危機また危機
危機また危機
朝になって、俺はペールに体を揺すられて目を覚ました。
「う、うーん」
伸びをしながらテントから出ると、焚火の方からいい匂いが漂ってきた。
「お早うございます」
ラベンダーが、鍋の中をかきまざながら挨拶した。
それは、これから山賊退治をするとは思えない位のんびりした光景だった。
少し離れた所からは、鳴子の音が立て続けに聞こえてきた。皆が落ち着いているので、どうやらペールが片づけている所らしい。
「ご主人様、お早うございます」
眠たそうに眼をこすりながら、クローラがテントから出て来た。
「お早うさん」
俺も、右手を挙げて皆に挨拶をした。
朝食を取りながら、俺はスコットが話す今後の予定に耳を傾けた。
それによると、ペールの故郷の村には夕方頃には到着するので、その周辺で目撃情報があった山賊を探して生け捕りにしてアジトの場所を聞き出すようだ。
†
昼まで山道を進んでいると、山頂まであと少しの所で先頭のジャネットが立ち止った。
「あそこの峰を越えれば村が見えてくる。空から偵察してもらおう」
朝食の時に事前に話し合って、クローラに先行させる手筈になっていた。最後尾にいた俺も、手を振ってクローラに行けと合図を送った。
「うん、あたし行ってみるね」
坂を駆け上がりながら、クローラが黒い翼を広げた。峰に達する前に地面から足が離れたクローラは、峰を越えた所で一度左に傾いたが直後に体制を持ち直して更に上昇した。
別に航空力学で飛んでいるわけでは無いのだが、まるで上昇気流に乗ってクローラが舞い上がっているかのようだ。
一時間足らずで、クローラが戻ってきた。
着地したクローラに、ペールが真っ先に駆け寄った。
「なあ、村はどうなった? 山賊はいたのか?」
ペールに聞かれて、クローラは顔を曇らせた。
「山賊はいないよ。だって誰も住めないよ、あんなの」
クローラの言葉に、ペールは青ざめた。
村の惨状は、予想道理だった。特に、放置されたままの死体の数が多すぎた。地縛霊もいっぱいいるから、死神も来ていないのだろう。
俺は幸い日本の担当なのでこんな景色はめったに見ないが、紛争地域の死神は大変な思いをしてるという噂は聞いている。
当初は無事な民家を探して村で一泊する事も考えられていたが、風向きによっては腐臭がもろに来るので、村から離れてキャンプした方がいいだろう。
中世並みの文明ではガラス窓は高価なので、民家の窓にはまっている鎧戸の通気性があだとなっていて外気の遮断は難しかった。
屋根の方を見上げると、この村の屋根は草葺きが主流だった。最初は麦わらに見えたが、正確にはイヌムギを使っていた。日本のイヌムギより屋根に適してる性質が何かあるのだろうか。
死神をやってる俺の冷静さとは対照的に、ペールは必死な顔で村の中を走り回ってる。きっと、家族や知人を探してるのだろう。
「おや?」
少し先の民家の外壁に、大きな布が貼ってあった。元々はカーテンだったと思われる布の中心には、頭骸骨が大きく描かれていた。
「もしかして、山賊のシンボルなのか」
こっちの世界では、髑髏の旗は海賊じゃないのか。俺たちの世界とは、似てるようでも違う所があるものだ。
「まったく、やりたい放題だな」
民家の前で立ち止ったジャネットが、不快感を隠さずに布に向かって槍を構えた。
「あっ!」
ジャネットが馬鹿な真似をしようとしてたのを見て、俺は慌てて駆け出した。
俺の横を、コートも鎧をガチャガチャ鳴らしながら必死に走った。
「何?」
重い鎧のハンデがありながら、コートは俺を追い抜いた。気のせいなのか、鎧の胸に刻まれた文字が光って見えた。
でもあいつ、俺が何に慌ててるのかを判ってるのか?
