魔将軍が出現
魔将軍が出現
しょんぼりしてるジャネットは上半身をグルグル巻きにされ、ロープの端を掴んでるペールに引っ張られていた。もう抵抗する気もなさそうだった。
ジャネットの処分は、教会に戻ってからになった。ラベンダーとしては、伝説の鎌を悪いことに使うつもりはなかったようだからそんなに重い罰にはしないつもりだそうだ。
山賊達の死体等の事後処理は手間賃を出せはハーフエルフ達がやってくれるとニットが約束したので、俺達はさっさとここを出ることにした。
伝説の鎌は、勿論コートが今は肩に掛けている。この国には鎌を用いた武術が無いので、帰ったら教えてくれとコートに頼まれた。こっちとしててはコートの目の前で鎌を振り回しても怪しまれない絶好の機会なので、教える気はないけど形だけは引き受けた。
ニットが山賊の罠を全部解除したアジトから俺達が悠然として出ると、空が赤みを帯び始めていた。
「わっはーいっ!」
羽根を広げたクローラが、山賊の問題が解決した達成感からか大はしゃぎで飛び上がった。20メートル近く地上から離れた所で、突如クローラがはじけ飛んだ。
「きゃあ!」
「クローラ!」
きりもみ状態で墜落しかけたクローラだったが、地面に激突する寸前に何とか体制を整えて急上昇をした。
「大丈夫かクローラ?」
「ご主人様、あそこになんかいますっ!」
クローラが何もないはずの空中を抜いた短剣で指すと、そこから一瞬黒い煙が沸き上がったと思うと次の瞬間には拳を振り上げた男が腕を組みながら空中に浮かんでいた。どうやらあいつは俺と同じで翼が無くても飛べるようだ。
「まさか、翼人までいたとはな」
男は、よく通る低音の声を発しながら俺の少し頭上位に浮いているクローラを見下ろした。
朱色のゆったりとしたローブをまとった男は全長三メートル程度で、紫紺の長髪から灰色の二本の角を生やして焦げ茶色の肌をしていた。そして何より特徴的なのは腕が四本あることだった。
ラベンダーとスコットが、男を見上げて戦慄した。
「まさか、七魔将軍だというの?」
「あやつは妖獣将軍バービリオンに間違いありません」
どうやら、かなりの大物らしい。あいつは間違いなく敵だったので、俺とコートは鎌を構えた。まだ鎌の使い方が身についていないコートだったが、伝説の武器の方がいいと判断したのだろう。
「ペールは、ジャネットを連れて下がってろ」
ニットがナイフを抜きながら、アジトの奥を指した。ペールはその場に残りたそうだったジャネットの足をつま先で引っかけて転ばすと、アジトの奥まで引きずって行った。
「あやつは一人でいるように見えて、どこかから魔獣を出現させる事で有名です。気を付けて下さい」
そう言うとスコットは、杖を構えて魔術の準備を始めた。
スコットに言われて魔中が隠れていないか見渡した俺は、ノリリンが遠くの岩陰に隠れているのを見つけた。
「あいつ、まだいたのか」
まあ、邪魔しなければ構わないから、無視しよう。
すまし顔で腕を組みながら、バービリオンは俺達を見下ろした。
「どうやら、伝説の武器を手に入れたようだな。全ては妖魔頂帝の思惑通りというわけか」
その言葉に、スコットが眉をしかめた。
「思惑通りだと? どういう意味だ!」
「そのまんまだよ。お前らは頂帝の手のひらの上で踊らされていたのだ。特に、お前がな」
バービリオンは、コートを指さした。
「俺がだと? 俺をこの世界に呼んだのは、勇者を望んだラベンダーの祈りじゃないのか?」
コートの言葉を、バービリオンは一笑に付した。
「ふっ。聖女の祈りも計画のうちだ。異世界から流れ落ちた死者の幽体が、勇者に生まれ変わるためにな」
バービリオンは、勝手に妖魔頂帝の計画を語りだした。
「妖魔頂帝は、人間どもとの戦いには不安材料など何もなかった。ただ一つ、伝説の武器の存在を除いてだがな。どうせ眉唾物の伝説だろうと高をくくっていたら、本当に勇者の鎧が発見された。本当に勇者が伝説の武器を手にして妖魔頂帝に挑みに来たら厄介だ。しかし、伝説の武器のありかは王族にしか知られていない。先に武器を見つけて破壊するのも難しい。だから、勇者をでっち上げることにしたのだ」
「でっち上げだと?」
コートが、バーミリオンの言葉に驚いた。
「そうとも、でっち上げだ。妖魔にも伝わっている範囲で妖魔頂帝は勇者降臨の伝説を再現したのだ。まずは精々数十文字しかない伝説に尾ひれをつけて広めて、人間達も再現に手を貸すように仕向けた。次に人間達が勇者の降臨を祈るようになった頃合いを見計らって別世界に通ずる穴を開いた。神に選ばれたのではない偶然に穴に吸われた者がこの世界に落ちるようにな」
