隠れた人達
隠れた人達
激しく揺さぶられて、俺は目を覚ました。
「う、うぅん」
何者かに襟首を掴まれて、どうにも息苦しい。
「おらっ。さっさと起きやがれ!」
甲高い声と共に再び激しく俺は揺さぶられた。
「お、おわっ!」
一気に頭の中がはっきりした俺は、襟を掴んでる腕を振りほどこうとした。
「こら、暴れるな!」
ばんばんと頭を叩かれたので、俺は動きを一旦止めた。
そういえば、ここが何処かも知らなかったな。俺は改めて周囲を見回した。
左右の壁も天井も石で出来ている。いや、石を積み上げた壁じゃないな。これは、洞窟のような岩壁だ。
天井からは、小さいランプが幾つかぶら下がっていた。真っ暗ではないが、死神には充分な明るさだ。もしかすると、こいつらも俺みたいに夜目が効くのだろうか。
妙に高い声だと思ったら、襟を掴んでいたのは若い女だった。華奢に見える腕だが、思ったよりも握力があった。
後頭部がズキズキと痛むので、俺はようやく何が起きたのかを思い出した。
「俺を襲ったのは、お前らか」
もう一度目だけで辺りを見回したが、彼女の他に細身の若い男が二人いるだけで、コート達は見当たらなかった。
「捕まったのは、俺だけのようだな。他にもいるなら、俺よりも先に尋問するべき相手がいる筈だ」
勿論、他の場所に閉じ込められている可能性もあるが、反応を見る為にもっともらしい根拠をあげて聞いてみた。
「ああ、そうだ。お前が大きな音を立てるから、テントから武器を持って次々に飛び出して来たんだ。お前しか連れて来れなかった」
コートはまだ立てないから、ジャネットとスコット位しか戦力がいない筈だ。さてはこいつら、そんなに数は多くないな。
「お前、あたしに殴られる前に誰と話してたんだ?」
どうやら、彼女も死神は見えないようだな。ノリリンは、とっくに逃げたんだろう。
「俺にも判らない。そいつが何者かを聞き出そうとした所を、お前に殴られたんだ」
しかし、こいつも鳴子を鳴らさずに俺の背後に接近したんだよな。少なくてもペールよりも森での行動を得意としてるのか。彼女達を改めてまじまじと見ていると、大変な事に気が付いた。
「あれ、もしかしてあんた達って?」
そう、三人とも耳が尖っていたのだ。
「もしかして、エルフなのか?」
そういえば、スコットもエルフがいるような事を言っていたな。こんなにすぐに会えるとは思わなかったが。
「エルフだって? へへっ。あんた、エルフもあたしらも知らないのか」
俺の事を面白がってるように笑った彼女は、顔を横に向けて耳を俺に近づけた。彼女の耳は、正三角形の辺を湾曲させたみたいな感じだった。
「あたしらは、ハーフエルフだよ。エルフの耳はもっと尖っている」
そう言いながら、彼女は自分の耳の先をつまんで軽く引っ張った。
「ん? もしかして、お前らは山賊じゃないのか?」
ハーフエルフ達が山賊だったなら最初に出会った山賊の仲間という事になるが、どうも奴らとは関係があるようには見えない。
「山賊だって? あんな奴らと一緒にするな!」
襟を掴んでいる方の腕に、彼女は力を込めた。
「うが、ぐぐぐぅ」
俺が苦しんだのを見て、すぐに彼女は手を緩めた。
「そういうあんたは何者なのよ? この辺りは、あたしらハーフエルフの集落があるから、人間はめったに近づかないのに」
おや、そういえば軍を派遣出来ない理由があるって聞いたな。こいつらのせいか? 今は、こっちの事情を話しながら探ってみるか。
「俺たちは、山賊を退治しに来た冒険者だ」
冒険者と聞いて、彼女は首をかしげた。
「山賊退治だって?あいつらが何十人いるか知らないのか。あたしらも、遠巻きに監視してるだけなんだぞ」
「だけど、王都は軍を派遣する事は出来ない。理由は多分、お前たちの方が知っているだろう」
彼女の腕が、俺の首から離れた。
「ああ、そうさ。あたしらのハーフエルフの集落は人的資源しか財産がなくてな、近隣諸国に傭兵を派遣するのを商売にしてるのさ。あたしらに頼ってる作戦もよくあるから、あたしらがへそを曲げて傭兵の依頼を断られる真似を王都はしないんだ」
「成る程。だから教会の司祭が見かねて退治を依頼してきたのか」
