炎の村にて
「はい、着いたわ」
ブラックロータスの力で瞬きの間に移動する。森に沿った道は滅多に人が通らないのか少し荒れてはいるが、ちゃんと人が均した道だ。道幅は馬車が一台通れる程度。ホクト曰く、アーシュルーから南下していく際に使う道らしい。
このまま道なりに進んでいけばフレムブリガということで、ブラックロータスとはここでお別れだ。各々で彼女に礼を言った。
「コトハ、ルナ。くれぐれも気を付けて。命第一よ」
「分かってる。生きて帰るよ」
「ボクもやりたいこといっぱいあるからねー。ちゃんと帰ってくるよ」
コトハとルナの二人へ、ブラックロータスは念を押す。バージェスも念を押してたことから分かっていたが、ルナも命が軽いようだ。
二人とも真面目な顔で頷いているが、ブラックロータスは信用ならないとばかりに口を尖らせ、アルビレオへとその黒い瞳を向ける。
「コトハを打ち負かしたアナタ。私からの依頼よ。必ずこの子達を連れ帰ってちょうだい。対価はアナタと協力者たち全員の治療。頭と心臓さえあれば、ワタシが癒やすわ」
「わかった、その依頼を受けよう」
頭と心臓さえというが、その二つだけになった状態はもう死んでいるのではなかろうか。死者蘇生すらも出来るということかと思いつつ依頼を受ける。コトハの顔に納得がいかないと書かれていたが無視をした。
「絶対よ。破ったら……いいえ。破られるような事態になったら世界の終わりね。そうならないように祈っているわ」
「そいつは責任重大だな。どんな形でも俺がこの子達を連れて帰るよ」
ブラックロータスほどの存在が言うことだ。誇張ではなく本当に世界が終わる事になるのだろう。
それを分かった上で、アルビレオはあえて重くなりすぎないよういつもの調子で微笑んで応えた。
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ブラックロータスと別れ、一行はフレムブリガに向かう。
《ピクシー族の長》の言葉に対して、アルビレオはいつもの調子で応えられたが、一行の空気は重たくなってしまっていた。特に根が真面目なアヴリオは口を引き結んで硬い表情だ。コルネの表情も暗い物になっている。
「そうそう。フレムブリガには珍しい魔法を使う“魔法使い”がいるんですよ」
これはいけないとアルビレオとエウロが目配せをし、エウロが口を開いたところで、ホクトが先に発言をした。
「へぇ、“魔法使い”。てことは“原初の魔法”を使うんですか?」
食いついたのはルナだ。彼女は魔法発明家なので、珍しい魔法と聞いて興味が惹かれたのだろう。
今のドリムデラ全土で使われている魔法は、同じ手順を取れば、籠めた魔力による威力の差違はあれど、誰でも同じ魔法が使えるようになっている。その大元にあるのは“原初の魔法”と呼ばれている個々人の才能と感情に効果が左右される魔法だ。歌魔法や魔曲がそれに当たる。
そして魔法を使う者を魔道士、原初の魔法を使う者を魔法使いと大雑把に分類されている――と、船の中でルナがコルネに解説しているのを聞いた。そこから回復魔法を使うなら白魔道士、攻撃魔法なら黒魔道士と分けられる。原初の魔法は歌魔法を使うなら詩人、魔曲なら魔曲使いだ。
「ええ。その魔法は【創造画】と言い、描いた絵をこの世界に具現化させる魔法です。【創造士】と呼ぶそうですよ」
「描いた絵を具現化させる!?」
「そんなことが可能なんですか!?」
信じられない魔法にアヴリオとコルネが驚いた声を上げる。アルビレオもエウロも声を上げないが驚いた。
「……ああ。魔法生物学の基礎となった原初の魔法ですね」
「流石ですね。その通りです」
話を聞いたルナは魔法発明家らしく落ち着いた声で冷静に分析し、ホクトは少し楽しそうな声で肯定した。アヴリオが納得したような声を上げている。
「魔法生物学?」
「魔本の妖精や精霊に似た生物――使い魔の研究をしてる学問だな」
「そのとーり」
いつものようにコルネが首を傾げ、今日はアヴリオが答える。彼の後に続き、ルナが先ほどの落ち着いた声が幻聴だったのかと思うほど、いつも通りの明るく弾けた声で解説を始めた。
魔法生物とは、魔力や素体を組み合わせて生き物のように造り上げた、魔力で動く存在を指す。『学』と付いているように、魔法生物は一つの学問として日々研究が成されており、魔本で呼び出す使い魔も日々進化しているそうだ。
