最後の協力者
昼は工房に向かっていた面子も戻ってきていて、全員で取ることになった。大所帯だったが、アーシュルーの村長の家は商隊の宿も兼ねているらしく、余裕で受け入れられた。
各々が席に着く中、金髪を後頭部で折りたたむように結い、バレッタのような大きな髪留めで纏めた女性が上座へと座る。彼女はコルネにフォーリガの生き残りのところへ行くよう勧めてくれた女性だ。
一方的に名前は知っているが、こちらが自己紹介する前にソラールに拳骨を落とし、彼の武器を持って工房に戻ってしまったので、きちんとした顔合わせはこれが初めてになる。
「今朝は慌ただしく去ってしまってごめんなさい。改めて自己紹介をするわね。
アーシュルーを守護する大精霊、【原初の土】のサーラよ。私もソラたちと同じように、気軽に接してちょうだい」
にこりと微笑む彼女は着ているのが職人向けの作業着でありながら優雅さを失わず、とても落ち着きがある。今朝の一瞬だけソラールに向けた憤怒の顔はまるで嘘のようだ。
第一印象は怒らせてはいけない人。その印象はこの笑顔でさらに強化された。
工房見学組と途中参加の二人は自己紹介済みなので、残ったコトハ・アルビレオ・エウロ・ユートの四人の番だ。コトハが先陣を切って、それぞれ自己紹介をしていく。
全員が終わった後、サーラは覚えるように一人一人を見ていって、コトハに戻した。そして困ったように頬に手を添える。
「あなたたちにも残念なお知らせをするわね。作戦ではエンドに入ると聞いたのだけど、相性が悪くて入れないの。残ったあなたたちの誰かに、と思って今見たけど、全員無理だわ」
「えっ」「なっ」
話では地の継承者は存在しておらず、サーラが封印する時には地に潜って封印をしているのだそうだ。故に、戦闘する時にはエンドに入ってもらうことになっていた。
作戦を立てたルナを見ると、彼女も残念そうに大きく肩を落とし首を振る。エンドも申し訳なそうに両手を合わせていた。
「誤算だったよぉ。エンドさんなら行けると思ったんだけどね~」
「ごめんね~」
ルナの作戦では地属性も必要になるが、この場に居る全員がダメとは。
思わずエウロと顔を見合わせた隣で、コトハが自分を落ち着かせるように深く息を吐いた。
「確認だが、戦闘でサーラさんが入る人間がいないだけで、封印解除する時は問題ないんだよな」
「うん! そこは問題ないよ!!」
コトハの冷静な確認にルナは顔を上げて力強く頷く。コトハは今度は呆れたように息を吐いた。
「だったら何も問題ないだろ。ソラールと一緒に後衛を守る人数が増えるだけだ。エンドさんが前に出たって良い」
「あ、そうか」
彼女の言葉にアヴリオから納得の声が漏れた。アルビレオも同じ気持ちだ。
ソラールも入る人間がいなくて後方支援だし、エンドは元々支援組の護衛だ。護衛の人数が増えただけで、攻撃する人間の数に変わりは無い。謝罪した二人が軽いノリなのもそういうことかと納得した。
「それなら、一つ良いかな」
衝撃ついでに、先ほど発覚したことと少し変えた作戦をエウロが伝えると、ソラールたちも知らなかったか、驚いた様子でアヴリオのカタナに顔を向けた。食事の場だがテーブルの上にカタナが載せられる。
「……なるほどね。今回の作戦を聞いて、いい加減起きることにしたと言ってるわ」
サーラも魔剣の声が聞こえるようで、じっとカタナを見た後にカタナの声を代弁する。彼女に整備されてる途中で話しかけたが、鍛冶場の音が大きすぎて声が届かなかったのだという。
「……うーん。それならコトハの提案の通り、僕も前に出ようか」
アヴリオがカタナをしまい、空いたスペースにエンドが大判の紙を広げる。船の中で何度も考えた戦場での配置図だ。ルナが見てきた遺跡と封印、“魂の欠片”の位置が描かれ、小さな丸とアルビレオたちの名前が入っている。彼はその中でアヴリオの丸を後方に描いて矢印を引き、ユートと自分の丸を“魂の欠片”へと近い位置に描く。
「あえて後方を薄くすることで隠れてる奴を誘い出すんだ。罠だと思って攻撃しないならそれはそれで良い。
僕も体質的にプラーナを吸う敵とは相性が悪いから、行けるとしてユートと同じ位置だけど。ここで障壁を張ることぐらいは出来る」
エンドはプラーナが安定しにくい体質なのだと船の中で説明を受けている。影が薄いのもその影響で、本人は体質を利用して実力を隠しているそうだ。時々、隠密行動もしているらしい。
彼は近接職と聞いていたが、腰のポーチから短杖を取りだした。短剣よりも少し短く紫水晶で出来た杖は、近接職が魔法を使う時に補助として使うものに見えた。魔法も使えるらしい。