しかし、話の腰を折るがどうにも気になる事があるな。
「なんかハーフエルフしかいないみたいな言い方だが、お前らの親は人間とエルフじゃないのか?」
俺が尋ねると、彼女は一気に不機嫌になった。
「あたしらの集落には、そこで生まれた住民はいない。親に捨てられたり住む場所を失って流れ着いた者ばかりだ。あたしも、育ての親が実の親から引き取った。実の親は、あたしに名前を付けることもしなかった」
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はベニヤ。見当はついてると思うが、この国には来たばかりで王都にも行ってない」
「あたしは、ニット。ハーフエルフのリーダーだ」
若くしてリーダーになったのか、外見じゃ年齢が判らないのか。どっちなのかは知らないが、女の子の年齢は迂闊に聞けないな。話を戻すか。
「山賊が邪魔なら、討伐隊の派遣を認めればいいんじゃないか?」
「絶対にそれは出来ん! ここは魔族に協力してるとの噂のある隣国に結構近いからな。一度認めると、際限なく討伐隊の拡充をされる恐れがある」
このまま兵士たちの駐留をなし崩しで認められて紛争に発展したら、山賊より厄介になると考えてるのだろう。
身元が判らないうちから俺たちを攻撃する位には神経質になってるようだ。
「ニット様! 大変です!」
また、新しいハーフエルフが、部屋に飛び込んで来た。
「何を慌てているっ?」
ニットに聞かれて、ハーフエルフの男が俺を指した。
「こいつの仲間が、アジトの前に来ています」
「なんだってっ?」
どうやら、コート達は俺を見捨てなかったようだ。
†
俺が捕えられていた場所は、岩山の洞窟を使ったアジトみたいなものだった。恐らく、集落にはもっと沢山の住民がいるのだろうが、今の俺の周りには十人前後しかハーフエルフ達はいなかった。
上半身を荒縄でグルグル巻きにされた俺は、縄の端を掴んでいる茶髪の男のハーフエルフに引っ張られて洞窟から出て来た。
既に太陽は真上に差し掛かる時間だった。何も食わせてもらってないのに体力はそんなに減っていないので、まだ頭を殴られてから半日程度しか経っていないだろう。
茂みに隠された洞窟の入り口から少し離れた場所に、数メートル四方の小さい原っぱがあった。原っぱで待っていたコート達を見て、ハーフエルフ達がざわついた。
「なんだ? 報告以上に妙な組み合わせだな」
まあ、ニットの言う事も判るな。特にクローラに視線が集中してるから、翼人はやっぱり珍しいのだろう。
クローラは、俺の鎌を重たそうに抱えていた。俺が上手に扱える唯一の武器がハーフエルフに奪われていないと判って、密かに安堵した。
「おまえ、翼人がいるなんて大事な事を見落としたのかよ」
脇にいる灰色の髪の男の耳の先端をつまんで、ニットは男が涙目になる程に指に力を込めた。
「勘弁して下さいよ。夜中に黒い翼なんて、見落としちまいますよ」
いや、流石にそれは間抜けすぎるだろう。まあ、俺も最初は翼をリュックと間違えたけど、俺は翼人なんて知らなかったし。
クローラに過剰反応する所を見ると、洞窟の入り口は普段は空からだと丸見えなんだろうな。翼人対策は手間がかかって、来ると判ってないとやらないのだろう。
だからこんなに早く、コート達もここが判ったのか。
一晩で毒から全快するとは思えないが、今のコートは一人で歩ける程度には回復していた。それでも、顔色を見られたくないのか、頭の防具を深めに被って顔が影で覆われるようにしていた。
過半のハーフエルフが茂みや枝葉に潜むと、ニットは二人の子分に俺の肩を掴ませて原っぱに近づいた。
「あっ、ご主人様ーっ!」
空気を読まずにクローラが俺に向かって手を振った。
「え、ご主人様?」
ニットが横目で俺の顔をうかがった。
「まあ、わけ有ってな」
ニットも本題じゃない事にこれ以上は言及しなかった。
改めてコート達に向き直ったニットは、原っぱに歩み寄った。
「わたしは、ハーフエルフの長ニットだ」
なんだって? やけに偉そうにしてると思ったら、彼女はこの連中のリーダーどころじゃなかったのか。
