作戦変更!
ユートの爆弾発言でアヴリオが頭を抱えている頃。
ルナはソラールたちに説明しに向かうコルネの後ろをついて行っていた。
コルネ。森の村『フォーリガ』生まれの森の継承者。【原初の森】と共に逃げ、山道で滑落して命を落とした。今は【原初の森】がコルネとして、記憶を失ったまま生きている。
ソラールとシンルーが襲撃者として、本気ではないにしろ襲いかかった時、コルネは完璧に怯えて見せた。彼らの事なんて欠片も知らない様子だったと、ソラールが顔をしかめながら言った。だから記憶喪失は本当で、自分たちでは記憶は取り戻せなかったと判断したと。魔法を初めて使った時も、必死に思い出そうとしている様子だったという。
コルネを発見してからずっと観察してきた二人から、そう聞かされていた。ルナ自ら精霊たちに話しかけ、集めた話も同じで、間違いは無かった。
ルナがコルネに初めて会った時、彼女は琥珀のあしらわれた鏡に注目をしていた。木属性の精霊として琥珀に惹かれたのだろうと考え、【原初の森】の本名であるコハクを連発することで揺さぶってみたが、特に反応は無かった。
あの日を振り返ってみると、あれは自分の解説に圧倒されていたのだろうなと少しだけ反省した。もう少し落ち着いて話していれば何かしらの反応が見られたかもしれない。
だがそれも、真実を知った今だから分かることだ。
まさか、彼女は記憶喪失になどなっておらず、虎視眈々と復讐の機会を伺って、記憶喪失を演じているなんて思いもよらなかった。
フォーリガの生き残りの女性の家に招かれ、案内役の女性が外に出ると、コルネは悔しさの混じる沈痛な表情を浮かべて、自己紹介も無しに話を切り出したのだ。
「お久しぶりです、ネムラ。ルーネと再会させると約束したのに、ごめんなさい。私はあの子を護りきれなかった」
突然の謝罪と内容から、記憶があったのだと察するのは充分だ。非常に驚いたのだが、コトハは常の無表情が功を奏し、ルナは笑顔の仮面を被ることでなんとか驚愕を表に出さずに済んだ。
「まさか……コハク様なのですか……?」
「ええ。今は村を襲い、ルーネを殺した敵を欺くため、ルーネではなく記憶を失った少女として行動しています」
コルネ――【原初の森】のコハクは、これから他の属性の大精霊と継承者で力を合わせ、大森林の厄災を消滅させることをネムラに説明し、村の復興が必要ないことを伝えた。
最後に、自由に生きるよう彼女に伝えると、コハクは話は終わったと席を立つ。滞在時間は十分にも満たないほどの短時間だ。
そのまま出て行こうとして、ドアノブに手をかけたところで、コハクは思い出したように小さく声を上げて振り返り、コトハに笑いかけた。
「コトハ。まだ皆には黙ってたいから、なんか良い言い訳考えて」
「……わかったよ」
色々と言いたいことがありそうな間が空いたが、コトハは息を一つ吐いて切り替え了承した。
そして何食わぬ顔で合流を果たしたのが、ついさっきの出来事だ。
「……ボクはキミに力を貸すとは言ったけど、コトハまで巻き込むとはね」
「違うよ。これは成り行き。流石にルーネの母親に嘘はつけない」
僅かに苛立ちを混ぜた声を、風を使って彼女の耳元にだけ届けた。それを聞いて彼女は振り返るも、吐息だけで喋る。唇はあまり動いていない。読唇術にも対処してある様子に、無知で脳天気な少女の顔は完全に演技だと証明された。
ついでに、先ほど会った女性はコルネ――本名はルーネというらしいが――の母だと理解する。道理でどこか似ていると思った。
「ルナに頼みたいのは一つだけ。これからの戦いで私がやることを、誰にも邪魔させないで」
真剣な表情で、今度はしっかりと唇を動かし、吐息ではなくしっかりと伝えてくる彼女に眉を寄せ、意味を考えようとしたが無駄だとすぐに放棄する。あまりにも彼女について知らなすぎる。コハクという精霊がどういう性格なのかすらも掴めていない。
「はぁ……わかったよ。何がしたいのかは知らないけど、誰にも邪魔させない」
溜め息をついたルナは、過去の自分の発言を恨みながらも彼女の願いについて了承した。
少なくとも、仲の良い友を失った痛みだけは想像できる。その点だけで、力を貸す理由としては充分だ。
ルナの返事に彼女はとても嬉しそうに笑い、踵を返して再び歩き出した。
****
アルビレオたちのほうはといえば、アヴリオのカタナが魔剣だと分かったことで、少し作戦を考え直していた。