ちなみにゴーレムも広義では魔法生物だが、あちらは魔力を使えど錬金術から派生したものなので、魔法生物学には含まれないとのこと。
「でも、今日これから泊めてもらって、明日には戦闘だから会う時間はあまりなさそうだね」
「いやいや、終わった後ならいくらでも時間はあるさ。なんならボクを置いて帰ってもいいよ!!」
「滞在費は? 俺は出さねぇぞ」
「……改めてフレムブリガに来ることにするよ!」
残念そうなコルネにルナは明るい声でとんでもないことを言い出したが、コトハの冷静な突っ込みにしばし間を置いて言い直した。開いた間は彼女が財布を確認した時間である。
ルナの様子に誰もが笑う。先ほどの重い空気はすっかりと消え去っていた。
街道は森から離れていき、さらに進んだところで木で作られた獣避けだろう頑丈そうな柵が見えてきた。そして閉められた門の前に人が立っているが、守り人にしては様子が違う。
若く見える青年は腕を組んで立っている。陽光を反射する銀の短髪に、腰に佩いているのはアヴリオと似たような柄の剣――カタナだ。着ている服も水の都の様式に見える。
まるでアヴリオの血縁のような外見に、閃く。
「あ、エーギルだ。おーい」
アルビレオの閃きは合っていたようだ。シンルーが御者台へと身を乗りだし、大きく呼びかけた名前は水の大精霊の物。
自身の祖父に当たる人物に、アヴリオが緊張したのが後ろを振り向かなくても分かった。
「顔は似てないね」
「髪質は似てるんじゃないかな? ふわふわしてるように見えて、アレ結構硬そう」
「アヴリオも硬そうだしな」
「……緊張を解そうとしてくれてアリガトウ」
「え、そんなつもりないよ」
「ボクもないなぁ」
「私も同じく」
「そこはそのまま受け取れよ!」
なにやら後ろでコルネ、ルナ、ユートが好き勝手に言っているのを、アヴリオがツッコんでいた。三人が楽しそうに笑う。
だが、【原初の水】が硬い表情でいることと、何やら騒がしい様子の村に段々と笑いが消えていく。
【原初の水】の元に辿り着くと彼は硬い表情のまま口を開いた。
「皆、よく来てくれた。私は【原初の水】のスイレン。談笑しながら村を案内したいところだが、緊急事態だ。
――三つ首の多頭蛇が現れた」
緊迫した声で告げられた内容に、冒険者四人が息を飲む。
「多頭蛇! 頭の数が三つから八つある大型の蛇の総称だね。二つだと双頭蛇、九つになると九頭蛇と呼ばれるようになるよ。ちなみに双頭蛇から多頭蛇に成長すると考えられているけど、最近の研究ではどうやら多頭蛇は首の根元に瘤があり、その数で最終的にいくつの首になるのかわかるのかもしれないと言われてるよ。主な生息域である地の国ではもっと研究が進んでいるかもね。さて普通なら遭遇しにくいモンスターだけど、ここは地の国との境だし現れたっておかしくはない。案外フォーリガが多頭蛇を食い止めていたのかな。多頭蛇は大森蛇が複数くっついているようなものだと言われているSランクモンスターだけど、大きな違いは属性魔法を吸収することと毒を吐くこと。吸収する属性魔法は首の数と言われていて九頭蛇となると九属性だから普通の魔道士が持つ基本の七属性はもちろん希少な闇と光属性の魔道士ですら太刀打ちできない存在となり這いずる地獄と称されることもある。毒については肉を腐らせ溶かして消化しやすくしていると考えられているから毒というより消化液といったほうが正確だと思われるけどどちらにしろ脅威であり防ぐには盾や水の膜を張り続けるしかなく水の魔法が使えるのが【原初の水】様とアヴリオのみで正直危ないしそもそもそんな場にアヴリオを連れていきたくはないのだけれど今のボクらには脅威になり得ないのだよね出来れば皮ぐらいは残してくれないかなぁロータス」
ルナだけは目を輝かせて超絶早口にて何やら言っているが、アルビレオが聞き取れたのは、大型の蛇の総称だね、までだった。
スイレンが不審そうにルナを見ているのを、コトハが申し訳なそうに謝って御者台を降りる。
「確認しますが、出現は風の国側の森の中、でよろしいでしょうか」
「ああ。地の国からこちらに向かってきていると報告を受けた。おそらく強力な魔力源がここに居るからだろう」
ハイドラの主食は魔力の高い生物で、精霊も食べる。ここにはスイレンが居るのだから、狙ってきてもおかしくない。