若くして長という事は、育ての親が先代の長だったのだろうか? もっとも、ハーフエルフでは本当に若いとは限らなそうだし。
ラベンダーが前に出ようとしたのを、コートが片腕を広げて遮った。
「俺は、コート。この冒険者の代表だ」
「冒険者だと?」
ニットは首を傾げ、コートとラベンダーを見比べた。高価そうな鎧のコートや綺麗な身なりのラベンダーが冒険者ぽく見えないのだろう。
「まあ、誰が冒険者でもいいさ。お前たちが山賊を退治しに来たという事は、ベニヤから聞いている」
「ならば、俺たちの要件も判ってるだろう」
ニットは可ををやや下に向けて首を横に振った。
「お前たちの要求は判ってる。こいつの解放と、山賊退治の為にあたしらの縄張りを通らせろっていうんだろ? それは出来ないな」
「何故だ? 山賊なんて、お前たちにとっても邪魔な存在じゃないのか?」
コートが尋ねると、ニットがコート達を見回しながら答えた。
「そんなの、お前たちが頼りないからだよ。お前らが山賊に負けた後、あいつらは協力したあたしらまで恨むからな。そうなったら全面戦争になる」
頼りないと言われたコートの肩が震える音が聞こえてきた。
「俺たちが負けるっていうのか」
「ああ、そうだ」
俺を巻いている綱の先端を部下から受け取ったニットは、俺をコートの目前で引き倒した。
「うおっ」
「ご主人様」
草むらで尻餅を突いた俺を見て、クローラが心配そうに叫んだ。
「野営の見張りがこの有様で、山賊に勝てるって言うのかよ。笑わせるな」
「むう」
コートが小さく唸った。コートが毒にやられて俺一人で見張りをする羽目になったなんて弱みは、ここで言えないからしょうがない。
俺も早く自由になりたいし、幸い猿ぐつわもされてないから話に入るか。
「勝てるさ。ちゃんと勝算もある」
俺は、地面に伏せた状態から一気にバク転して立ち上がった。
実は飛行能力の応用なのだが、俺がこんなに身軽とは思ってなかったニットは一瞬目を丸くした。綱を掴んでた手を離してしまっているのにも気づいていない。
「ふふん、あんたやるじゃない。それで、勝算ってなによ」
気を引くためにやったバク転が、思ったより効果があったようだな。
「なに、簡単な事だ。こっちからアジトに乗り込むなら、昨夜みたいに不意は突かれない。小細工なしで正面突破すればいいのさ」
正面から堂々と乗り込むと言っている俺の言葉にニットは失笑した。
「ふっ。それこそ無茶じゃないの」
「だったら、試してみるか? お前よりは強いぞ」
そう言った瞬間、俺は後方に宙返りをした。俺が寸前までいた場所を、ニットの短剣が素早く通り過ぎた。
「おっと、中々やるな」
ニットの迷いのない剣筋は、事前にやると思っていなかったら危ない所だった。
「ご主人様!」
クローラが、俺に向かって走ってきた。いかん、茂みの中から矢が飛んできたら、あいつは避け切れんぞ。
「そこで止まれ!」
俺が何で言っているのか判ってない筈だったが、クローラは鎌を抱えたまま立ち止まった。
「とうっ!」
俺は大鎌に向かって跳躍すると、俺を縛ってる綱を鎌の刃の部分に触れるように体を反らした。切れ目の入った綱は、俺が腕に力を込めただけで千切れ落ちた。
「ふう、やっと腕を振るえるな」
茂みや木の上から一斉に矢が放たれた。クローラから鎌をひったくるように受け取った俺は、一瞬で矢を全て叩き落とした。
伏兵の場所が最初から変わってなかったから何処から矢が来るのか判っていたとはいえ、ニット達もこれには驚いてくれた。
「どうだい、まだ俺たちを試すのか?」
不敵に笑う俺を見て、ニットは歯ぎしりした。おっと、今は交渉する時なのに余計な挑発をしてしまった。
「俺を襲った事は水に流すから、今は俺達を通してくれないか?」
鎌をまたクローラに預けた俺は、両腕を左右に広げてニットに歩き出した。
「まだだ!」
ニットが、短剣を両手に一振りずつ持って走って来た。あれ? やっぱり挑発しちゃったかな。
幾度となく襲ってくる短剣を、俺は体をそらしたりステップを小刻みに踏んだりしながらかわし続けた。
確かに彼女の短剣は素早いが、ムキになっているせいか攻撃は単調だったのだ。もしかしたら、外見相応に若いのかもしれない。