“厄災”もとい“魂の欠片”は、高濃度の瘴気と呪いにまみれている。最終目標は“魂の欠片”をプラーナで攻撃し、魂に死んだことを認識させて冥界に還すことなので、まずは瘴気と呪いを削ぎ落とす必要がある。削ぎ落とした後は再び纏わり付くのを防止するため、浄化魔法をかけていく。
コトハの歌魔法とエウロの魔曲しか浄化魔法が無いための作戦だが、神聖魔法使いがいたとしても地道に削ぐしかないだろうとソラールは言う。それほどまでに分厚いのだそうだ。
その作業が終わったとしても、非常に厄介な問題がある。
“魂の欠片”はいまだにプラーナを吸い続けていることだ。
プラーナを吸うとなると、武器にプラーナを纏わせるだけでは吸われてしまい、攻撃は素通りしてしまう。プラーナの宿った武器――人間の拳か魔剣でしか届かない。
ルナは、不完全な魂の形を補うためにプラーナを吸っているのだろうと推測している。だが他の魂の欠片はもう既に冥界に還り、補われることはない。永久に吸い続けて、いずれすべてを飲み込み続ける《刻を渡り歩くモノ》に繋がる可能性があると話した。ソラールたち六精霊もその結論に至り、未来で討伐出来るよう封印を選んだのだ。
そして、プラーナを吸い続けているということは、プラーナで構成された存在であるソラールたちが浄化作業を手伝えない。なので精霊たちは各継承者の中に入り、魔力供給源として手伝う予定だった。
前線はプラーナの異常に多いアルビレオと【原初の水】が憑依したアヴリオが担い、削ぎ落としたものを【原初の雷】が憑依したコトハの歌魔法と、エウロの魔曲で浄化していく。
コトハは浄化の歌を歌いながら魔導銃で攻撃も行い、さらに回復も担うので、一番負荷が高い。よって、後方からルナとコルネ、シンルーが憑依したホクトも攻撃を仕掛ける。彼は商人だが、日蝕時には弓術士として防護壁の上に立って、前線を駆ける妻の援護をしていたという。
ユートは中衛の位置から、アルビレオの剣をいくつも投擲し、攻撃も兼ねた補給をする。絶対に何本も壊れるのだから、次々に出してもらわないと間に合わない。
全て削ぎ落とした後、最後の一撃はアルビレオに憑依したソラールが行うことになっていた。アルビレオがソラールの剣を扱えれば良かったが、魔剣である彼らに選ばれなかったからだ。
だが、アルビレオに炎属性の素質があるとはいえ、継承者になれるほど適性が高いわけではない。適性が高くない人間の体に入るのはリスクがあり、さらにアルビレオはプラーナが多いため、反発も大きいと予測されている。本当に最後の一瞬だけ、ソラールがアルビレオに入り、最後の一撃を与える予定だった。
その作戦を、一部だけ変える。ソラールの剣は最終手段として、アヴリオのカタナで決着を付けることにした。力の温存のためにソラールは後方でエンドと共に後衛組の護衛の予定だったが、ルナ達と同じく魔法で援護だ。
逆にアヴリオは最後の一撃のため力を温存してもらうことになるので、ユートにはより前線に近い場所で戦ってもらう。
「ソラールたちにも確認して、問題無さそうならこれで行こう」
エウロの確認に各々頷く。
この作戦の中にレムリータへの対策はないが、相手がどういう戦術をとるのか分からない以上、臨機応変に対処するしかないと既に結論が出ている。
そのためにエンドが後衛組の護衛だ。彼は【影踏む小鳥】では二番目の実力者でコトハの師匠だという。ぼさっとした外見から分かるように戦うよりも内勤が好きで、滅多に武器は抜かないらしいが、流石に今回は戦うよと本人が宣言している。
「そうだ。アヴリオにはこれ渡しとく」
「なんだ?」
話が終わったところで、思い出したようにコトハが腰のベルトから、アミュレットのように紐を付けて下げていた金の輪を外してアヴリオに差し出した。装飾にしてはやや幅が広いそれは、どうやら男性物の腕輪のようだ。
「魔力を注ぐと任意の方向に魔力の障壁を張る腕輪だ。昔、付与魔法の練習にルナが造ったんだが、あいつその辺にあった腕輪で造ったから俺の腕にはだいぶ余ってさ。アミュレットみたいに付けてた」
説明に思い出したのは、決勝戦の序盤での出来事。アルビレオの後ろから、コトハに向かう形で戻ってきた弾が途中で消えていた。どうやらこの腕輪を起動しており、掻き消していたらしい。
障壁の強度を聞けば、使用者の注いだ魔力の量によるので安定はしないとのこと。
「ルナから俺用に新しいの作るから、これは捨てろって言われたんだけど、これでも充分使えるからさ。前衛組の中なら、お前が一番上手いこと使えるかなって思って」