バービリオンは、天空にある穴を指さした。あれは、妖魔頂帝とやらの仕業だったのか。はた迷惑な。
しかし、俺とクローラも穴を通って来た事に気づいてない所を見ると、あいつは最後の詰めは甘そうだ。俺も人の事は言えないがな。
「偶然この世界に落ちてきた異世界人は、思惑通りに勇者の鎧を身に付けることが出来た。再現された伝説が、本物をなぞりだしたからだ。後は、伝説の武器が見つかるのを待って、でっち上げの勇者から奪うなり破壊するなりするだけだ!」
バービリオンが四本の腕を大げさに広げると、頭部の角が光りだして雷がいくつも落ちてきた。
「うわっ!」
雷を飛ばせる死神には俺も会ったことがあるが、雨のように降り注ぐ雷ははじめてだ。しかし、その雷は俺達には当たらなかった。見えない壁が俺達を守っていたのだ、
「どうやら、間に合ったようだな」
スコットが、不敵な笑顔を浮かべた。
そうだ、スコットが今まで唱えていた呪文は、この見えない壁だったのだ。バービリオンが長々と語っていた間に、強固な防御魔法を完成させていたのだ。
「うわっ、ビックリした」
見えない壁におでこをぶつけたクローラが、左手で頭を押さえて一旦地上に降りた。どうも見えない壁は、半球形の形をしているようだ。
「でも、これで雷は平気ですよね。ご主人様」
陽気に笑いながら、クローラは短剣をブンブン振り回した。
「まだだ、油断するな。それと、危ないから振り回すな」
そうだ、こっちも空中のバービリオンを攻撃出来ない。あてにしていたスコットの魔術が、防御に専念しているせいだ。
「ニット、山賊の武器を探してくれ!」
「もう見つけたよ」
いつの間にかアジトに戻って、山賊の武器庫から弓矢をニットは持って来ていた。この判断の速さは、傭兵をやってるからだろうか。
「スコット、こっちの攻撃は通るの?」
「ニットよ、私の合図に合わせて矢を射るのです」
バービリオンが、見えない壁のすぐ近くまで降下してきた。
「人間も中々やるな。だったら、これでどうだ!」
落雷の雨が突然やんだかと思ったら、バービリオンが雷を全身にまとって白く輝きながら見えない壁に突っ込んできた。これは結構パワーがあるようで、スコットの表情が苦しげになった。
「どうやら、防御魔法も限界みたいだな」
見えない壁にぶつかりながらも、バービリオンが少しづつ前進して来た。
「今です!」
スコットの言葉を合図に、ニットが矢を射た。どうやら見えない壁を突き抜けたらしいバービリオンの頭に、ニットの矢は命中した。
「うわっ!」
傷ついた角の根元に手を当ててバービリオンは、地面に乱暴に着地した。彼を覆っていた雷も既に消滅していた。
「生意気な人間どもめ・・・」
片膝をついた状態で、バービリオンがうめき声をあげた。
「今なら鎌が届く、行くぞ!」
「あ、ああ、そうだな。たとえ偶然でも、いつか本当の勇者になってみせるさ、ベニヤ!」
バービリオンにでっち上げと言われて動揺していたコートが気を取り直し、俺に続いて鎌を構えて走り出した。
「あたしだってやれるんだから!」
クローラが、俺を追い抜いてバービリオンに向かって駆け出した。
「こうなれば、妖獣将軍と呼ばれる理由を見せてやる!」
バービリオンは二本の左手をクローラに向かって突き出した。突然、バービリオンの腕が長い鞭のように何メートルも伸びてきた。
「いかん!」
本来は飛行に使う力を加速に利用して、俺は追いついたクローラの背中の羽根を掴んだ。
「クローラ!」
俺に引き倒されたクローラの鼻先を、バービリオンの腕が空ぶった。もう一本の腕は、俺の鎌ではじかれた。
「大丈夫か、クロー・・・」
突然、左足首に激痛が走った。俺が足元を見ると、バービリオンの右手が地中から伸びて俺の足首に爪を立てていた。
「何いっ!」
どうやら、左手の陽動にまんまとはまってしまったようだ。
「このっ!」
鎌を振り下ろすと右手は地中に潜って、そのまま左手と一緒に元の長さに戻った。
「まずは、一人だな」
バービリオンの口元が吊り上がった。
「何だと? それはどういう・・・」
今度は、俺の心臓に激痛が走った。思わず鎌を投げ捨てて、両手で胸を抑えた。
「貴様、俺に何を・・・」
全部言い切る前に、俺の意識が遠のいていった。既に目の前には暗闇しかなかった。
クローラやコートが俺を呼んでいるようだが、その声も俺には小さく途切れ途切れにしか聞こえなかった。
その声も次第にちいさくなり、なにも聞こえなくなった。