倒すには火力が足りず、現在は【原初の雷】とフレムブリガの守り人が足止めをしている。厄介なことにこのハイドラは雷と水の魔法を吸収してしまい、物理攻撃か他の属性でないと攻撃が通らないそうだ。事前にブラックロータスからもうすぐアルビレオたちが来ると聞いていたので、状況説明の為にスイレンだけが戻ってきたと説明を受ける。
「なら、もうすぐ終わりますよ」
「なに……?」
ハイドラの居場所を確認したコトハが事も無げに言う。その言葉を証明するように、遠くから巨木が倒れたような大きな音が響いてきた。
「は?」「え?」
スイレンとコルネだけが驚いた声を上げる。アルビレオも音の方向を見て、隣のエウロに顔を向ければ、彼は残念そうに笑い肩をすくめていた。ハイドラとの戦いは“欠片”との戦闘を彩る前哨戦となっただろうに、残念ながらアルビレオの出番はないため、新たな英雄譚には加わらなかった。
「俺の友達は、伊達に厄災の称号を冠していないんで」
出向くまでもなく、ブラックロータスが片付けてくれた。
呆然としているスイレンにシンが声を掛けて我に返し、慌ただしい村の中、村長の家まで案内してもらう。
家の前にいた村長らしき初老の男性は、武装した青年に話を聞いているところで、話を聞き終わると困惑した様子でスイレンへと駆け寄ってきた。
「ちょうど今『糸車の歌』にて報告があったのですが、怒り狂った《ピクシー族の長》が現れ、ハイドラを草人にして枯らした後、去って行ったそうです」
村長の報告を聞いているところに、桃色の小鳥が御者台のコトハの肩に止まった。決勝戦で精霊と教えられた小鳥だ。
「コトハを送ったあと、森を見たら変な魔力の気配がしているのだもの。草人にして壊しておいたわ」
「ありがとな、ロータス」
桃色の小鳥からブラックロータスの声がして、アルビレオは瞬きを繰り返した。コトハもロータスと呼んでいるので、ブラックロータスのもう一つの姿のようだ。どうりでアルビレオを『コトハを打ち負かしたアナタ』と呼ぶわけだ。どこで見ていたのか疑問だったが、彼女は最初から特等席で見ていた。
それはともかく、アルビレオは馬車を降りて村の様子を観察する。
村全体では避難しようとしていたのだろう。それが突如ハイドラが消えたと大声で伝えられて、村人達は困惑している様子だった。
「さて、問題はここからだよ」
「そうですね」
問題と言いながらも軽い口調でエンドが馬車を降りてきた。エウロも軽い口調で答えて彼に続く。
「え? え? どういうこと?」
「ハイドラは、村から人を追い出すために用意されたのかもねってこと。出てきたところを、さくっとするためにね」
困惑しながらも降りようとするコルネを、エンドが手伝ってやりながら説明する。さくっとの言い方はコミカルだったが、意味することはコルネにもしっかりと伝わったようだ。
フォーリガの時のような人間爆弾は警戒されて使えない。忍び込むにも精霊は寝ずに監視できるし、結界も当然張っているために気付かれる。
とすれば、村から避難せねばならないような事態を起こし、村人を外に出して各個撃破したほうがいい。
「避難先はアーシュルーしかないだろうから、あの街道沿いのどこかにやつらは潜んでいるんだろうね」
「じゃあ、ブラックロータスに送ってもらってなかったら、私たちが襲撃されてた可能性があるってことですか?」
「いいや。やつらからしたら、僕たちはのんびり来てくれたほうが良い。襲撃されたことでフレムブリガが危ないかも! なんて思われて、旅路を急がれたら困るからね。だから監視はしても襲撃はして来なかったと思うよ」
怯えるコルネを安心させるように微笑んでエンドは答えているが、アルビレオは何も言えずに口を引き結んだ。
相手がある程度の統率が取れた組織ならば、エンドの推測は正しい。
だが、ソラールとシンルーが抜けた後の襲撃者の質を考えると、レムリータが北上する馬車だけ狙うように指示を出していたとしても、依頼前の小遣い稼ぎとして襲われていた可能性が高い。なんせ御者台に座っていたのが成人未満の少年に見えるコトハと、旅慣れして無さそうな若い女性のルナで、馬車を牽いている馬がスレイプニルである。貴族令嬢のお忍び旅行で、荷物が多いから大型の幌馬車を使っているように見えなくもない。
言うべきか迷い、ちらりと隣の相棒に視線を送ると、彼はにこやかに微笑んだ。
「起こらなかった『もしも』に意味は無いよ。これからのことを考えよう」
ルナの台詞は読み飛ばし推奨。
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