「なんで…………いや、わかった」
ルナ=クオーレ・エボルタだ。天才魔導具師でもある彼女が造った代物は、試作品だったとしても価値がある。
そのため、アヴリオは一瞬受け取るのを躊躇うように視線を彷徨わせたが、アルビレオとユートを見た後、諦めたように受け取った。アルビレオには魔力が無いことを伝えてあるし、ユートもこの世界の魔導具は使えないと言っていた。よって最適なのはアヴリオだ。
「これ、物理攻撃にも使えるのか?」
「一応防ぐけど、当たると同時に割れるから、連続攻撃されるとヤバい」
「銃弾や弓矢は?」
「同じ。防ぐと同時に割れる」
「そうか。うん、充分だな」
物理には弱くとも、アヴリオほどの実力者なら、相手の隙を作るために使ったりも出来そうだ。彼もそう思ったようで腕輪を見ながら頷いて見せた。
発動までの時間を掴むために外に行こうとするアヴリオに、面白そうだからと皆でついて行く。
起動のための呪文はなく、魔力を流すだけで発動する。二度ほど試したアヴリオは、強度を試すためにユートにナイフを投げてくれと頼んだ。手品のように手元にナイフを造ったユートは、声を掛けてからアヴリオに投げた。
柄のない両刃の投げナイフは真っ直ぐにアヴリオに向かい、見えない何かに阻まれたように勢いを失って地面に落ちる。アヴリオは納得したように頷き、今度は三度ほど連続でと頼んだ。これまたユートはナイフを造って投げる。
一本目は先ほどよりも少し遠いところで落ちて、二本目は素通りしたのでアヴリオは避けた。三本目は一番最初の一本と同じ場所で阻まれて地面に落ちる。連続で障壁を張ってみたようだ。
その結果を見て、アルビレオはふとコトハに顔を向けた。
「これ、遠い相手の前に障壁を張る事も出来ないか?」
「……その発想はなかった」
アヴリオが距離を離して発動できている様子から、もしやと思ってアルビレオはコトハに聞いてみたが、コトハには障壁を他者に張る発想がなかったらしい。ソロ活動をしていたので思いつかなくても仕方ないか。
試してみることになり、アルビレオとコトハがアヴリオから離れた位置に立った。ユートはまずアルビレオにナイフを投げ、アヴリオは障壁を作る。ナイフは阻まれたので無事障壁は張られたようだが、透明なので障壁が出来ているか分かりづらい。
どうやらアヴリオも同じ事を思ったようで、眉を寄せて腕輪を一度外した。
「ちょっと待っててくれ。色を付けられないか余白を見てみる」
「ああ、他者に張る場合は色が合ったほうが助かるな」
「魔本の障壁と同じようにするのか。アリだな」
アヴリオは付与魔法を少し知っているらしい。『情報展開』と呟き、中空を眺めている。その辺りに情報が書かれた画面が出ているのだろう。付与魔法を知らないと見ることすら出来ないので待機する。
難しい顔で目を走らせていたアヴリオは余白を見つけたか安堵した息を吐き、文字を書くように指を動かす。書き終わったか指を下ろしたアヴリオはしっかりと見直し、閉じる呪文を唱えてもう一度腕輪を付けた。
そして彼の前に、緑に仄かに光る、手のひらほどの大きさ六角形の障壁が生まれる。実験のため紙ほどの薄さだ。
「お、成功。これ、六角形だったのか」
「へー、そんな形だったのか」
使っていても、色が付かなければ認識出来ない。コトハも初めて見たようで感心した声を上げた。
もっと大きな障壁にするとどうなるかとアヴリオがさらに魔力を流すと、六角形が増えて彼の前面を覆う壁となった。大きくなるわけではないらしい。
こうやって増えるのならば全面を覆うことも出来ないかと試してみたが、残念ながら一方向のみ。だが、いざという時の盾としては充分な機能を果たす。
「うん。大体分かった。コトハ、今度はどこまで魔法を防げるか試したいから手伝ってくれ」
「いいよ」
コトハの魔導銃はルナの特別製だ。流通している魔導弾よりも威力も貫通力も高い。魔法で言うと上級レベルの威力だそうだ。それが防げるのならば大抵の魔法は防げるとみて良いだろう。
流石にアヴリオに当たると危険なので、ユートが造った大剣を的にして、その前に障壁を張る形で試していく。壊してしまってもまた同じ物が造られるので、アヴリオの魔力が続く限りいくらでも試せる。
そうして試しているといつの間にか昼食の時間になっていたようで、ホクトが呼びに来た。
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