「ジャネット!」
コートが叫んだが、ジャネットの槍は止まらなかった。髑髏の右目を槍の穂先が貫いた瞬間、布の裂け目の向こうから風を切る音がした。
「え?」
ジャネットは、自分に向かって飛んでくる矢に驚いた。これは、ブービートラップだ。
鎧戸が外された窓の前に張られた布の裏側とテーブルの上で固定されたクロスボウの留め金とが、糸か何かで結ばれていた。自分達のシンボルを攻撃した相手だけに反撃する、味方を誤射しない合理的な仕掛けだ。
矢が命中する寸前、コートがジャネットを突き飛ばした。
「うわっ!」
ジャネットの髪の毛を、矢がかすめた。
間一髪でジャネットを助けたと思った瞬間、二本目の矢がコートの肩に当たった。
カキンッ!
鎧を貫けなかった矢は、弾けて地面に転がった。
しかし、矢は続いて更に二本も飛んで来た。このしつこさは、罠を仕掛けた山賊の性格だろうか。
「ええいっ!」
辛うじてコートに追いついた俺は、せめて一つでも矢を落とそうと、鎌を思い切り振り下ろした。
長く放置してあった弓弦だったせいだろう。三本目以降の矢は、最初の矢よりも僅かに遅かった。同時に発射された筈なのに遅れて飛んで来たのもそのせいだ。
その僅かな遅さのお陰で、俺の鎌は三本目の矢だけは叩き落とせた。しかし、四本目の矢までは間に合わなかった。
残念ながら、都合よく何度も鎧に当たってはくれなかった。四本目の矢は、右腕の肘関節にある鎧の隙間に命中した。関節を覆っていたカバーの間に斜めから入ったのだから、これは運がない。
「うっ!」
矢の刺さった左腕を押さえながら、コートは地面に倒れた。
「ああっ、コート!」
立ち上がったジャネットが、コートの負傷を見て青ざめた。
「おい、どうしたっ?」
騒ぎを聞きつけたペールが急いで戻って来た。
やや後方にいたラベンダーも、馬から下りてスコットと並んで駆けつけた。
俺は、叩き落とした矢を拾い上げて矢尻を確かめた。
「こいつは、不味いな」
不気味な色の矢じりを見て、俺は顔をしかめた。
ラベンダーがコートの脇に屈むと、コートに話しかけた。
「傷口を見ますから、早く鎧を脱いで下さい」
ラベンダーに促されたコートが小声で合言葉を呟くと、不思議と矢が邪魔になることも無く鎧が脱げていった。
「これは、意外に深く刺さっているな。慎重に抜かないと傷口が広がって血が吹き出ますね」
スコットの見立ては間違ってはいない。しかし、今はそんな悠長なことは言ってられない。
俺は、拾った矢をスコットに見せた。
「いや、これを見ろ。毒の矢だぞ。たとえ傷口が広がっても、毒が回る前に急いで抜かないと」
「何ですって? これはいけません。スコットは、コートの腕を押さえて下さい」
頷いたスコットは、コートの上腕を血管が絞められるように掴んだ。これで血が吹き出るのを少しでも減らそうというのだろう。
「おいジャネット!」
俺に呼びかけられて、自分のしでかした惨事に呆然となったジャネットが我に返った。
「あ、ああ」
「矢を抜くから、ジャネットはコートが暴れないように押さえてくれ」
俺の指示でペールとクローラが上半身を、ジャネットが足を押さえた。
「よし、痛いけど我慢するんだぞ」
コートが頷いたのを確認した瞬間に、俺は素早く矢を抜いた。
「うがっ!」
痛みで大きく体を揺らしたコートを、ジャネットたちは全力で押さえつけた。
「大地の神よ、勇者の傷を癒したまえ」
ラベンダーの両手が白く光り、コートの傷が少しずつ小さくなった。流石に俺の顔の傷を治した時より時間がかかりそうだった。それでも、五分もせずに傷口は塞がった。
「もう、傷口は大丈夫です」
ラベンダーの言葉に、スコット達はコートから手を放した。
「もう、治ったのか?」
傷はもうかすかな跡しかないのに、まだコートの表情は苦しそうだった。
「次は、毒消しをかけます」
どうやら、矢の毒はもうコートの体内に回っているようだ。