「ならば、本来の短剣に戻るので、エンドさんに持ってもらってもいいだろうか? そちらのほうが安全そうだ」
片手をひらりと上げてずっと黙っていたユートが発言する。
ユート自身は普通の剣士程度の実力しか無い。作戦を考えた時から、もう少し本体から力を貸してもらえないか交渉中だそうだが、エンドが前に出て片手が空いている様子を見て提案してきた。
「その姿でも剣を出す能力は使える?」
「大丈夫だ。それに短剣の姿のほうが視野が広くなる。無論、武器として使ってくれて構わない」
「んー、了解。癖で投げちゃったらごめんね」
「それは……我慢してほしいな」
笑いながら謝罪をするエンドに、ユートは一瞬面食らったように目を丸くし、困ったように笑った。
****
昼食が終わると、アルビレオたちは先にフレムブリガに向かうことになった。予定では全員揃って向かうはずだったのだが、ソラールの武器の封印を解くため、サーラとソラールは遅れて来ることになった。彼の武器は柄頭を合わせて伸ばすとグレイブと槍がついた双頭の武器になるらしいが、炎の力も全開になるので普段は封印しているそうだ。
決行を予定している明日の昼には間に合わせると言うサーラとソラールを置いて、一行は南東へ馬車を走らせた。
サーラが用意してくれた馬車は大人数用の一台。馬は通常の馬ではなく、八足騎馬――スレイプニルだ。コトハとルナの知り合いらしく、二人が驚いた声を上げていた。なので御者台にはコトハとルナが座った。
ここから先、フレムブリガまでは馬車で二日の距離なので案外近い。しかし【終焉を渡り歩く者】の動きが分からない以上、時間をあまりかけたくはない。
そこで、コトハが秘策を使うと言った。王都を旅立つ前にバージェス達と話していたのはそのことだった。
“魂の欠片”を上手く鎮められて、フレムブリガまで戻ることが出来たら、帰りはその方法で一気に東の交易都市ソーディスまで送れるという。
「そんな方法があるなら、王都からじゃ……あー、ダメか。人多かったもんねー」
「そういうこと」
コルネが疑問を持ったようだが、出立時の人の多さを思い出したか自己解決する。コトハも深く頷いて肯定した。
帰路に着こうというのか、早朝だったにもかかわらず城門周りは人が多かった。外に出て歩いたとしても、相当離れなければ誰かの目についたことだろう。
街道が大きく曲がって、アーシュルーが見えなくなったのを確認して、コトハが馬車を止めた。この辺りでやるようだ。
彼女は馬車から降り、街道を外れて草原の中へと足を踏み入れていく。
「さて。風の国では、正当防衛を除き、絶対に攻撃をしてはいけない魔物が二種類居ます。
アルビレオさん、それはなに?」
「え、俺か? ええと……」
背を向けたまま明るくおどけた様子で問題に答えるよう指名され、アルビレオは戸惑いながらもエウロから教わった話を引っ張り出した。
「グリフォンと、ピクシー族。だったよな」
「うん、正解。その理由まで言えたりする?」
「ごめん、まだ覚えてない」
各国の討伐禁止モンスターについては理由まで含めて覚えるのだが、風の国に関しては全く間に合っていない。船の中では軽く種族だけ聞いて、薬草ばかり覚えていた。
ゆえに正直に謝罪すると、コトハはそれでも構わなかったか振り返ること無く、右手を挙げて人差し指を立てた。
「まず、グリフォンはこの国の象徴だ。彼らが人間の縄張りに入るか、人間を攻撃してこない限り、討伐することを認められていない。正当な理由無く討伐した場合、間違いなく牢屋行きだ。まぁ、命があればの話だが」
「命があれば?」
まるで討伐した者が生還できないかのような言い方に思わず聞き返す。彼女は頷くと指を振って説明を続けた。
「グリフォンはピクシー族と共存関係にある。ピクシー族はグリフォンの羽根で飾りを作り、代わりにグリフォンの住処を隠しているんだ。
なので、グリフォンに手を出せば、ピクシー族とその長が黙っていない。もし討伐したらまずピクシー族に見つかり、なんとか正当性を証明しなければ、その場でピクシー族に草人にされる。
そして、ピクシー族は《厄災の五種》の内の一体、《ピクシー族の長》の眷属だ。彼らに手を出せば、《ピクシー族の長》が何十年掛けても見つけ出して、始末する」
内容は物騒なのに明るい声で、コトハは首を斬るジェスチャーをする。何とも恐ろしい種族だと口を引き結んだ。
しかし、何故コトハはいきなりこの話をし出したのか。理由を考えていると、隣のエウロが息を飲んだ音がした。
「……まさか。コトハ、君はピクシー族、それも《ピクシー族の長》とも繋がっている、とでも言うのかい?」