ケインとジャネットが、俺の両脇に駆け寄った。二人は茂みに向かって構えてるので、恐らく矢に備えてるのだろう。
クローラも、鎌を構えながらラベンダーの所まで戻って行った。クローラが鎌を操れるか判らないハーフエルフ達は、恐らく今は二人の攻撃を控えるだろう。
とはいえ、こっちから攻撃する隙もない。攻めあぐねた俺は、一旦後方に離れて距離をとった。
「まだだっ!」
ニットが両手の短剣を振りかざして、駆け出した。俺は軽く舌打ちをすると、攻撃に備えて身構えた。
「たあああっ!」
なんとニットは、上半身を捻じって急激に進路を変えた。あいつの狙いは、コートだったのだ。そういえば、あいつだけさっきから動いていない。ニットは何かあると感づいていたのか。
まずいぞ、コートはまだ本調子じゃない。それどころか、本調子でもニットには敵わないんじゃないか。あいつは只の東京のサラリーマンだぞ。
しかし、ニットの機敏な動きに俺はついていけなかった。
「やああっ!」
手加減をする気のないニットの切っ先が、コートに迫る。彼女の短剣捌きなら、鎧の隙間を正確に突けるだろう。
「コートッ!」
思わず叫んだ次の瞬間、原っぱに甲高い金属音が響いた。
「え?」
俺は、目の前で起きた束の間の出来事に我が目を疑った。
腰に差していた剣を、コートは鞘から一瞬で抜いてニットの右手の短剣にカウンターで攻撃したのだ。右手の短剣を弾き飛ばされないように、ニットは左手の短剣も十字に重ねてコートの剣を受け止めた。
受け止めてなかったら、ニットは短剣だけでなく上半身のバランスを崩されて転倒していた筈だ。傭兵をしているだけあって、実戦の勘が良いのだろう。
「今のコートの剣術って、いつ身に着けたんだ?」
鞘から抜刀しながら切るコートの攻撃は、日本の居合術によく似ていた。日本人なら時代劇やアニメで居合抜きを見る機会もあるだろう。とっさに見よう見まねの居合をニットに披露したのかもしれない。
冥界の訓練場で見せられた本当の居合術みたいには攻撃を受け流せなかったが、ニットの攻撃を止める事は出来た。
病み上がりの筈のコートがあそこまで回復してるとは思わなかった。これもラベンダーの癒しの魔法のお陰だろうか?
コートが棒立ちして動かなかったのは、ニットを誘っていたということか。
最初のうちは押し合う力が拮抗しているように見えたが、次第にコートの剣が優勢になりつつあった。押されてきたニットの顔色が必死さを隠せない程に赤くなってきた。
「ちょ、ちょっとまった。降参、降参」
とうとうニットが、我慢しきれず音を挙げた。コートは、一歩下がると剣を鞘に納めた。すると、本当に限界だったみたいで、ニットはその場にへたり込んだ。
「やめやめ! みんな出てきて」
ニットが両腕を大きく振ると、ハーフエルフ達がぞろぞろと原っぱに集まって来た。全員手に提げた弓に矢をつがえておらず、敵意が無い事を示していた。
仲間の手を借りて立ち上がったニットは、まだ膝が笑っていたがコートの方に一人で歩み寄った。
「あんた、中々やるじゃないの」
そう言って、ニットは右手を差し出した。コートも、握手で彼女に応じる。
「あんたも、あっちの鎌使いも見た事ない技を使うわね。只の冒険者じゃないでしょ?」
ニットが、握手しながら微笑んだ。
俺たちの事を、どうやら特殊部隊か何かだと思ってるようだ。まあ、当たらずとも遠からずという所だな。俺とコートの技は、そもそもこの世界に広まっていないからなのだが。
「まあ、冒険者だっていうんなら。それでいいわ。あたしも、王都からは誰も来なかったと言うだけだからね」
長を務めてるだけあって、ニットも一筋縄ではいかない所があるな。どうせ俺にとっては大した事ではないが。
ニットはコートから手を離すと、ハーフエルフ達に向きなおった。
「お前らも、今のあいつらの戦いっぷりは見ただろう? あたしは、盗賊たちは冒険者に任せても構わないと思う」
ハーフエルフ達は、そろって首を縦に振った。
「これで決まりだね。山賊退治だ」
ニットは、親指を立てた拳を突き出してニッコリと笑った。




