死神の約束
死神の約束
急に、目の前に景色が広がった。一体、どういう事だろう?
今いる場所は、意識を失う前と同じアジトの前の荒地だ。バービリオンも変わらず目の前に立っている。だが、少し様子が変だ。
振り返ってコート達を見た時、なぜ様子がおかしいか判った。俺の視点が高くて、コート達を見下ろしていたのだ。俺を見上げて、コート達が驚いた顔をしている。
ひょっとして、今の俺って宙に浮いているのか? だが、クローラまで唖然としているのがおかしい。それに、俺の足には確かに地面の感触がある。
少し離れた所にいるスコットの方を見ると、彼と目が合ったとたんに何か叫び出した。
「妖獣将軍め、こうやって魔獣を出現させていたのか!」
何、魔獣だって? どこにいるんだ?
俺は辺りを見回したが、バービリオン以外に全く敵の姿は見えなかった。
一体どういう事なのか、俺はスコットに尋ねた。
「グワッ!」
な、何だ今のは? 俺はスコットに話しかけたはずなのに、奇妙な唸り声を出してしまった。まるで、獣の鳴き声のような・・・。
獣だって? もしかして・・・。
俺は、両腕を上げて自分の手を見た。
そこで見たのは、茶色い鱗と鋭いカギ爪のついた魔獣の手だった。
やっぱり俺、魔獣になってるよっ!
「ウギャーーッ!!」
驚いた余りに、俺は遠吠えをあげた。
「わっはっは! 俺の奥の手を見たか!」
勝ち誇ったバービリオンが笑い声をあげた。
「最早この男は、お前らの仲間ではない。自我も理性も失って只の魔獣となって暴れるのみだ!」
え? 俺ってまだ自我があるんだけど。どうなってんの?
「ガオッ!」
いかん、どうしても鳴き声しか出ない。
字を書けないかと両手を見たが、大きい爪だけで指がない手ではどうしようもない。
だったら、バービリオンを攻撃すれば判ってくれるだろうか。
俺は、バービリオンに手よりも大きい爪が生えた足で蹴りを入れようとした。
「おっと、どうやら見境がつかないようだな」
余計なことを言って、バービリオンは俺の攻撃を易々とかわして宙に浮いた。
「俺はここから高みの見物と決め込む事にするかな」
残念ながら、魔獣になった俺は空を飛べなくなっていた。
「やいっバービリオン! ベニヤをもとに戻せっ!」
コートに怒鳴られても、バービリオンは平然と笑っていた。
「一度魔獣になった人間は、最早俺にも戻せない。最も、今回は新しい趣向を試しているがな」
「ふん、どうせ禄でもない趣向でしょ」
ニットがバービリオンに向けて鋭い視線を向けた。
「良いことを教えてやろう。こいつを戻る方法を一つだけ俺が与えた」
え、そうなの? それを早く言えよ。
「こいつは、仲間を一人殺した時に元の人間に戻る。そして、正気に戻った時に自分が殺した仲間の死体を目の当たりにするのだ」
うわっ。こいつは本当に趣味が悪いんだな。
「仕方がありません。どうせ誰かが死ぬというなら、ベニヤはもう諦めましょう」
「ああ、ここはスコットの言う通りだな」
スコットとニットは杖と弓矢をこっちに向けて構えだした。二人とも本気だ。
「二人とも待った待った! ベニヤは、俺達の仲間じゃないのか」
コートが両腕を広げてスコット達の前に立ちはだかった。クローラもコートに続く。
「皆さん、ご主人様を助けて下さい」
「私からも、頼みます」
今まで静観していたラベンダーも、コートに味方した。
「ベニヤは山賊退治も参加してくれたし、ジャネットから伝説の武器を取り戻してもくれたんだぞ。そんな仲間を見捨てるなんて、俺には出来ない!」
コートが熱弁を振るっていると、アジトの中から槍を持ったジャネットと短剣を持ったペールが出てきた。きっと戦いに加わりたいジャネットがペールを説得したのだろう。