「大地の神よ、勇者の身体を蝕む毒を消したまえ」
コートの傷跡にかざされたラベンダーの両手が、今度は青白く光った。
コートの顔色も次第に良くなり、ラベンダーの表情も明るくなっていった。
「毒消しの術は無事に効きました」
そうか、コートは助かるのか。それは良かった……。
て、どうして俺がこいつの心配をしなきゃいけないんだ? 死んでもらわなきゃ、冥界に帰れないんだぞ。
まあ、毒で死なれたら地縛霊になって回収失敗になるから、これでいいのだが、
俺たちは、村から離れる事になった。傷が治ったとはいえ、消耗した体力までは回復していなかったのだ。森の中でもう一晩キャンプを張ろうというスコットの提案に、俺もラベンダーも賛成した。
ペールは村人たちの遺体を放っておくのかと渋ったが、遺体こそが罠が仕組まれてるんだと俺が言われて納得してくれた。
実際、見える範囲にある遺体には山の中の村だというのに何故か野生動物に食われた形跡が無かった。動物たちが近づきたくない理由で最初に考えられるのが、罠だった。
村からの腐臭が漂って来ない場所まで馬にコートを乗せて運ぶと、俺たちはキャンプの準備に取り掛かった。
まだ立てないコートは勿論テントを張れないので、俺たちで何とかするしかない。
自分の短絡的な行動を後悔しているジャネットも俯いたままで元気がなかったが、女性達が使うテントを張るのはクローラだけでは不安がある。
俺も手を貸そうかと思った時、ロープを持ったクローラがうずくまってるジャネットの手を取った。
「ねえジャネット、一緒にテントを作ろうよ。テントがないと、ゆっくり休めないから」
そう言ってクローラは、ジャネットにロープを手渡した。
「クローラの言うとおりです。まずは、出来る事からやり直しましょう」
コートの看病をしていたラベンダーも、ジャネットに賛同した。
自分が心配されていると判ったのか、ジャネットはゆっくりと立ち上がってクローラを手伝い出した。
何か失敗を取り戻せる事が出来ればジャネットも元気になるだろうし、山賊退治で活躍してくれるのを期待しようか。
コートも顔色が良くなってきたので、今夜は男子のテントで休ませる事になった。
見張りの順番は改めて決める余裕も無かったので、途中は俺が一人で見張る事になっていた。
「時間ですよ、ご主人様」
クローラに揺すられたので、俺は鎌を持ってテントから静かに出た。ジャネットの姿が見えないのは、もうテントに戻ったからだろう。
「う、うーん」
一度大きく伸びをすると、焚火の前に俺は座った。もう周囲にはペールが鳴子を仕掛けたので、音に気を付けてれば大丈夫だろう。
「ほんと、俺って何やってんだろ」
村ではとっさにジャネットを助けようとしたが、あのまま彼女を放っておけばコートは怪我をしないで済んだのだ。
そもそもこの世界の山賊なんてどうでもいい筈だ。見張りをスコット達と後退したら、さっさとコートに鎌を突き刺して冥界に帰ろうか。
そんな事を企んでいたら、どこかで見たような鎧が夜空を飛んでいるのが見えた。あれは、山賊の幽体を回収していた死神じゃないか。
「んもう、何なのよあの村は!」
よく判らない愚痴をこぼしながら、死神の女はふらふらと飛んでいた。
「あっ、もしかしてあいつの魂がいるのはあのテント?」
死神は、ゆっくりと俺の方に向かって降りて来た。鳴子の上を飛び越えてるので、何の音も立たなかった。
焚火を挟んで俺の向かいに座った死神は、両手を火にかざして焚火にあたりながら髑髏の面を頭頂部にスライドさせた。意外と若いというか、幼い顔立ちだった。青くて丸っこい瞳は、無邪気に笑っていた。
俺の存在に気付いているのかいないのか、俺の事を彼女は無視していた。
「今夜はやけに冷えるわね」
死神はそういいながら、テントの方に振り向いた。
「やっとあいつを見つけたわ。イレギュラーな魂なんて、始末しないと」
もしかして、あいつもコートを狙ってるのか? それは頂けない。
