


「では言おう。すべてはお前が仕組んだことではないか?」


「な、何だと……!?」


「この追跡行は自分への疑いを逸らすための欺瞞フェイク。上手い具合に部隊を抜ける男に罪を被せ、追跡という名目で口封じしてしまおうという魂胆だったのだろう」


「――ッ!?」


「大体、ヘルハウンドなどという魔獣を差し向けたこと自体、容疑者の生死を問わないやり方だ。機密を盗んだのなら、それを取り戻すことも重要なはず。だが、お前のやり口は、すべてをうやむやにしてしまおうという意図が透けて見える」


「きっ、貴様……言わせておけば……」


「ダクダバッド方面軍の司令ともなれば、向こうとのパイプも強くなるだろう。今のブリトン王国は事実上の空位状態で、今後、宰相と王子の間で権力争いが起こるかもしれない」


「……それがどうした?」


「一方、現在のダクダバッドも混乱してはいるものの、やがて軍事力を前に押し立てた支配者が誕生しそうな気配。共和制は解体され、新興国として刷新されるだろう。お前が重要機密という手土産を持って取り入ろうと考えても不思議ではない」


「ボギー!」


 図星を突かれたか、怒りに身を震わせたヘルムカは魔犬の名を叫んだ。


 すると沢へ転落したはずのボギーが唸り声を上げながら駆け上がって来た。その恐ろしい光景に普段からボギーを見慣れているはずの騎士たちでさえ震え上がる。


「その男を殺せ!」


 空中にまで跳躍したボギーの眼が新たな獲物の姿を捉えた。


 今さっき軍馬を屠った牙は、まだ赤い血をしたたらせていた。ガッと口が開かれ、美しき吟遊詩人に襲いかかる。


 だが、ウィルは少しも慌てなかった。まるで夜空に登った月を愛でるかのように見上げると、静かに呪文の詠唱を口ずさむ。


「ヴィド・ブライム」


 ボギーに向かって突き出された右手に小さな炎がともる。それは渦を巻くように回転すると、次第に大きな炎の塊へと膨れ上がった。


 爆裂火球ファイヤーボール。瞬く間に両抱えほどの大きさになると、まるで砲弾のように発射された。


 ドォォォォォン!


 避けることすらままならず、ボギーはまともに火球の直撃を受けた。その勢いのまま再び沢下へと落ちて行く。


 長く尾を引いた炎は、夜空に美しい放物線を描き、一瞬、川面を赤く照らしてから爆散した。そんな華麗なる魔法を披露した吟遊詩人は、自分の抹殺を命じたヘルムカ将軍の方へゆっくりと振り向く。


 ああ、ウィル──美しき黒衣の魔人。彼の前では、何者であろうとも己の無力さに打ちひしがれるしかないのかも知れなかった。


 だが、それでも抗おうとする者はいる。ヘルムカもその一人であった。


「う、動くな! こちらには人質がいるのだぞ!」


 ヘルムカの合図で、さらに後方から軍馬に跨った騎士が進み出た。その懐に抱かれるようにして騎乗しているのはルンだ。その顔色は夜目にもすっかり蒼白だと分かった。


「う、ウィル……」


 追っていた男がルンによってかくまわれていたと目星をつけたヘルムカは、万が一に備え、無抵抗な少女を人質にしよう、とここまで連れて来ていた。命の恩人を目の前にして、見殺しには出来ないだろう、との卑劣な考えからだ。


 結果的には、その相手こそ違えど、この策はウィルの動きを止めることに役立った。


「フッフッフッ、それでいい」


 ヘルムカは抵抗を示さなくなったウィルを見て、愉快そうに笑った。やっと心に余裕を取り戻す。


 片や彼の部下たちは、そんな上官の卑怯な振る舞いを直視できず、回復不能な失望感を覚えていた。一般の、それもまだあどけなさの残る少女を人質にするなど、ブリトン王国の気高き騎士道の風上にも置けない行為だ。


「そのまま大人しくしていろよ。──おい、何をやっている! さっさと其奴を縛り上げろ!」


 ヘルムカは荒げた声で部下たちに命じた。


 ところが、彼に従おうとする者は誰一人としていなかった。むしろ反抗的な意思表示と非難を訴えかける視線が集中する。ウィルの投げかけた疑惑が的を射ているのではないか、と指揮官への忠誠と信頼が揺らぐ。


「お前たち──!」


 あからさまな批判こそ上がらなかったが、これまで率いてきた部下たちに命令を拒絶され、ヘルムカの怒りは爆発寸前だった。


 そこへ何かが急速にこちらへ近づく音が聞こえた。


「ガアアアアアッ!」


 轟き渡る魔犬の咆哮。


 再び沢下から身を躍らせたのは、ウィルの 爆裂火球ファイヤーボール で吹き飛ばされたはずのヘルハウンド、ボギーであった。


 実際、頭から前肢にかけて覆っていた黒毛は燃えてなくなり、醜く焼けただれた皮膚が露出していた。


 しかしながら、川に転落したおかげで思ったよりダメージを受けなかったのか、それとも持ち前の生命力が強靱であったのか。まさか、こうして再び舞い戻って来ようとは。すべては自分に傷を負わせたウィルに復讐するために。


「ウィル、危ない!」


 人質であることも忘れて、ルンは叫んだ。


 魔法攻撃を喰らったボギーはさらなる凶暴性を剥き出しにし、美しき吟遊詩人を歯牙にかけようと飛びかかる。


 もちろん、それに気づかぬウィルではない。復活した魔犬に怜悧な黒い瞳を向けた。


 頭からかぶりつこうとするボギーを、ウィルはしゃがむような格好で回避した。


 とは言え、ボギーも巨体ながら、その反応と動きは素早い。一撃目が空振りに終わったボギーは着地と同時に身を捻り、間断のない二撃目を仕掛ける。普通の者であれば、この二段攻撃でおしまいだ。


 だが──


 黒い美影身は軽やかに宙を跳んでいた。ボギーの二撃目など、この吟遊詩人はとっくに見抜いていたのだ。


 その場にいた者たちは、誰もが見惚れたようにウィルの跳躍を目で追いかけていた。


 驚異的な跳躍力で崖の頂上に降り立ったのと、心地よい旋律が聴こえてきたのは同時だった。


 いつの間に手にしたのか、ウィルの腕の中には伝説の《銀の竪琴》が抱えられていた。


 《銀の竪琴》――女神が竪琴を奏でているような繊細で優美な装飾が施され、その調べは聴く者の魂を虜にする。それは、この美しき吟遊詩人が弾き手であるからこそ似つかわしいものだった。


 でなければ、どちらか一方がまばゆい美の前に打ち消されていただろう。


 青白い月光が黒衣の演奏者を妖しく浮かび上がらせる。


「くっ! 愚弄しおって!」


 感嘆の吐息を漏らさなかったのはヘルムカだけであった。命のやり取りをしている最中に、突然、竪琴の演奏を始めたウィルに歯軋りする。その美、その余裕、その完璧さ――すべてがヘルムカの気にそぐわなかった。


「今度こそ仕留めろ、ボギー!」


 ヘルムカは魔犬に命令した。


 ボギーもまた飼い主と同じく、ウィルに溢れんばかりの憎悪を向けていた。


 低い唸り声を上げ、体勢を低くして構えたヘルハウンドは、四肢に力を蓄積させるなり、それを一気に解放した。

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