「話は聞いた。私もコートには借りがあるからな。コートの手伝いをしたい」
「おいらだっているんだからね」
ペールも、まかしとけとばかりに自分の胸を叩いた。
ん? これってチャンスじゃないのか? みんなの意識がコートに向いてるぞ。
足元を見ると、俺の鎌が落ちている。こいつでコートの胸をさせればいいのだが、俺の手は今は上手く持てない。
こうなったら、一度しか使えない奥の手を使うか。俺は、足先の爪で鎌の石突きを決まったリズムで叩いた。すると鎌が、甲高い音を立てはじめた。よし、いけるぞ。
鎌を近接武器として振り回す事は出来ないが、持ち上げる事は出来ろ。鎌の穂先を爪で引掛けると、俺は石突きをコートに向けた。
「お、何だ?」
コートがこっちを向いた瞬間、俺は爪で刃の部分を小突いた。
「グォーッ!」
発射の合図の代わりに吠えると、鎌の石突きから握りこぶし程度の大きさの光の球が発射された。これには、コート達は勿論、バービリオンも驚いた。
「うわっ!」
コートに命中した瞬間に光球は大きくなり、コートを包み込んだ。例え勇者の鎧といえども、鎧の隙間からコートに電撃のダメージを与える必殺の奥の手だ。
「ぎゃああーっ!」
数秒間の輝きが収まると、コートは白目をむいて崩れ落ちた。このまま死んでしまえば、鎌と同じように霊体が出てくるはずだ。
すると、コートの肉体が半透明になって浮き上がり、空っぽの鎧だけが地面に転がった。
死神の俺から見ても不思議光景だが、俺はやっと目的を達成したのだ。
「グォーーっ! あーあっ?」
喜びの余り雄たけびを上げていた俺の視点が、次第に低くなっていく。腕を見れば、もう五本の指のある俺の手に戻っていた。どういう理屈なのかは知らないが、服も着ていた。
バービリオンの言う通り、俺は元の姿に戻れたのだ。
†
光都の幽体は、あの時のように気絶したまま上昇していった。どうやら、俺達が落ちて来た赤い穴に向かっているみたいだな。
今度はちゃんと連れて行かないとな。
「待ちなさーい!」
今まで隠れていたノリリンが、幽体を追いかけて飛び上がった。あいつに光都を取られるわけにはいかない、俺も鎌を拾い上げて空へと飛んだ。
帰れるんなら、仲間の荷物と一緒にしまったナップザックは別にいいか。
「クローラ、いくぞっ!」
「あっ、待って下さいよ」
クローラも、慌てて羽根を広げた。
「まさか、彼らは死神なのですか?」
どうやらラベンダーは、急に空を飛んだ俺だけでなくノリリンにも驚いているみたいだった。
「ふん、そういう事か」
バービリオンは事情を察したのか、俺達を一瞥しただけだった。邪魔が入らないなら、後はノリリンだけだな。
「くらえっ!」
鎌のてっぺんをノリリンに向けて、俺は叫んだ。
「ひえっ!」
奥の手が一発しかない事を知らないノリリンは、ひるんで回避しようとした。その隙に俺はノリリンに追いついた。
「ていっ!」
鎌の刃の峰の部分でノリリンの足をはじいた俺は、空中で一回転した彼女をほうって置いて更に上に舞い上がった。光都に向かって左手を伸ばすと、しっかりと腕を掴んだ。
「今度は目を離さないぞ!」
光都の幽体を引っ張って飛び続けた俺は、追いついてきたクローラ一緒に、空高くにある赤い穴に飛び込んだ。
†
俺たちは、本来の冥道へと続く赤い道を通っていた。どうやら今回は、行きの時みたいに意識を失わないで済みそうだ。
特に地面がなく内壁が赤い靄になっている直径十メートルほどの円形のトンネルだったが、なぜか重力は片側の壁にあるので靄の中に落ちないように俺は飛び続けた。