「おい、お前」
俺に呼びかけられた死神は、少し驚いた顔をした。しかし、状況を飲み込めないのか辺りをキョロキョロと見回した。
「お前に向かって言ってんだよ、そこの死神」
死神と言われて、ようやく彼女は事態を理解して今度はのけぞる位に驚いた。
「ええっ! あたしが見えるんですかっ?」
どうやら、この世界の死神も人間には見えないらしいな。俺も死神だって事は気付いていないみたいなので黙っておくか。
「死神が見える人間って、徳をかなり積んだ聖職者位だと思ったのに」
この場を去ろうと死神が立ち上がったので、俺は鎌を振り回して刃のついていない背の方で脛を叩いた。焚火の向こうから攻撃されるとは思わなかった死神は、バランスを崩して座り込んだ。
「きゃっ!」
空を飛んで逃げられたら面倒だ。俺も飛べるのは秘密にしたいしな。
俺は立ち上がると、焚火越しに鎌を死神に向かって突きつけた。
「お前に聞きたい事がある。コートがどうしてこの世界に来たのか、知っているのか?」
「え? この世界って?」
質問の意味を、死神はよく判っていないようだった。もっと簡単な事から聞いてみるか。
「俺の名は、ベニヤ。お前の名は何だ?」
「ノ、ノリリンです」
ノリリンは、ビクビクしながら鎌を見上げた。
「お前がイレギュラーな魂と言っているのは、甲冑を着てる男の事か?」
「は、はい。一度遠目で見かけた事があります」
やはり、コートの事だったのか。
「イレギュラーって事は、この世界の魂じゃないって知っているんだな?」
「え、この世界じゃない?」
何だか良く判らないという顔をノリリンはした。
「あいつが何処から来たのか、知らないのか?」
「え、ええと、あそこの穴ですよね?」
ノリリンが空の一角を指さした、そこには俺たちが落ちた赤い穴が夜空の星の一つにしか見えない程に小さく光っていた。
「最近出現したあの穴が月よりも大きく見えるくらいに地上に近づいたら、何か落ちて来たんですよね」
どうも質問の意味が判ってないようだ。俺は首を横に振って、もう一度問いただした。
「だから、その穴の向こうが別世界何だって言ってるんだ!」
「えっ、そうなんですかっ?」
知らなかったのか。どうやら有益な情報は得られそうにないな。
ただ、穴が動くというのは重要な情報だ。もし、知らないままだったらうっかり何処かに移動した穴を見失いかねなかった。
「あの穴から、コートの他に何か出て来た事はないか?」
「何かって、何です?」
どうやら、俺とクローラが出て来た所は見ていないようだ。赤い穴が高い場所にいる時に出て来たから、注目してなかったのだろう。
「あの穴の正体について、知ってそうな人はいるか?」
ノリリンから聞くより、他を当たった方が早そうだ。判らないなら判らないままでコートの魂をさっさと頂いてこの世界から立ち去るという手もあるが、
「あんなのは、死神達でもよく判ってませんよ。魔王の仕業って噂もあるくらいですし」
魔王だと? 勇者がいる位なら、そりゃいるのだろうな。だが、魔王には会えないだろうし、そもそも魔王が勇者を呼ぶわけはないだろう。
「それで、コートの魂をどうするつもりなんだ?」
「そりゃ、普通に輪廻の輪に組み込んで、この世界の法則に従わせるんです」
やはり、ノリリンは放って置けないな。コートから手を引かせられないかな。
「おい、お前。別にこの世界からコートの魂が立ち去れば・・・」
突然、俺の後頭部に衝撃が走った。ノリリンが仰天しながら立ち上がったので、彼女の仕業ではないらしい。
「まさか、山賊か?」
鳴子を上手に避けて俺の背後に回ったとすると、こいつはかなり腕が立つ。意識が遠のきつつある俺は、ノリリンに気を取られ過ぎた事を後悔していた。
「せめて、皆には伝えないと・・・」
最後の力を振り絞りながら、俺は鎌を思い切り茂みに向かって投げた。
茂みの中の鳴子がけたたましく鳴るのを聞きながら、俺は意識を失った。