エウロの言葉に驚き、アルビレオはコトハに顔を向ける。
銀翼のグリフォンと契約を交わした【銀翼の歌姫】は、両手を広げて振り返る。
その顔には楽しげな笑みを浮かべ、悪戯が成功した子供のような笑いを含んだ声で、その名を呼んだ。
「来てくれ。――ロータス!!」
そして、ソレは花の香りを纏って静かに虚空から現れた。
まるで夜空を布に落とし込んだかのような、光の粒をちりばめたどこか青みのある黒いドレスを身に纏った、成人男性よりも一回り大きな女性。その背にある桃色の蝶の羽が陽光を反射する。
人形のような整った顔立ちに、宝石をそのまま填め込んだような真っ黒な瞳。羽と同じ色の髪は結い上げられているようだ。頭頂部に小さな金のティアラが載っていた。
明らかにモンスター。それも、気配から察するに今の装備では全く太刀打ちできないほどの、強者。
「彼女はブラックロータス。《ピクシー族の長》だ」
息を飲むアルビレオたちに、コトハは弾んだ声で紹介をした。
《ピクシー族の長》。《厄災の五種》の内の一体で、風の国を自由に飛び回っているという。
歌声が好きで、好奇心旺盛。攻撃をしなければ意思疎通は出来、普通のピクシー族よりも人間の常識に寄り添ってくれると聞いた。
「フレムブリガまでは、彼女に運んでもらおうと思ってさ」
「なん……」
いくら人の常識に寄り添ってくれるとはいえ、《ピクシー族の長》を足に使おうなんて失礼に当たらないのだろうか。
戦くアルビレオたちの心境を察したか、ブラックロータスが安心させるように微笑んで見せた。
「大丈夫よ、コトハの協力者たち。ワタシに出来ることは裏方だけ。せっかくあの子の“欠片”を開放してあげられるのに、これっぽちの協力しか出来ないなんて悔しいくらいよ」
「ロータスも“欠片”の人と知り合いみたいでさ。俺たちが開放するって言ったら、手伝ってくれることになったんだ。だが、これは公表されてないことだから黙っててほしいが――ピクシー族も精霊と同じくプラーナだけの生き物なんだ。だから討伐は手伝えないんだよ」
ブラックロータスの説明だけでは分からない点をコトハが補足して、やっと理解できる。戦闘に協力できない代わりに足になるということらしい。
彼女の力を使うなら、王都付近では呼び出せなかっただろう。アーシュルーから見えなくなるまで歩いたのも納得だ。誰かに見つかれば大問題である。
だが、アルビレオたちはコトハに改めて問いかけられたことで気付いたが、風の国の冒険者ならば誰もがコトハとブラックロータスの関係に気付いているのではないか。
「え、でも、あの。コトハが銀翼のグリフォンの主だから、《ピクシー族の長》と繋がってるってこと、みんな知ってるんじゃないの? 隠さなくてもコトハが居れば問題ないんじゃない?」
「じゃあ、コルネ。モンスターについてお前はどれだけ知ってる?」
「え? ……わかんない、かも」
「だろうな」
コルネも同じ疑問に辿り着き、不思議そうに首を傾げながらコトハに問いを投げたが、来ると思っていたか、コトハは間髪置かずにコルネに問いを返す。それに対してコルネは少し考え、首を振った。
二人のやりとりでアルビレオは気付いた。冒険者ならば知識があれば結びつくかもしれないが、一般人だとどうだ?
「アヴリオ、お前はどうだ?」
「……水の都で、騎士団が相手にしている数種類なら知ってるが、風の国で知ってるのはグリフォンと大鷲ぐらいだな。
《ピクシー族の長》も《厄災の五種》の一種という知識しかない」
「だよな」
コトハは今度はアヴリオへと問いを振る。水の都の特殊な家で生まれたとは言え、冒険者ではない一般人のアヴリオの言葉で裏付けされて、アルビレオは深く納得した。
「グリフォンとピクシー族の関係について知ってる人間は、結構少ないんだ。風の国でも高ランク冒険者とか、騎士団の隊長クラスとか、上澄みの人だけ。そういう人は気付いてても黙っててくれてる。国の聖女が国を滅ぼす力を持ってるなんて広まったら、やべーだろ」
「やばやばだね。だから逆に隠さなきゃいけないのかー」
「そういうこと」
一般的に広がっていないのならば、隠さなければ大変なことになる。人の中には自分よりも力が強い者を過剰に恐れる者もいるからだ。コトハほどの知名度となれば、その影響力も計り知れない。
「てなわけで、他言無用で頼むな」
ニッと悪戯っぽく笑いながらコトハは口に人差し指を当てる。
秘密の開示。それは彼女なりの信頼の証だ。
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