振り返ると、クローラが俺に続いていた。今のところはカラスに戻ってなく、まだ翼人の姿のままだ。冥界に戻ったらどうなるのだろうか。
任務が終わって帰れるというのに、クローラはしょぼくれていた。
「もうすぐ帰れるっていうのに、どうしたクローラ?」
俺は空中で立ち止まって、クローラに話しかけた。
クローラはおずおずと、光都を見下ろしながら答えた。
「コートさんの事、本当にそれでいいんですか?」
やっぱりその事だったか。クローラは光都をコートに戻すべきだと思っているのだ。
「光都は、この状態の方が正しいんだぞ。どうしてそんな事を言うんだ?」
クローラは、顔お上げて俺と目を合わせた。
「だって、コートさんはいい人だったじゃないですか。そんな人が人生をやり直すチャンスを偶然でも手に入れたのに、どうして奪っていいんですか?」
いい人と聞いて、俺は少し戸惑った。
「ニットさん達にご主人様が捕まった時、真っ先に助けようと言ってくれたのはコートさんなんですよ!」
クローラに言われて、コートの言葉を思い出した。
『そりゃ助けるにきまってるだろう? 仲間なんだから』
そうだ、あいつは俺を仲間だと信じていた。
「それに、ご主人様が魔獣にされた時だって、コートさんがかばってくれなかったらスコットさんの魔術を食らっていたんですよ。コートさんの言葉、聞こえてましたよね?」
クローラには、魔獣になった俺が正気だったのが判っていたのか。確かに俺も聞いていた。
『そんな仲間を見捨てるなんて、俺には出来ない!』
またあいつの言葉が、俺の脳裏に響いた。
「スコットさんに攻撃されていたら、ただじゃ済まなかったんですよ。ご主人様をコートさんは信じていたのに!」
確かにスコットの魔術は強力でだしニットの矢も正確だった。コートが止めなかったら死んでいたかもしれない。
『たとえ偶然でも、いつか本当の勇者になってみせるさ、ベニヤ!』
あいつの前向きな言葉を思い出した時、俺は腹を決めた。
「そうだな、クローラの言う通りだな」
「ご主人様」
クローラが花が咲くような笑顔を見せた。泣いたカラスがもう笑ったか。
「俺も勇者コートを見たくなった。引き返すか」
いざ戻ろうと思ったら、俺は大事な事を思い出した。
「しまった、死神の面を無くしたままだった」
仕方がないのでポケットからハンカチとペンを取り出してドクロの絵を描いてみたが、どうにも様にならない。
「やっと追いつきましたぁ!」
剣を抜いたノリリンが俺に向かって飛んで来た。死神らしく、初めて見た時と同じ銀色の仮面を被って。
「あっ。お面ならあるじゃないか!」
わざわざ俺のためにお面を持って来てくれるとは、有り難かった。俺が鎌を振るってノリリンの剣をはじくと、クローラが背後からノリリンわ羽交い絞めにした。
「ちょ、ちょっと何するんですか!?」
身体を揺すって抵抗したノリリンだったが、あっさり俺に仮面を取られた。
「お前は、これでもつけてろ」
俺は、ドクロの画いてあるハンカチをノリリンの顔にかぶせた。
「よし、これで儀式が出来るぜ」
「儀式って何ですか?」
ノリリンの質問は無視して、俺は左手に持って宙に浮いている光都の横に立った。
「さあ、やるぞ」
右手に持った仮面を顔に着け、俺は意識を鼻先に集中させた。すると、俺の目の前がだんだん白く輝いていく。クローラからは、仮面の奥の俺の顔が輝いて隙間から光が漏れているのが見えてるだろう。
輝きで視界が閉ざされた瞬間、俺は仮面を素早く外した。
「死神フラッシュッ!」
ピカーーーーーッ!!
これの顔から放たれた光線が、光都を包み込んだ。




